8. 火の鳥と人魚5
メゾン・ド・モナコに移ると、男は手足を拘束され、苦々しく顔を歪めていた。傍らには、ギンジとナツメがおり、この時ばかりは春風も、男の対面に座り込んでいる。胡座をかき、その膝に頬杖をついて男を見上げるその視線には、気だるげな様子もない。
視線を合わせれば、まるで自分の全てを包み隠さず見せられているような気さえする。普段は忘れがちだが、彼が神様である事を思い出させるようだ。
しかし、そんな春風を前にいくら問いただしても、男は火の玉騒動の関係や、なずなを襲った事など口を引き結び、答えようとしない。とんとんと、春風が扇子を軽く叩けば、さすがにその威圧感に、小さなその音にも視線を彷徨わせていたが、それでも男は口を開かなかった。
皆の中では、それらの犯人は彼で間違いないようだが、なずなにはその理由が分からなかった。
一つ分かるのは、彼がフウカと関係がある事だけだ。
「…あの、皆さんはこの人…このあやかしの事をどうして知ってるんですか?」
なずなが傍らにいるマリンに尋ねれば、マリンはそっと教えてくれた。
男の名前はシュガ、半魚人だという。碧の国という、人魚と半魚人が住まう国のあやかしだ。碧の国は、マリンがいた水の国とも近いようで、マリンもシュガの事は知っていたようだ。
「…それで、婚約者がいるのよ」
「婚約者?」
マリンの言葉になずなは驚き、そしてすぐに眉を寄せた。大事な人がいるのに、こんな事をする理由が分からなかったからだ。
「婚約者がいて、どうしてこんな事…」
不可解な様子のなずなを見て、マリンはフウカに視線を向けた。フウカはその視線には気づかず、俯いたまま、そっとグローブ越しに右手を触れた。
「僕のせいなんです」
「え?」
静かに口を開いたフウカに、なずなは戸惑い、フウカの手に視線を向けた。葛藤を見せる握りしめた手に、なずなは迷いながら口を開いた。
「…何があったんですか?」
フウカの過去に何があったかは分からないが、フウカはそれと向き合わないと、あのグローブをはずせないのではないかと、そんな気がしていた。
何より、ずっと悲しい顔のままでいてほしくない。
「…随分昔の話です」
なずなの言葉に、フウカは躊躇いながら口を開いた。
「僕は、人魚の女性、テラと恋をしていました。今の…シュガの婚約者です」
***
碧の国は、あやかしの世の中でも秘境めいた場所にある。空からは体力さえあれば、障害なく向かえるが、船では潮の影響で行くのは困難だった。
それは同時に、海の中を移動する人魚達にも、国外に出るのは困難ともいえる。
なので、碧の国の者は国を出た事がほとんどない。よその国との繋がりも、同族以外のあやかしと恋に落ちる者も、ほとんどないという。
フウカが碧の国にやって来たのは、珍しい国をこの目で見てみたかったという、観光のようなものだった。いずれは人の世に出る予定だったので、その前にあやかしの世界を見ておきたかったそうだ。