3. 新しい日常13
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なずながフウカに背負われながら、メゾン・ド・モナコに戻ると、火の玉男がリビングの端で座っていたので、なずなは思わず悲鳴を上げた。
体は縄のような物で縛られているが、体は透明で、まだ頭と両手足が燃えている。擬態出来るというあやかしなので、炎が消えたら透明人間になるのだろうか、それとも、体の一部は擬態したままで居続けるのだろうか。
本物の炎ではないので燃え移る事はないが、ずっと燃えているとなると、やはりそれは気になる。
「お帰りなさい、足は大丈夫?」と、心配そうに迎えてくれたのは、一足先に帰宅していたマリンだ。ハクもマリンの足元で心配そうにしている。
「はい、ご迷惑おかけしてすみません。ハク君もごめんね、大丈夫だよ」
なずながそう声を掛けると、ハクもほっとした様子だ。
フウカは二人のやり取りを見てから、「ソファーに下ろしますね」と、ゆっくりとソファーになずなを降ろしてくれる。フウカは最後まで丁寧だ。
「すみません、フウカさん。あの、本当にありがとうございました」
「いえ、体は辛くなかったですか?」
なずなが頭を下げれば、フウカはなずなの前にしゃがんで、心配そうに尋ねてくれる。なずなをずっと背負い歩いてくれたのだ、フウカこそしんどいだろうに、それを表には出さずこちらを気遣ってくれる。そんなフウカの優しさに、なずなはそっと肩から力を抜いた。
先程まで、フウカの顔が見れなかったからだろうか、正面から見たフウカは、いつも通りのフウカで、そこには、帰り道に感じた拒絶も冷たい声も、繕った様子もない。勝手に感じていた寂しさだとか困惑が、なずなの胸の奥に少なからず渦巻いていたけれど、フウカはいつものように、まっすぐとこちらと向き合ってくれる、その様子に、なずなはほっとしていた。
「はい、フウカさんのおかげです。でも、フウカさんこそ疲れましたよね、すみません…」
「僕はなんともありませんよ。でも、良かった」
そう言って、安心した様に表情を緩めたフウカに、なずなもつられるように頬を緩めた。
ようやく、いつもの日常が戻ってくる気配がして、これで安心して夜も眠れそうだ。なんて、そんな気分は、視界の端に映る火の玉男によって、再び緊張を強いられる事となった。
火の玉男はぐったりしているが、なずなはこの男に襲われたのだ、どうしても気になってしまう。なずなはなるべく距離を取ろうと、ソファーの端に寄った。
「大丈夫よ、当分は目を覚まさない筈だから。さ、手当てしてあげる」
「すみません、マリリンさん。それに、さっきはありがとうございました」
マリンは微笑み、フウカと入れ替わるように、救急箱を持ってなずなの足元に座った。
「災難だったね、なずな君」
そこに春風がやって来て、心配そうになずなの足元を覗き込んだ。
「大丈夫かい?」
「はい、皆さんが助けてくれましたから」
「無事で良かったよ。今日はここでゆっくり休みな」
「ありがとうございます、突然すみません」
なずなが頭を下げると、ハクが恥ずかしそうにやって来て、なずなの服を小さく引っ張った。
「ハク君どうしたの?」
「あの、なずな、僕の部屋使って」
「え?」
なずなが目を瞬くと、手当てをしてくれていたマリンがそっと微笑んだ。
「なずちゃんが寝る部屋がないから、ハクちゃんが自分の部屋を使ってほしいって。空き部屋はあるけど、お布団がね…」
「でも、ハク君はどこに?」
「私の部屋。あ、なずちゃんも私と一緒が良かった?」
「嬉しいですけど、私、雇われてる身ですし、リビングに置かせて貰えるだけで十分ですから」
「この男、今日はここに居ると思いますけど…」
フウカの言葉に、なずなは思わず青ざめた。さすがに、どんな理由があるか知らないが、自分を襲ってきた相手と同じ空間で過ごすのは、さすがに抵抗がある。




