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4. あやかしの世と人の世1


翌朝、なずなはベッドから体を起こすと、そっと床へ足を下ろした。


「痛!」


ちょっと爪先に力を入れただけで、皮膚がピリッと裂けるような痛みが走った。ジクジクと続く痛みに溜め息が零れる、昨夜は非現実的な事が起きすぎて、アドレナリンでも出ていたのだろうか、一晩たてば昨日よりも傷が痛い気がする。それとも、怪我した翌日とはそんなものだったろうか。

しかし、ずっとこうしている訳にもいかない。なずなは気合いを入れて立ち上がった。


まだ足の裏は痛くてつけないし、爪先をついても痛かった。ならば踵を使ってどうにか歩くしかない、幸い左足の傷はあまり痛まなかったので、壁や家具に掴まれば、びっこを引く形だが歩く事が出来た。


昨夜、マリンから借りた洗顔や歯ブラシセットを持って一階へ降りていくと、火の玉男は昨夜と同じように、リビングの隅にうずくまっていた。昨夜と同じ態勢を見て、一度も意識を取り戻していないのか、まさか死んでしまったのではと、なずなは心配になり近寄ろうとすると、「おはよ」と、ぼんやりとした声が背後から聞こえた。

驚いて振り返ると、ソファーに寝転がる春風(はるかぜ)がいた。春風は寝間着の浴衣姿だったが、寝る時も、帽子を顔に被せているようだ。


「おはようございます、ずっとここで寝てたんですか?」

「見張りは必要でしょ、それより近寄らない方がいい」

「この人、大丈夫なんですか?」


なずなの問いに、春風はおかしそうに笑いながら体を起こした。


「君は襲ってきたあやかしの心配までするんだね」

「…あ、すみません、その」

「謝る事はないよ、人とは優しい生き物だなと思ってね」

「…人とか関係ありませんよ。皆さんだって優しいじゃないですか」

「おや、嬉しい事を言ってくれる。ここに来たのが君で正解だったかな」


目を細める春風に、なずなはきょとんとした。


「うちには色々いるからさ。あと、その男は生きてるよ。眠らせているだけだから気にしなくていい、さ、皆も起きてくるだろう、混まない内に顔を洗っておいで」

「はい」


なずなはほっとして、洗面所へ向かった。

ナツメのTシャツやズボンは、なずなが着ても違和感がなかった。背丈がナツメの方が少し高いので、さすがに肩はズレるが、サイズ感の違いはそれくらいだ。昨夜それを知ったナツメは悔しそうだったが、なずなにとっては、ナツメがこの体型で有り難かった。マリンのスケスケのネグリジェでは、こんな風に気軽にアパートの中を歩く事は出来なかっただろう。



廊下を行くと、右手にはキッチンがあり、左手には引戸が二つある。片側の戸は、洗面所と風呂場で、もう一方はトイレだ。

洗面所で顔を洗い終え、ふぅ、と一つ息を吐いていると、カラカラと引戸が開いた。なずなは振り返り、おはようございますと口にしかけた言葉を、どきりとして飲み込んだ。洗面所にやって来たのが、フウカだったからだ。なずなは胸を跳ねさせ、どうしようと、わたわたしながらタオルで顔を覆った。何せ、顔を洗ったばかりですっぴんの状態だ、着替えをしている訳ではないが、それでも無防備な状態に変わりない。春風相手なら、すっぴんだろうが何だろうがこんな事を思いもしなかったのに、相手がフウカとなると、どうにも意識してしまう。


…いや、待てよ。


しかし、そこではたと気づく。すっぴんなど、今更ではないだろうか、よく考えてみれば、普段からばっちりお化粧をしてる訳でもなし、雑草取りで汗をダラダラ流していたり、泣き顔や失神した顔も見られている。

これは、今更どう繕ったところで、すっぴんも何もないのでは。それよりも、顔を隠している方が、フウカに対して失礼ではないか、と、なずなは朝から頭をぐるぐると働かせ、瞬時に気持ちを整理して立て直すと、思い切って顔からタオルを離した。


「お、おは、」

「おはよ」


しかし、なずなの意を決した思いは、ふぁ、とあくびを噛み締めた声によって、ぽかりと浮かんだ。伏せていた顔を上げて見れば、目の前には目を擦るフウカがいて、なずなは予想外の姿に目を瞬いた。


きっと、フウカは寝起きからしゃんとしているんだろうなと勝手に思い込んでいたが、起きたてほやほやのフウカは、寝癖で髪が跳ねていて、まだ半分も目が開いていない。

フウカも、あくびを噛みしめながら挨拶をする事があるのかと、なずなは彼の意外な一面に、すっぴんの恥ずかしさも忘れ、なんだか胸がほくほくとして、少し得した気分だった。

新たなフウカの一面が見れた嬉しさに、なずなはすっかり微笑ましい気持ちになりながら「おはようございます」と応じると、目を擦っていたフウカは、その声に驚いた様子で目を見開き、勢いよく後退った。




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