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メゾン・ド・モナコ  作者: 茶野森かのこ


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3. 新しい日常7


人の世であやかしという正体を隠し、人に溶け込みながら生きていける、それを示す為に、人と交流を持たなくてはいけない。無理なカモフラージュだとしても、人との交流が無いあのアパートに人間が居ると分かっただけで、何も知らない他のあやかし達は、彼らへの印象を少しでも変えてくれるかもしれない。


もし、自分が役立てる事があるとすれば、そこだけだ。


それに、変えたかった。不必要と言われる自分を。そう思い込んでしまう自分を。ここでまた切り捨てられたら…、そう思えば怖くなる。それこそ、底なし沼に落ちていくように、未来なんて何も思い描けなくなってしまう。


でも、なずなにはまだ、彼らと出会えた事で希望があった。立ち直れる希望が。未来は見えないけど、今の自分をこの場所に立たせる方法が。


「…変わった奴だ」

「良い子なのよ」


そんな二人の会話が聞こえてくる、願いを込めて頭を下げ続けるなずなの視界には、やがて大きな手が映りこんだ。

それは、ギンジの手だ。その手に、なずなが勢いよく顔を上げれば、目の前には、そっぽを向きながらこちらに手を差し出しているギンジがいた。


「…仲良くなんてならない、これは…一時的に協力関係になるだけで、」

「ギンジさん…ありがとうございます!」


あのギンジがこちらに歩み寄ってくれた、それが嬉しくて、堪らずになずながその手に飛びつけば、ギンジはぎょっとした様子で「触るんじゃねぇ!」と、慌てて退いている。手を差し出してきたのはギンジなのにと、そんな態度に傷つく心の余白は、今のなずなにはない。ギンジが示してくれた行動が、気持ちが、なずなの心を感激で満たしてしまったからだ。そんななずなに、今は怖いものなんてなく、笑顔で迫るなずなに、ギンジが顔をひきつらせて逃げるほどだ。そんな二人の様子に、マリンも楽しそうに頬を緩めていた。


「なずちゃん、その辺にしてあげて。ギンちゃんが照れてどうにかなりそう」

「て、照れてねぇし!」

「だってマリリンさん!これで私も役に立てます!」


胸を感激にいっぱいにしたまま、なずながマリンを振り返れば、そんななずなの言葉に、マリンはきょとんとした顔を見せたが、やがてその表情は優しい微笑みに変わった。


「なずちゃんはもう十分、役に立ってるじゃない」


マリンにそっと抱き寄せられ、なずなは、その優しい温もりに、満たされた胸がぐっと熱くなっていくのを感じた。誰かに必要とされる、こんな自分が。そう思えるだけで、こんなに嬉しい気持ちが溢れてくる。


なずなは、溢れそうな涙に困って誤魔化すように笑ったが、マリンは、なずなの思いを許すように、優しく頭を撫でてくれる。いつもひんやりとしていたマリンの手が、今はブランケットのように温かくて、心ごと包まれてしまったように温かくて。

なずなは言葉に出来ない思いに願いを乗せ、マリンの優しさにそっと身を委ねた。




***



「また明日ね」

「はい!また明日」


そうして、なずなは自分が暮らすアパートまで送って貰い、マリンとギンジに別れを告げた。


これで明日から、ギンジとの付き合い方が少し変わるかもしれない、そう思うと心が浮き足立つようだった。今までは何かある度に睨まれていたのだ、口には出さなかったが、心が抉られる時もあった。


それに、自分自身に対しても、少し前向きになれた気がする。


足取り軽くアパートの階段を上るなずなだったが、そんな浮かれ気分も、ここまでだった。


なずなの部屋は、二階の角部屋だ。部屋前に来ると、鞄から鍵を取り出した。そして、ドアの鍵穴に鍵を差し込んだ時、なずなは違和感を覚えた。鍵を回す感触が軽い。


「…え?」


引っかかりなく回る鍵に、ドアに鍵が掛かっていない事を知る。朝出かける時に鍵を掛けなかっただろうか、そう頭を傾げながらも、それと同時に思い浮かぶのは、空き巣の存在だ。まさか、と嫌な予感を振り払いながら、なずなは恐る恐るドアを引いた。当然、ドアはすんなりと開く。それにより、再び頭には嫌な予感が巡り、なずなは恐怖が這い上がってくるのを感じた。


泥棒が好みそうな高価の物は家にはないが、部屋の中はどうなっているのだろう、まさか犯人がいたりして…。


「…いや、それはない、大丈夫大丈夫」


自分を勇気づけるように呟いて、なずなはそっと部屋の中を覗いた。そして見えた部屋の状況に、なずなは愕然とし、思わずドアを大きく開けた。


「…嘘、」


部屋の中は大惨事だった。家具という家具が倒され、床には物が散乱している。やはり空き巣にやられたのかと、信じられない思いで足を踏み入れようとすると、部屋の奥に、ぼんやりと灯りが灯っているのが見えた。


それを見て、あれ、と、なずなは違和感を覚えた。


カーテンは閉めて出て行ったので、向かいの家の灯りが見える筈がない、例えカーテンが開いていたとしても、ベランダのガラス戸から外の様子が、もしくは、自分の姿が反射して見える筈だ。だが、その様子はない。

なら、部屋の電気をつけていないのに、どうして部屋の惨状が分かるのか。


それは暗闇の中、オレンジの灯りが電球のように浮いていたからだ。それは、つい一週間前に見た火の玉に似ていた。



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