働いて寝る安西さん
『斉藤くん、これ持っていって。B卓さん』
『は、はい』
『斉藤くん、C卓さんがさっき頼んだの、まだかって。ちょっと急いであげて』
「はい。い、今やってます。えっとこれをこうしてこうだったよな。うん、できた。今行きます!」
『お、制服新調したのかい、兄ちゃん。やっぱり、男前やなぁ。男前と言ったら儂も昔バリバリ働いとった頃、モテまくっとってな――』
「………………ありがとうございます――」
『いらっしゃいませ、ありがとうございます~』
「ありがとうございます~」
「って、やっぱりキッツい!」
作業量が増えて、動き回ることも増えたせいか、やけに身体が重たく感じる。これから安西さんとの勉強会が待っているけど、もうベッドで横になりたい気分だ。
「……でも、やるか」
注いでいたお茶を一気に飲み干し、俺は鞄から教科書を開いた。明日の一限は生物。少しは寝ても怒られないはず。
「さ、安西さん、勉強を――」
って、寝てる。
安西さんはお店の机に突っ伏し、すやすやと寝息を立てていた。学校で見ているけれど、緩みきった表情がやっぱり可愛らしい。
閉店後の勉強会は、眠たかったんだな。無理してやらなくてもと思ってしまうけれど、安西さんは、頑張ってしまうんだろう。ゴールデンウィークのときも無理をして風邪引いていたし。
「ほんと毎回寝顔を見せてきてさ。俺が何かしないと思ってるのかな」
俺も男だ。こんな寝顔を見せられ続けたら、何かしたくならないわけがない。とくにこのふにっとした頬をつつきたく――
「んっ……」
気づいたら、安西さんの頬に指が触れていた。ずっと触りたくなるようなもち肌が指先に伝わってくる。
って俺、何やってんだ!
寝ている安西さんを触るなんてそんなことあっちゃいけないだろ。信用を傷つけることにも――
「……えっと、斉藤くん。そういうことは私が見ていない時にやってね」
「……え?」
振り返ると、町さんが車の鍵を持って立っていた。娘の頬を触っていたんだ、顔が引きつっている。
「……どこから見てました?」
「今来たところだけど、もしかして違うこともやっていたのかしら?」
「いえ、そんなことは!」
「杏里には内緒にしておくわね」
そう言って、町さんはうふふと笑った。
町さんには今後逆らえそうにないな。




