2. 一週間前のこと6
「怪我も…なさそうですね、良かった」
なずなの姿を見下ろしたフウカは、そう安堵したように微笑むので、なずなはまた顔が熱くなって、フウカの顔が見れなくなる。
何を見惚れているのか、彼は見知らぬ自分を案じてくれた優しい人だ、更には重ねて迷惑を掛けているのに、ぽうっと見惚れているなんて、相手はそんな気は更々ないだろうに。
なずなは、ますます自分が恥ずかしくなって、穴があったら入りたいといったところだが、まさかこのまま逃げ出す訳にはいかない。
なずなは、とにかく精一杯の感謝を伝えるべく、頭を下げた。
「あの、ありがとうございます!すみません、こんなご迷惑をおかけして、」
「いえそんな、無理もありませんよ、あんなものを見たんですから」
そのどこか申し訳なさそうにも感じとれる物言いに、なずなは、やはりそうなのかと、そろそろと顔を上げた。
「あの、やっぱり今のって、火の玉ですよね、最近話題になってる…」
「…えぇ、恐らくは…」
フウカは言いながら、火の玉が浮いていたであろう場所に目を向けた。もしかして、まだそこに何かあるのだろうかと、なずなも視線を向けようとした時だ、
「姿を消したみたいだね」
と、のんびりした声が聞こえてきた。
声の主は、春風だ。一体いつからその場にいたのか、彼はこの時も後ろからのんびりとやって来て、それから、地面に落ちた手紙に目を留めた。
「…これはお嬢さんの物ですか?」
なずなは、はっとした様子で春風に駆け寄った。それは大事なヤヱの手紙だ。恐らく、火の玉に驚いた時に、手から落としてしまったのだろう。
「私の物です!すみません、ありがとうございます」
これを失くしては大変だ。ほっとしてなずなが顔を上げると、春風とばちりと目が合った。春風は、まじまじとなずなを見つめており、なずなはその不躾な視線に思わず身構えたが、春風はその内に、にこりとなずなに微笑みかけたので、なずなは何だか調子を外された気分だった。
「それ。随分、古い手紙のようですね」
「あ…はい、祖母から預かった物なんですけど…、この宛名の住所を探しているんですが見つからなくて」
事情を話すべきか迷ったが、なずなは思い切って春風に話してみようと思った。これも何かの縁、もしこの近くに住んでいるのなら、何か手がかりが掴めるかもしれないと思ったからだ。
「おばあさんが出す筈だった手紙ですか?」
「えっと、祖母が曾祖母から預かった手紙なんですが、出したら戻ってきちゃったそうで。手紙を相手に渡せなかったのが心残りだって…祖母も元気がなくて。だから、親族の方にでも渡せたらいいなと思ってるんですが」
なずなが苦笑えば、フウカは心配そうな、戸惑った様子で声を掛けた。
「それなら見つけてあげたいですね…でもこの住所、」
「実は僕達、そこのアパートの住人なんですよ、よろしければ中でお話しませんか?」
フウカの言葉を遮り、春風はなずなににこりと微笑みかけた。きょとんとするなずなに、「初対面で何言ってるんですか」と、フウカが焦った様子で窘めている。
「僕は、君の力になれるかもしれない」
「え?」
「その代わり、君に協力して貰いたい事があるんだ」
「協力、ですか?」
にこりと微笑む春風に、フウカは訝しげな表情を浮かべ、なずなは再び、きょとんとして春風を見上げた。




