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寝ぼけていた安西さん

 気付いていなかったということは、安西あんざいさんは寝ぼけてたっていうことなんだろうけど……。町さんが言ってたことも、手を掴んできたことも、全部忘れてるってことにならないか? ……だとしたら今の状況って。


「……えっと、斉藤くん」


 手を繋いでいたのを見てしまった安西さんの頬が真っ赤に染まっていく。

 風邪のせい、なんてことはないんだろうな。


「これは違くて、俺からやったわけじゃないというか」

「というか?」


 これはちゃんと話をするべきだよな。誤解されたままだと安西さんとは話せない気がする。いや、でも安西さんから手を繋いできたって言ってもいいものなのか。もしかしたらいつもこういうことを町さんにやってもらってたってことで。そんな姿をクラスメイトに見られたって知ったら恥ずかしいと思うのは当然――。


「別に怒ってないよ? ちょっと気になってるだけだから」

「じゃあ、言うけど」


 安西さんがこう言っているならいいだろう。


「えっと、まず安西さんが今日休んでたから、お見舞いに来たんだよ。ほら、これ、スポーツドリンクとゼリーで」


 俺はベッドの近くに置いていた袋を見せた。


「うんうん」

「それで安西さんのお母さんに、町さんに安西さんのことを見に行ってくれないかって言われて。こういうのは安西さんの許可を取るべきとは思ったんだけど、断り切れなくてさ。そのまま入ったんだ。そして帰ろうとしたら、安西さんが行かないでって手を掴んできて、この状況ってわけで」

「……」

「えっと、安西さん?」


 さすがにまずいと思い、安西さんの方を見ると、安西さんはリンゴのように真っ赤になった顔を手で覆っていた。


「……あはは、私、めちゃくちゃ恥ずかしいことしてたんだね……」


あははとは笑ってるけど、顔が隠れて見えないけど、絶対に顔は笑っていない。ここはなんとかしてフォローを。


「いや、ちょっと触ってただけだから」

「……気にしなくていいよ。うん、大丈夫だから。うん、大丈夫。あ、これあげるね」


 そう言って、俺が渡した袋から安西さんはゼリーを取り出した。


「いやそれ、安西さんのために持ってきたやつ」

「……あれ、そうだっけ?」

「安西さん、少し落ち着こう。熱も上がっちゃうかもしれないから」

「……そうだね」

 


 その後すぐに安西さんは落ち着いたのか、身体を起こし、町さんが持ってきていたおかゆを食べ始めていた。


「ありがとね、今日きてくれて」

「いや、全然。こういうの普通だと思うから」

「そんなことないよ」


 そう言って、安西さんはスプーンを置く。


「私、お母さんの手伝いばっかりしてたからさ。友達いなくって。学校でも寝てばっかりでしょ? 風邪ひいた時もこんなことしてくれる子いなくって。キミが初めてだよ」


 こんなこと言われたら嫌な思いなんてしない。それに昔からおせっかいすぎるといわれていたんだ。この癖が役に立つなんて、こんなに嬉しいことはない。


 なんとなくだけど、安西さんのお母さんが安西さんのことを見に行ってといった理由が分かった気がした。


 友達と遊びもせず、居酒屋を手伝っていた安西さんが、久しぶりに家に連れてきたのが俺だったのだろう。そんな子が、娘が風邪を引いているときに見舞いに来てくれたのだ。


「斉藤くんは、優しいね」

「そうかな」


 その一言がどれだけ嬉しいか。安西さんは分かっていないんだろう。安西さんはおかゆを食べながらにっこりと笑っていた。


「俺がただやりたいだけだから」

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