04 彼女達との思い出、最高の人生
私、いや、僕の人生は絶頂を歩んできたと言えるだろう。
僕、ヒューバート・リンデルは、このリンデル王国の第一王子として生まれた。
ほら。まず、初めからして最高だろう?
この国で一番になる事が、王になる事が約束された出自だった。
まず容姿にも恵まれた。歴代の王族が美しさも基準に据えて妻を娶ってきたせいなのか。
僕は金髪碧眼で、誰もが『美しい』と認める王子だった。
運動神経も良い。側近の騎士であった伯爵令息カステロ・ガッロとも共に訓練したが、負ける事はなかった。
僕には護衛も要らない程の剣の腕があったのだ。
当然、そのように運動も出来るものだから、体型だって崩れず、整っていた。
痩せながら筋肉質って言うのかな?
鍛え上げた騎士達ほどの筋肉量ではないが、逆に礼服がパツンパツンにならない、程よい筋肉量ってところさ。
頭も良かった。だいたいの学業は滞りなく出来た。
自惚れや、そう思い込まされたとかじゃあないぞ?
現実に、学園で貼り出される成績だって常に首位だった。
勉強だけで言えば……僕についてこられるのは、それこそ僕の婚約者サティーラ・メレンぐらいだ。
あとは同じく側近として育った宰相の息子、アイク・シュバルツが僕らのちょっと下をキープできていたぐらいだな。
もちろん、不正なんてしちゃいない。
学園の教師を誰も脅してなんていないし、僕の実力で勝ち取った結果さ。
疑った事があるからね。
あまりにも上手く行き過ぎるものだからさ。
実は僕の学業チェックだけが甘々でテストだって、下のランクのものじゃあないかって。
でも、そんな事はなかった。
本当に僕は優秀だったんだ。
まぁ……そうだな。
これまでの王族は、美しさも、頭の良さも考えて妻を娶ってきた。
爵位や王位を継げるのは、男だけの国さ。
王族なら、美しく才のある女性なんて簡単に選ぶ事が出来た。
そうして選んだ優秀な母から次代の王が生まれる。
ほら。何のことはない。
僕は、優秀に生まれるべくして生まれてきたって事なのさ。
文武両道。
頭脳も、身体能力も、容姿も、身分も優れて生まれた僕。
そんな僕の人生の最高潮は、まだまだ続いた。
婚約者が出来たのは……5年前、僕が13歳の頃だ。
一つ年下に生まれた12歳の侯爵令嬢、サティーラ・メレンと出会ったのもその時。
母上が第一王子、つまり僕を妊娠したと聞いた貴族達は、こぞって僕の年齢に合わせて子供を作った。
だから筆頭侯爵家・メレン家のサティーラが僕の1歳年下っていうのは、これはもう至極当たり前の事だった。
サティーラは僕、ヒューバート・リンデルの妻になる為に生まれた女だった。
他に選択肢はない。
多少、王族の血が入っているとはいえ、既にその血は遠くなった侯爵家。
我が王国には今、公爵を持つ貴族は居ないからね。
八侯爵の内、最も今、優れた力を持つ家門の令嬢。
僕の、次代の王を支えるにはピッタリの家柄だろう?
それにサティーラは家柄だけじゃない。
容姿と、その中身も僕のように恵まれて生まれてきた。
白銀の長い髪は、当時12歳だった時点でも美しく輝いていた。
魅力的な赤い瞳も最高だ。
容姿も十分に魅力的。
12歳だった当時は可愛く、17歳の今は誰もが美しいと彼女を褒め称える。
僕の傍に彼女が居るだけで『お似合いだ』としか誰もが言えなくなる程さ。
彼女は、性格も良かったよ。
いつだって僕を立ててくれる。けど、同時に自分の意見だって持ってた。
頭が良いからね。そこらの部下や大臣よりも、彼女自身の方が優秀なのさ。
僕の頭脳についてこられるのは彼女ぐらいだったからね。
それに何より、彼女は僕を愛してくれていた。
僕も彼女を愛おしいと思っていたよ?
僕達は、良好な関係を築き上げながら一緒に育っていった。
厳しい父上や、メレン侯爵でさえご満悦な関係さ!
彼女、サティーラ・メレンに僕は何の不満だって持っちゃいなかった。
将来、彼女を妻に迎えて、彼女は王妃になるのだろうな、と受け入れていた。
周囲に反対の声だって何ひとつなかったさ!
あとは、男の目線からも言わせて貰えば……彼女は、女性としての身体にも恵まれていた。
つまり……肉体的にも美しいし、出るとこが出ている……って感じさ。
もちろん、結婚する前の今も清い付き合いだ。
直接、見てはいないよ?
けど、情報は入ってくる。侍女とか……まぁ、どうかと思うけど、彼女の父親である侯爵からね。
アレかな? 身体だけで他の女に僕がなびくのを避ける為だったんだろう。
メレン侯爵なら、そういう考えも回すと思う。
色の白い、整えられた美しい肌を見るに侯爵家全体で、物凄く気を使われて育てられたんだろうな。
だからって不健康なワケじゃない。
見た目だけを一時的に取り繕っただけじゃあ長続きしないからね。
一番の目標は、次々代の王の母親にさせる事だろうし。
彼女は健康的に美しかった。
最高の妻、最高の王妃になるだろう。誰も疑ってはいなかった。
そんな彼女、サティーラ・メレンが僕の婚約者だった。
ほらね? まさに人生の絶頂ってヤツだろう。
けど、僕の人生の絶頂は、さらに続いた。
そう。
ニーナ・シェティに出逢ったんだ、僕は。
僕より一つ年下のサティーラより1年早くに僕は学園に入学した。
まぁ、僕もサティーラも今更、学園の授業なんて必要としていなかったけどね。
そこは貴族令息・令嬢達が通う場所。
小さな社交界っていうワケさ。行かない手はないよね。
王族の懐妊を知ってから夫人を妊娠させた貴族家門は多い。
だからサティーラの世代の貴族の子供達は多いけれど、僕と完全に同世代ってなると人数が少なくなる。
限られた人数の中だけれど……その中でも飛び抜けて可愛い子が居た。
それがシェティ子爵家の令嬢、ニーナ・シェティだった。
彼女はさ。コロコロと可愛く笑うんだ。
サティーラが美しさのトップだというなら、ニーナは可愛さのトップだった。
意識するようになったのは、学園に入ってしばらくしてからだった。
彼女は彼女で優秀でね。
成績だけで僕ら生徒を並べた時、どうしても僕の近くになった。
……そうだな。
サティーラが居るからそうはならなかったけど。
もしも、彼女が居なかったら……きっと僕の婚約者候補にニーナは選ばれていただろう。
僕自身が優秀だからね。
王妃に僕程の優秀さは……なくても何とかなる、って具合さ。
だからニーナに足りないのは、せいぜい身分ぐらいだった。
伯爵家以上の家柄の娘でなければ、正妃にはなれない。
もし妃に望むなら、どこかの家門に彼女を養子に迎えて貰わなければならない。
でも、サティーラが居る以上、そんな話は出なかった。
偶然に出会う機会に多く恵まれた僕らは、だんだんと惹かれ合うようになっていった。
身分違いの恋ってヤツが、僕達を熱く燃え上がらせたのかもしれない。
サティーラが学園に入る頃には……うん。
すっかりニーナとの仲に夢中になっていたな。
サティーラとの茶会も、学園が忙しいって理由で遠ざけるものだから、最初の1年はサティーラとの交流がどんどん減っていったんだ。
でもサティーラは、相変わらず僕を愛してくれていた。
ニーナとの仲にも言及されたけどね。
可愛い嫉妬ってものだろう。
何より、彼女の立場は変わらない。
僕の婚約者はサティーラ・メレンだ。
だが、既に恋人になったニーナ・シェティを他の男に渡したいとも思わなかった。
ニーナ狙いだって分かる男が多いんだ。
どうせ僕に捨てられるだろうって考えてる男が多かったんだろうな。
側近の騎士カステロ・ガッロも、宰相の息子アイク・シュバルツも、僕に隠していたけどニーナの虜だった。
僕がニーナを少しでも遠ざければ彼等さえ、僕からニーナを奪おうとするだろう。
そう考えれば僕はニーナを学園でも傍に侍らせるしかなかった。
男としての本能だろうね。
サティーラは、僕が彼女を……側妃……、第二王妃って言えばいいかな。
そうするつもりなのだろうと受け入れていた。
だけど、常日頃からニーナを傍に連れている姿を他の貴族達に見せるのは止めて欲しいって言われるようになった。
……ちょっと煩わしくは感じたけれど。
それでも彼女の意見も、その嫉妬心も分かったからね。
可愛いものだったさ。
とにかく。僕は、すべてに恵まれて生まれ、生きてきた。
美しく可愛い女性が2人も傍に居てくれた。
僕の人生は最高だった。
……最高だったんだ。
なのに。
「──どちらか、お決めになりましたか? ヒューバート殿下」
……どうしてこんな事になったんだ。
僕も、サティーラも、ニーナも椅子で別々の場所に拘束され、身動きが出来ないでいる。
そして僕らの命は、怪し気な仮面の男の思うまま。
生殺与奪を握られていた。
「まだ決めかねているのですか? ……少し驚きです。貴方は、あっさりと彼女を選ぶと思っていましたから」
彼女って……どっちだよ!
「どちらか、生かしたい人を選ぶだけなのですよ? 殿下の中では既に決まっている答えだったのでは?」
「ふざけた事を……」
水鏡の魔道具まで持ち出し、僕の選択を記録していると言う。
……この魔道具だって高価な物の筈だ。
市井にばら撒くと言ったが、そんな事が出来る者は限られている。
本当にそんな真似が、この後で成されると言うなら、この仮面を着けた小柄な男の足取りなんてすぐに掴めるだろう……。
この男が、それを承知でこんな真似をしているなら……捨て身なんだ。
本当にこいつは狂っている。
だから、きっとこいつは……容赦なく彼女達のどちらかを殺すだろう。
「くそっ……!」
他人に見られる、この選択が記録される。
そんな要素がなければ……僕は、もっと心のままに選択できるだろう。
だっていうのに!
これでは体面を気にしなくてはいけない。
愛……だけでは選べないのだ。
「……随分とお悩みの様子ですねぇ。意外、意外。それではこうしましょうか? 私の方にもいつまでも時間があるか分かりませんからね。
時間稼ぎなどをされても興醒めというもの。
ですので! 時間制限を設けましょう、殿下」
「何だと!?」
時間制限!? それはつまり……。
「大きな砂時計を用意してあります。貴重なのですよ?」
と。男は奥から1つの砂時計を台ごと運んできた。
大きめの砂時計だ。意匠も凝っている……。
この仮面の男は、きっとただの平民の賊ではない……。
裏には貴族の誰かが居る。
「この砂時計は、ちょうど1時間で落ち切るようになっております」
「…………」
そうして、男は僕の目の前に運ばれた台の上で、砂時計をひっくり返した。
赤く染められた砂がサラサラと……血が零れるように落ちていく。
僕は、その砂時計に釘付けになった。
「──選択の時間制限は、残りちょうど1時間。
それまでに令嬢の内、どちらを生かし、どちらを殺すのかを決められなければ……。
──2人共、殺します。……どうか、選択を。ヒューバート殿下」
……事態は、より一層に深刻になった。
あと1時間で……サティーラとニーナの、どちらか1人は……必ず、死ぬ。