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メゾン・ド・モナコ  作者: 茶野森かのこ


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3. 新しい日常10


「あまり人が良いとつけこまれますよ、悪い人達に」


フウカは困り顔で言いながら、ハンカチを取り出し、傷の酷い右足に巻いていく。その声がいつもより固く、戸惑っているようにさえ思えて、なずなも困惑した。何か言ってはいけない事、気に障るような事を言ってしまっただろうか。


「それなら、私達が守ってあげればいいのよ」


なずなやフウカの様子を見てか、マリンがなずなに寄り添いながら言う。その気持ちを和ませるような穏やかな声からは、マリン特有の不思議な圧は感じられず、不安定な心も優しさに包まれていくようで、なずなはそっと肩を下ろした。


「…そうですね、やっぱり住み込みの件、もっとよく考えないといけませんね」


フウカもいつもの調子に戻り、困り顔でそう頬を緩めると、そのままなずなの膝裏に手を回そうとするので、なずなはさすがに驚いて身を引いた。


「え!だ、大丈夫ですよ!」


今、とてつもなくナチュラルに、お姫様抱っこされそうになった。

なずなは顔を真っ赤にさせて、心臓は先程とは違う意味で忙しく動き出し、壊れそうな音を響かせている。だが、そんななずなに対し、当の本人はきょとんとしている。


「歩けないでしょ、このままじゃ」

「あ、でも、えっと」

「…あ、そうですね、こっちの方がいいか」


フウカはそう言うと、今度はなずなに背中を向けた。横抱きでは恥ずかしいと思い、おんぶなら良いと思ったのだろう。確かにおんぶの方がまだ良いかもしれないが、そういう問題でもない。どうあったって、男性に抱えられるのは恥ずかしいし、それに相手はフウカだ、色々気になってしまう。


けれど、フウカは善意からの行動だ、それを無駄にするのも悪いし、歩くのも辛い、いやでも…。と、軽くパニックになってるなずなを見兼ねてか、ギンジは溜め息を吐くと、なずなの首根っ子を掴み、そのままフウカの背中に乗せてしまった。


「さっさとしろ、怪我人が!」

「ちょっ、ギンジさん!なんてこと、」

「はは、では立ちますよ」

「え、ちょ、す、すみません!」


もうなずなに逃げ道はない。重くはないだろうか、心臓の音は煩くないだろうかと、なずなはあたふたとしていたが、フウカは何事もなく笑って立ち上がったので、なずなは何だか恥ずかしくなってしまった。

フウカは怪我を心配してくれているだけなのに、勝手に意識して騒いで。そう考えれば、顔が再び熱くなる。なずなは逃げられないフウカの背中の上で、彼が不審に思いませんようにと、願うばかりだった。



一人赤面してるなずなには気づかず、「さっさと行くぞ」と歩き出すギンジ、皆もそれに続こうとした時、「あ!」と、なずなは声を上げた。


「どうしたの?なずちゃん」

「…部屋の鍵どうしよう、開けっ放しで…」

「それはいけませんね」


すると、マリンが名案とばかりに手を叩いた。


「じゃあ二手に分かれましょ」

「じゃあ、俺はー」

「ナッちゃんはこっち」


そう言って、マリンはナツメをひょいと抱き上げた。猫の姿なので、ナツメはすっぽりとマリンの腕の中に収まってしまう。


「え!なんでだよ!」

「だってー、私を守ってくれるナイトはいないじゃない?」

「マリンなら、一人で十分強いだろ!」

「あら?私なんか、排水口に流せば一発よ?」

「……」


「よく言うぜ」

「怖い事言うなよ…!」


正反対な言葉を重ねるギンジとナツメ。それに対し、きょとんとしているフウカとなずなに、マリンはにこりと笑って振り返った。


「フウちゃん、なずちゃんをよろしくね」


そう美しく微笑むマリンだが、蠢く水の髪はギンジの首を狙っている。まるでメデューサの髪のようで、狙われていないナツメまで顔を引きつらせていた。怯え歩く二人の姿を苦笑いで見送ると、フウカも体の向きを変えた。


「…行きましょうか、こっちですよね」

「は、はい、あそこの古いアパートです」

「了解です」


なずなを気遣ってか、フウカはゆっくり歩いてくれる。フウカの背中は、思いの外広くて逞しい。細身に見えるので、勝手に華奢だと思っていたフウカの背中が、今は男の人だと感じずにはいられない。そうなれば、また心臓が全身に響いてしまいそうで、なずなは気持ちを切り替えるべく、慌てて口を開いた。



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