8. 火の鳥と人魚3
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そして、その二日後、作戦は決行された。
“ミオの部下が、火の玉騒動の犯人を特定させる為、襲われた人間に聞き込みするらしいぞ、あやかしの事を分かってる人間らしいし、犯人逮捕に一役買いそうだな”
犯人が通りかかった近くで、カラスに化けたミオの部下達が、そんな噂話をこそこそと話し始めた。
それを耳にした犯人は、焦ってメゾン・ド・モナコのアパートへ駆けつけた。ナツメはその様子を外からこっそり見て確認し、アパート内にいる住人達に合図を出した。古典的だが、アパートの窓に小石を打ち付けるのが、その合図だ。それによって、なずなは透明になって姿を消した春風と共に玄関を出た。
「一人で大丈夫?」
「すぐ、そこですから」
そうマリンとハクと言葉を交わす演技をし、なずなは、なるべく不自然に見えないよう、いつも通りを心がけて二人に背を向けた。大分ぎこちないが、アパートの生垣の隙間からなら、そこまで見えはしないだろう。
アパートの敷地外に出るのは、アパート内に居るよりも外に誘き出した方が、犯人も警戒しないだろうと考えての事だった。
「大丈夫、みんな側にいるからね」
ぽん、と透明で見えない春風に肩を叩かれ、なずなは小さく深呼吸をした。
「事が済んだら、ちゃんと手紙を受け取るよ」
「…え?」
「ほら、前、前!」
「は、はい」
春風は今、手紙を受け取ると言った、教えるのではなく。何故と疑問が沸いたが、今は作戦の成功が先だ。近くに自分を狙うあやかしがいる、気を引き締めなければ。
アパートのアーチをくぐり抜け、なずなは人通り少ない道を選んで進む。この先にも商店があるし、一人歩いていても、きっと不審には思われないだろう。それに今の時間、本来ならフウカ達は仕事で家を留守にしている時間だ、駄目押しに、ミオの部下達がその情報を犯人に吹き込んでいる為、犯人の警戒も薄い筈。まさか、皆がなずなの側にいるとは思わないだろう。
恐らく、周囲に人やあやかしの気配がないような場所で襲って来ると予測を立て、とある空き地の前に差し掛かった。ここは、ナツメの友達である猫達が、テリトリーとしていた場所だ。
「気をつけて」
春風の囁きに身を強ばらせた瞬間、またこの間のように、ピキピキと空間を割るような音が、なずなを取り囲んだ。
図ったようなタイミングにはっとして振り返ると、そこには男が立っていた。
見た目は普通の人間と変わらない、キャップを目深に被り、Tシャツにジーンズ。だがその腕には、鱗のような物が見えた。
「姿を隠しもせず現れたか」
ぽん、と春風に肩を叩かれ、なずなが彼を見上げた途端、バリン、と鈍い音が辺りに響き、なずなは短く悲鳴を上げた。粉々になった結界の破片が結晶となって辺りに飛び散り、それは煌めく粉となり、次第に消えてしまった。
「な、なんでお前がここに!」
怯む男の目に春風が映る。すぐさま水の細かな泡が、空き地の周囲一帯を取り囲んだ、マリンの術だ。男は背を向け逃げようとするが、泡の壁に阻まれ逃げ出せない。そうこうしている内に、ギンジが飛び出して来て、あっという間に男の腕を捻り上げ、地面に押し付けてしまった。




