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メゾン・ド・モナコ  作者: 茶野森かのこ


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3. 新しい日常6


***



「おい、あまり離れて歩くな」


ギンジは前を行くマリンに声を掛け、なずなは怯えながらギンジの後ろを歩いている。

すっかり夜も深まった住宅街は、ひっそりとしていて、道沿いの街灯が煌々と足元を照らしてくれている。


「…しかし、よく引き受けたな、こんな仕事」

「え、」

「お前の事だよ、あんな化け物の住処に」


投げやりに掛けられた言葉に、なずなは、何故そんな冷たい事を言うのかと困惑した。

確かにあやかしは人ではないが、化け物ではない。少なくとも、なずなは、そう思っている。なのにギンジは、ギンジ自身の事まで化け物と言う。


「お前だって本当は思ってるんだろ。俺達は人間じゃない、恐ろしいって」

「そんな、」

「気にするな、あのアパートに住むのは、つま弾きにされた連中だけだ」


つま弾き。その言葉に、なずなは思わず口を噤んだ。それは、なずなも同じだったからだ。


思い描いた夢に自分が不必要と言われた時、どう生きていけばいいのか分からなかった。ギンジも、そんな風に言われた事があるのだろうか。ギンジを振った恋人とは、そんな悲しい言葉をかける程、ギンジに恐怖を感じたのだろうか、狼姿になったって、ギンジの中身は変わらないのに。


とは言え、実際、なずながギンジに対して抱くのは、恐怖心しかない。先ず、初対面が最悪だ。ギンジの体が狼の姿に変わったあの時、あの大きな口で、あの鋭い爪で、自分は殺されてしまうんじゃないかと思った。マリンが身を挺して止めてくれなければ、今頃…そう思えば体が震えてくる。


アパートのハウスキーパーとして働く事になったからって、恐怖が消えた訳ではない、今だってギンジは怖い、それでも、ギンジが襲ってきたのは、あの時だけだ。


なずなは、ギンジの背中を見つめた。


たった一週間だけど、ギンジの背中を見ていて思った事がある。彼は、怒りながら傷ついてるのではないかと。

今だって、ギンジの背中は諦めに寂しく揺れていて、それは、自分と何ら変わらないように思えてくる。


あやかしがどんな人生観を持って生きているのか、人間のなずなには分からない。でもきっと、怖いだけのあやかしじゃない。もしかしたら、恋した女性に投げられた一言から、今も自身の心を守る為に、なずなを責めるのかもしれない。だとしたら、それは勿体ない事のように思う。


そんな風に、世間から背を向けて生きなくてはならないギンジが、なずなは悔しかった。


「…そ、そんな風に言わないで下さい」

「あ?」

「ひ、」


ギンジに反論すれば、案の定ギロリと睨まれ、なずなは悲鳴を上げた。だが、今回は引かなかった。なずなが悔しいと思ったのは、ギンジに自分を重ねたからだ。なずなだって、これ以上傷つきたくない、ギンジにだって、不必要に傷ついて欲しくなかった。


「わ、私は、化け物とか思ってません!もし本当に怖かったら、毎日アパートに通ったりしませんし、きっと逃げてると思います」


正直、ギンジの事は怖いけど、という言葉は呑み込んだ。


「私、知ってます、春風(はるかぜ)さんが意外と面倒見良いとか、フウカさんが心配症だとか、ハク君は純粋で良い子だし、マリンさんは心の拠り所ですし」

「まあ、嬉しい」

「ナツメ君だって努力家だし、ギ、ギンジさんだって、きっと、」

「たった一週間飯食った位で、俺達の何がわかる!」

「わ、わからないから、話さなきゃ、一緒に過ごさなきゃいけないんじゃないですか…!」


なずなはそれから俯いて、「勝手な事言ってすみません」と続けた。


「…私、春風さんにここで働かないかって言われた時、嬉しかったんです。この人は、私の事を必要としてくれてるんだって。私、バンドをやってたんですけど、ボーカルがソロデビューして、バンドは無くなっちゃって」


「まぁ…」と、声を漏らしたのはマリンだ。マリンは口元に手をあて、なずなに同情するように表情を歪めてくれる、なずなは苦笑い、話を続けた。


「それで、目標も気力も失ってしまって。でもここに来て、新しい世界を知って、必要とされてるかもって思ったら、子供っぽいかもしれないけど、私、役に立ちたいって」


ギンジは黙って話を聞いていたが、不意に背を向けて歩き出してしまった。


「ギンジさん、」

「役に立ちたいなら、今すぐ別の仕事を探せ。結局お前は、好奇心と自分の為に俺達の役に立ちたいって言ってるだけだ、利用してるだけじゃねぇか」


「ちょっとギンちゃん」と、マリンが間に入ろうとしたが、なずながそれを遮った。


「自分の為で何が悪いんですか?皆さんの役に立ちたいと思う事が、そんなに悪い事ですか?」

「人間の、それも女は信用ならねぇ」


その言い方には、さすがになずなも苛立ちを覚えた。人間だから、女だから、そんなカテゴリーに当てはめて、上辺だけで人を決めつけるなんて。

それでギンジも傷ついたのではないのか。

なずなはぎゅっと、手を握った。本心を伝え心を開いていたなずなは、苛立ちを抑えるストッパーが外れてしまったようだ。


「一度振られた位で、女が皆同じとか、そう思ってるんですか!?」

「振られた位だと!?」

「その人が女の全てですか?違いますよ、同じ人間なんて居ません!毎日毎日嫌な事ばかり言って!」

「そう言わせる人間が悪い!」

「なら帰ったらどうです?ここは、人間の世界です!人と仲良くならないといけないのは、そっちじゃないですか!ずっと疑問でした、このままじゃ、マリリンさん達皆が犯人扱いされたままですよ!?」

「なずちゃん、」

「仲良くしてとは言いません、でも、せめてちゃんと接して下さい。私を男と思って下さっても結構なので、普通に接して下さい!お願いします!」


なずなは怒りの勢いに任せてではあったが、頭を下げた。自分の為ではあるが、これは、ギンジ達の為でもある。



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