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メゾン・ド・モナコ  作者: 茶野森かのこ


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3. 新しい日常14


「ハクちゃんと私はしょちゅう一緒に寝てるから、気にしなくていいのよ。今日は大変な目にあったんだから、ゆっくり休んで」

「皆、その方が安心だからさ。ね、ギンジ君」


春風が振り返ると、ギンジは居心地悪そうにそっぽを向いた。


「…俺のせいとか言われてるからな。それでまた襲われた、なんて事になったら寝覚めが悪いだろ」


そのまま逃げるように、ギンジはキッチンの方へ立ち去った。素っ気ない言葉だが、いつもの棘がない。ギンジに突き放されないと思うだけで、なずなはちょっと感動だった。


「あ、ありがとうございます…」


礼を言うなずなの隣で、「素直じゃないんだから」「あれが、ギンちゃんの素直なのよ」と、微笑ましさを隠しきれない様子の春風とマリンに、ギンジは舌打ち、凄みを利かせてきた。なずなは二人の側に居るので、まるで自分まで睨まれた気がして、ひっと悲鳴を上げたが、春風とマリンは笑って肩を竦めるだけだ。


その様子を見て、このアパートには、凶暴に見えるギンジを恐れない強者が二人もいるのかと、なずなは今更ながら落ち着かない気持ちになった。

二人がギンジを恐れないのは、ナツメのような恐れ知らずの性格故じゃない事は、その姿を見れば分かる。一人は曲がりなりにも神様だし、マリンも怒らせてはいけないあやかしだというのは、短い時間の中でも良く分かっていた。


「さて」と、春風が手を叩くので、なずなは知らず内に背筋を伸ばした。


「明日は君の部屋の片付けに時間をあてよう、念のため痕跡も調べておきたいしね。他のあやかしの気配はなかっただろ?」


春風に話を振られ、フウカが頷いた。


「はい、部屋の中を見ましたが、何かが隠れていそうな気配もありませんでした」

「なら安心だね。明日、彼が目覚めたら話を聞こう。ミオ君達が来てくれる事になったからさ」


春風は、眠っている火の玉男を見てそう言った。


「あの、ミオさんって…その人もあやかしなんですか?」

「君は会った事なかったね。人の世に暮らすあやかし達の管理をしてる一人だよ、役所仕事的な感じかな。あやかしが好き勝手に生きてたら、人の世は大混乱に陥って、あやかし達は人の世から出ていかなきゃいけないからね」


人の世で暮らすには、ルールを設け協力していかなければならないという。確かに、このアパートに来るまで、なずなにとってあやかしなんてものは、空想上の産物でしかなかった。


それから春風は、なずなの傍らに腰掛けた。


「悪かったね、怖い思いをさせて」

「え?」


ぽん、と頭を撫でられた。思わず春風を見上げると、そこには優しい眼差しがあり、心を寄せるような春風の温もりに、なずなはどうしてか、ぽろ、と涙を零していた。


「あ、あれ?」


どうしてまた涙が溢れてくるのか、なずなは自分でも驚いていた。火の玉男に襲われた時、涙はマリンに受け止めて貰った筈なのに、まだ自分は恐怖を感じていたのだろうか。それとも、火の玉男を前にして、思い出した恐怖を無理にやり過ごそうとしたからだろうか。これも神様の力か、それとも春風だからなのか、なずなはいつの間にか大きな安心感に包まれて、自分でも知らない内に強ばっていた心がほどけていくようだった。


「おやおや」

「あら、春さんたら、美味しいとこばっかりもってくのね」

「スケベな神だぜ」

「…心外だな、君達」

「泣かないで、なずな。もう怖くないよ」

「うぅ、ありがとうハク君」


ソファーに駆け寄ってきたハクは、なずなを慰めようと、小さな手で頭を撫でてくれる。なずなが堪らずハクを抱きしめれば、ハクは擽ったそうに笑った。


「あら、これが正解ね」

「いい絵だな」

「本当に君達は…誰がここを管理してると思ってるんだい?」


マリンとナツメにいいように言われ、まったくと春風はキッチンの方へ向かう。キッチンには、人数分のコーヒーを入れるフウカと、火の玉男をじっと見つめているギンジがいた。


「俺が見張ってようか、こいつ」

「いや、僕が見てるから大丈夫だよ。ここは僕のテリトリーだからね。それに、君達は明日も仕事があるだろ?人とは仲良くやっていかないと、また外野が煩いからね。まぁ、なずな君を守ったって事で、妙な噂が消えてくれると嬉しいんだけどねぇ」

「下手したら、自作自演とも言われかねませんしね」

「そうなんだよねぇ」

「…俺はそんなに厄介者扱いされてんのか」

「ギンジさんだけじゃないよ、僕のせいかもしれない。僕はあやかしを傷つけて、こちらに来ましたから」

「何言ってるのさ、お互い様だろ。皆何かしら抱えているものだよ。僕だってそうさ」


春風はフウカの頭をぽん、と撫でた。なずなにしたみたいに。


「さて、皆、コーヒーいれてもらったよー」


トレイにコーヒーを載せて春風が行ってしまうと、フウカはそろ、と、自分の頭を撫でた。春風の温もりが、まだそこにあるみたいだ。


「春風さんて、本当に貧乏神なんですかね」

「本人が言ってるなら、そうなんだろ?」

「…なんだか不思議です」

「何が」

「僕は与えて貰ってばかりいます、そんな資格ないのに」


そっと口元に笑みを浮かべたが、フウカはどこか寂しげに目を伏せた。


「…どうして、放っておいてくれないんだろう…」


誰に言うともなく零れた呟きは、シンクの中にぽつりと落ちる水滴に紛れ消えていった。






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