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5. なずなのミッション7



翌朝、足を引きずりながら、なずなは窓に近づいた。カーテンがないので、不要な布を適当に身繕い、カーテンの代わりとして窓に掛けていた。それを、カーテンを開ける要領で左右に引き、窓枠の両端に括りつけた。窓を開ければ爽やかな風が吹いて、なずなは大きく伸びをした。


「よし!」


気合いを入れて着替えを済ますと、びっこを引きながら階下へ向かった。まだ足の傷は痛むが、昨日程ではない。顔を洗って支度を整えると、静かなキッチンへ向かった。取り敢えず、ポットにお湯を沸かしたり、新聞をポストから取ってきたり、朝食の下準備と、フウカが起きてくるまで、なずなが出来る事をしていた。といっても、焦がすは溢すは散らかすはで、まだまだ料理が出来ないなずなだ、昨夜、フウカが言っていた残り物のおかずを温めたり、サラダに使う野菜を切って盛り付ける位だ。きゅうりは繋がらない代わりに、なかなかに噛みごたえのあるサイズとなったが、まぁいつもの事だ。


「…おはようございます」


そうして、恐々包丁を握っていると、控えめにフウカの声が聞こえた。寝起きだからか、それとも昨夜のやり取りがそうさせるのか、フウカの顔はどこか冴えないように見えた。


「おはようございます、ちょっと進めておきました!」


それでも、なずなが笑顔を浮かべれば、フウカはどこかほっとした様子で表情を緩めてくれた。なずなも、いつも通りの感じで挨拶が出来た事に、ほっとしていた。


いきなりは無理でも、少しずつ、自分の出来る事をやっていくしかない。人とあやかしの距離だって、なずなに何が出来るのか分からないけれど、それでも、フウカとの距離がこのまま開いてしまうのは嫌だった。



それからは、比較的いつも通りだ。賑やかな朝食が始まり、仕事組は慌ただしく出かける準備に取りかかる。ギンジは休みのようで、さっさと二階へ引き上げてしまった。


「行ってくる!」


時間が無いのか、ナツメが玄関を飛び出していくので、なずなは見送ろうと、つい駆け出そうとしてしまう。


「いっ!」


案の定、足の裏にビリッと痛みが走り、なずなは前につんのめってしまった。


「危ない!」


だが、傾いた体はすぐに勢いを止めた。なずなが驚いて顔を向ければ、すぐ側にフウカの顔があって、足の痛みも忘れて飛び上がりそうになった。

フウカが後ろから、支えるように肩や腕を掴んでくれたので、なずなは転ぶのを免れたようだ。


「大丈夫ですか?」

「は、はい、」


途端に飛び出しそうになる心臓に、息を止めそうになったが、なずながかろうじて返事をすると、フウカもほっとした様子で息を吐いた。

フウカの体温が、なずなの肌を撫でるような距離にある。フウカがそっとなずなの体を起こしてくれたが、なずなはすっかり意識してしまい、硬直するばかりだった。


「怪我が治ってないんですから、あまり無理しないで下さいね」


そして、少し腰を曲げて、なずなの俯く顔を覗き込む。心配してくれているからこその行動だと分かるが、再び近づく距離に、今度は反り返りそうになるなずなだ。


「は、はいっ、」

「では、行ってきます。何かあったら、連絡下さいね」


フウカはいつも通りの言葉と、少し心配そうな微笑みを残し、仕事へと向かった。ドアの閉まる音がして、なずなは「行ってらっしゃい」を言っていない事に気づき、項垂れた。


「…何やってんだか…」


ひとりごち、壁に半身を凭れながら、なずなは忘れていたように熱くなる顔を、両手で覆った。


フウカはあんなに格好よかっただろうか、間近でその顔を見た時、肩や腕を掴む大きな手に、包み込まれるような温もりに、遠い昔に置いてきた、ときめきとやらが蘇ってきて、なずなを混乱させていく。

良い人、優しい人、居てくれると安心する人。でも彼は、人ではない。

そんなフウカに、なずなは確実に惹かれていて。

でもフウカは、なずなに対して見えない壁を作ってる。


今のフウカは、転びそうになるなずなを助ける為、そんな壁なんて感じさせなかったが、一緒にキッチンに立っている時も、食事の間も、フウカはどこか無理をしているように感じた。


そうさせる原因は、一体何なのか。自分は、フウカの負担になっているのだろうか。


そう思えば、ときめきに浮き足立った心は途端に萎んで、なずなの胸をぎゅっと苦しめるようだった。


「なずちゃん?」


「どうかした?」と、壁に凭れるなずなを見て、マリンが心配そうにやって来た。その後ろにはハクもいる。


「あ、いえ!ちょっと足が痛くて…」

「あまり無理しないでよ?家事なら手伝うから」

「ありがとうございます。でも、私の仕事ですし、加減しながらやりますから!二人はお出かけですか?」


玄関に用があるなら外出かと思い尋ねると、ハクは首を振った。その顔は、どこか意気込んでいるように見え、なずなは彼らの目的に気づいた。そろそろ近所の学生達の登校時間でもある、ハクを助けてくれた少年も、メゾン・ド・モナコの前を通る頃だ。


「あの小学生に会うんですね?」

「先ずは、彼がその小学生か確認しないとね」


マリンの言葉に、ハクは気合いを入れて頷いた。その手には、ハクの傷を守ってくれたのだろうハンカチが、きれいにアイロンを掛けられ握られていた。







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