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トロッコの先の悪役令嬢とヒロイン。──選ばれたのは誰?  作者: 川崎悠


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15/16

15 そして事件は収束へ

「見つかったか!」

「はい、陛下。ですが……」

「なんだ?」


「……残念ながら、見つかったのは2人だけで……」

「2人? 消息不明であったのは4人だったな。その内の1人は、犯人の可能性の高い侍女……」


「はい」


「……誰が見つかったのだ?」

「1人はヒューバート殿下でございます」


「……ほう。生きているのか?」

「はい。ただ、薬物を飲まされていた様子で、攫われてからも日数が経っています。かなり衰弱されていますので、今は救護院で治療を行っております」


「……そうか。まだ完全とはいかないが……帰ってはきたか」

「はい」

「しかし、王子が生きて見つかっておいて『残念』という事は、」

「……もう1人、見つかったのは……子爵令嬢の方でございます」


「…………そうか。サティーラは、まだ」


「現場から焼けた跡が見つかりました」

「む?」


「助け出された殿下が、朦朧とした意識で、残された言葉が……『サティーラの死体を救い出してくれ。燃やされている。せめて遺灰だけでも』……と」


「なんだと……では」


「……殿下と子爵令嬢は、同じ屋敷の中に捕らえられていました。それぞれ別の場所で。

 部屋は、おそらく防音。

 物理的にも、魔術的にも幾重にも障壁が張られていたようです。

 おそらく捕らえた者を監禁し、拷問・尋問をする為にあるような施設であったかと」


「……ふむ」


「……殿下の証言から、また殿下の居場所を見つける事が出来た原因として、家屋の火災があります。住民の少ない村のさらに外れにある家屋で、その内の一つが燃えているのが発見され、その周辺の捜索をした為です」


「燃えた家が目印となったのだな」


「はい。……殿下の証言が正しければ、燃え尽きた家屋の中に……メレン侯爵令嬢が監禁されていた……と」


「…………なんて事だ」


 国王は目を閉じ、天を仰いだ。

 王にとって重要なのは、サティーラ・メレン侯爵令嬢の方だった。


 彼女さえ無事ならば……最悪、歳は離れているが、第二王子がヒューバートの代わりになる。

 何より筆頭侯爵家であるメレン家との繋がりが、これでは断たれてしまう。


 王にとっては替えが利かないのは、実の息子のヒューバートよりも、むしろサティーラ・メレンだった。



「はぁ……。だが、まだ確定ではないのだろ」

「はい。……追って調査を続行いたします」

「うむ。そうするがいい。……メレン侯爵には、まだ伏せていろ。真相が判明次第、私から話す」

「ハッ!」


 王は、続く報告を待った。

 だが結局は吉報はもたらされなかった。


 薬を飲まされたヒューバートが、ある程度の回復を見せ、証言した。


 その場には王自らが赴いた。



「サティーラは……殺されました。彼女の……侍女に……」

「何だと……。貴様は、それを見たのか」

「…………はい。映像越しではありますが、たしかに」


「なんと……。なんという事だ……。ああ……」


「……犯人は、侯爵令嬢付きの侍女、でございますか」

「そうだ。だが、しかし、その女も……。サティーラの死体と共に自らを炎で焼き、死んだ……」


「では、お前達が見つかったすぐ近くで焼け落ちていた家屋には……」


「近かったのですか。……そう言えば侍女が、ニーナの傍からすぐに移動していた……。そういう事か……」


 ヒューバートの証言と、状況は一致していた。

 彼の言葉に疑う部分はなく、何より彼が嘘を吐く理由もなかった。


「……サティーラの死体は、遺灰は……見つけられたか……?」


「……残念ですが。おそらく現場となった家屋は、完璧に全焼しており……。掘り返してみても、人骨のようなものも、どこにも」

「なんて事だ……。本当に、本当に骨すら残さずサティーラを奪うとは……! あの侍女め!」


「……元王家の影だそうだ」


「え?」


「正確には離れた親族に王家の影が居たそうだ。その者から技術を習ったのだろうとな」

「王家の影……。骨まで焼き尽くす程の、火炎の魔術を……あの侍女は使ってみせました。それは……」


「出来る者が居るかもしれない。いや、その侍女は出来たのだろ。……有能だったようだな。知っていれば私が重用してやったものを……」


「父上! あの侍女はサティーラを殺した女ですよ!」


「……それで。他には。あの侍女の単独犯なのか……?」


「いえ! 他にも男が1人! それに……おそらく、もう一人、女の協力者が居る筈です!」


「そうか……」


 国王は落胆した。ヒューバートが嘘を言っている素振りはない。

 たしかにサティーラが殺される光景を見たのだろう。


 ……であれば、もう聞く事はなかった。


「……あっ、父上!」


「なんだ……。お前も完全に回復はしていないのだ……大人しく休むがいい」


「あ、いえ。それは、ありがとう、ございます。その。それよりも……ニーナは……」

「ニーナ? 誰だ」


「あ、その。……僕と同じく誘拐されていた、子爵令嬢でございます……」


「ああ……。お前の不貞の相手か」


「ふ、不貞だなどと」


「……お前。今、婚約者が無残に殺された後だという立場を理解しているのか?」


「えっ、あっ」


「控えろ。今、お前がすべき態度は、ひたすらにサティーラの事を想い、祈る事だ。子爵令嬢がどうなろうと聞く事は一切許さん。それを部下達にも、お前の周りにも厳命していた筈だが……? 私の意図が分からんか?」


「い、いえ……。それは、しかし……人として心配なのは、」


「人としての気持ちを語るならば、尚の事、貴様が頭に浮かべるのは今、サティーラだけだろう。……王子として考えるべき事は、体調を回復させる事だ。

 その身体で政務をこなせるか。いつになれば復帰できるか。

 部下達はどうなったか。

 婚約者を失い、後ろ盾を失いそうな今、貴様はどう振る舞うべきか」



「後ろ盾……あっ! で、であれば……メレン侯爵にニーナを養子に迎えるように、」


「貴様ッ! どこまで腐っているのだ!? 婚約者を失った直後に! あろう事か、娘を失った父親に対して己の不貞相手を養子に迎えろと!? 人としてなどと、その様でよくも口に出来たなッ!?」


「ひっ……!」


 国王が、ここまで激怒する姿をヒューバートは見た事がなかった。

 厳格な父親であったが、この怒りは別物だった。



「……たしかにメレン侯爵は己の為に娘を何とも思っておらん所はある。だが、だからと言って。貴様の口からそのような提案をするなど、あってはならぬと何故わからない? そのような提案、侯爵と私の話し合いに辛うじて上りこそすれ、貴様が考えつくなどと! ……我が子ながらおぞましい。


 貴様のその言葉は王族として非情なのではない。


 ──ただの人でなしだ」



「あ、違っ、今のは私の思い付きでは……あ、いや……」

「……誰に吹き込まれたかなどどうでもいい。宰相の考えだろうと、口にするのは王族だ。今のは、お前の口から出た言葉に違いない」


 国王はヒューバートに背を向け、病室から立ち去る。



「ヒューバート。貴様がそのようにサティーラ・メレンを他人と気軽に交換しても良いと考えている男ならば。

 ……己が、そう扱われるのも覚悟しておけよ」


「えっ。それは、どういう……」


「…………」


「父上! 待っ、ぐっ……!」



 ヒューバートが事件で負った傷、火傷が疼いて呻き声をあげるが。

 国王は彼に振り向く事なく立ち去った。


 王の中でのヒューバートの評価は既に地に落ちていた。



 しかし、彼の評価はさらに落ちる事になる。


 ……仮面の男が記録していた水鏡の映像魔道具が、高位貴族と有力商家に出回り始めたのだ。



 それは、やがて国王の元に、メレン侯爵の元にも運ばれる事になった。



「……これがサティーラの最期か」


 王家では、この記録魔道具をばら撒いた者を追っている。


 事件の発生から、その後までを調査するが……大半は、問題の侍女アンナ・ヴェーラの手による犯行だった。

 資金源は、サティーラ・メレンの私的な財産。


 つまりメレン侯爵家の資金だ。


 サティーラには、いくら資金があっても私的に費やす時間がなかった。

 それは侯爵令嬢としての教育と、王妃教育、果ては学園での活動と、詰め込まれ、一切の自由な時間がなかったからだ。


 自分で使う事もないから侍女が横領していてもサティーラは気付かなかったのだろう。


 大半の必要なモノは私的財産を削らずとも揃う立場だった。


 王国一、満たされ、裕福で、愛される筈だった、尊敬される筈だった、女。



「………………はぁ」


 王家の怠慢、欺瞞だ。他にも問題は多々あるかもしれない。

 ただ……とにかく、王国の犠牲になったのだ。彼女は。


 サティーラを悪女と罵っていた学園の者達は手の平を返したように彼女を悲劇の女性に祭り上げた。


 王子としての体裁を取り繕わせる為、不貞相手との接触を禁じていたが……。



 『選択』の場を記録された魔道具が出回って、それも無意味になった。


 最期の必死の訴えさえも無視して不貞相手を選び、婚約者を見殺しにした王子。


 しかも掛ける言葉さえも情けない。

 すべての責任をサティーラに被せ、己の都合の良いように、己にだけ優しい言葉を求めて、果ては罵倒さえした。


 誘拐され、拘束され、追い詰められている、歳まで下の婚約者相手にだ!



 ……このような者が王位についてはならない。


 能力さえあれば問題がない、という次元ではない。


 ヒューバートには、道理がなかった。

 仁義がなかった。

 筋がなかった。

 義理がなかった。

 人情がなかった。


 子爵令嬢へはあるという愛すらも疑わしい。


 何より、このようなやり取りを見て、誰が件の女との繋がりを運命だなどと祝福する?


 誰もが言うだろう。


 『お前が選択するべきはサティーラの方だった!』……と。




「…………サティーラを選択していても、批判されていただろうがな。

 この選択を突きつけられるのは、それだけで致命的だ」



 王妃の命か、愛妾の命か。


 それは選んではならない禁断の選択肢。

 どう転んでも批判は免れないが……強いて選ぶのなら、王ならばきっと。



「片方が、サティーラ・メレンが真に『悪女』であったなら、まだ許されただろうが、な」



 国王は、水鏡の魔道具をばら撒いた者を捕らえるように命じた。

 その者がヒューバートの言った『仮面の男』なのかは分からない。


 ただ。


「……もう、ずっと前からの計画……だったのだろうな」


 王家の影でさえ足取りを掴めない犯罪だった。


 それがアンナ・ヴェーラ、たった一人で組み上げた計画だったのか。

 他にも大勢の協力者が居たのかは分からない。


 王国の内情、王宮の内情、侯爵家の内情、ヒューバートの普段の振る舞い、サティーラの行動、環境。


 ……それらすべてを把握している者の犯行だ。

 それは馬鹿には出来ない。

 とてつもなく優秀で、利口な者の犯行だ。



「記録映像をばら撒くまで徹底していた事から、仮面の男の目的はヒューバートの失脚か……」


 ヒューバートからすべてを奪い去る事。

 それが目的。



 ……ヒューバートは助け出された時、火傷(・・)を負っていた。


 心臓を中心にして、蛇が這いまわったような火傷だ。


 その火傷は紋様を描いていた。

 それは……身に刻まれる魔封じだった。


 ヒューバートは今、王族特有の魔力を振るえない。


 心臓にまで食い込む、炎で描かれた魔封じの刻印。

 ……無理に消そうとすれば、ヒューバートの心臓に被害が及び、彼は死に至るだろう。



「小柄な仮面の男。王族・侯爵家すべてを出し抜く頭脳を持った者。

 王家の影の腕を持つ侍女。そして強力で高度な火炎魔術を使う者……か」


(侍女は、火炎魔術の腕も確かだったな……)


 だが侍女が死んだのは、ヒューバートが火傷を負う前。時系列が合わない。

 やはり、かなりの数の協力者が居ると思われた。



「はぁ……。すべて、やり直しだな」


 国王は、ヒューバートを廃嫡する事に決めた。

 幸い、王家そのものに対する不信は、ヒューバート個人ほどではない。


 歳の離れた第二王子を教育し直し、新たに婚約者を据えるしかないだろう。



 ……これだけ外聞の悪くなったヒューバートだ。

 誰も祝福などしないが、子爵令嬢とそれでも結婚したいと言い出すのであれば……どこかに幽閉する事で叶えてやろう。


 ……問題の子爵令嬢も、もはや針の筵で、社交界に居場所などないが。

 未だヒューバートへの愛があるとほざくのなら……もはやどうでもいい。


 サティーラを慕っていた者に殺されてもおかしくない立場だ。

 王家の兵は彼女がどうなろうと守る事はない。


 あの女が幸福に生きる事など、愚息と親以外の誰も望むまい。


 幸福になる権利がない事ぐらいは理解して自害して欲しいものだと王は個人としてそう思った。




 不貞の女を王子から遠ざけず、どころか王子と共に熱まで上げていた無能な側近達も解雇した。

 騎士カステロ・ガッロは、家に戻ると貴族身分を除籍され、田舎においやられたそうだ。


 宰相の息子アイク・シュバルツは同じく除籍され、出家させられた。



 第二王子に婚約者を据えるとして……メレン家の養子にするかは、別の話だ。


 ……メレン侯爵は、サティーラの死の映像記録を見た後……人が変わったように気落ちし、領地に引き籠るようになった。


 サティーラ・メレンを、その侍女を、追い詰めた者は侯爵だけではなかったが……。


 アレでも親であったのだな、と国王は何とも言えない気持ちになった。



「……サティーラ。すまない……。どうか、違う世で……たしかな幸福を掴んでくれ。私はお前に与えてやれなかった」


 誰も見ていない王宮の窓辺で。


 国王の頬には涙が一筋だけ流れ落ちた。



 犯人の捜査は継続されたが……捕まえるのは無理だろうな、と王はどこかで諦めていた。

 王宮の者達が、侯爵家の者達が、ことごく上を行かれたのだ。


 或いは、重要な証拠などは、すべてサティーラと侍女と共に燃え尽きた後かもしれない。




「どうか。違う世で、幸せに。我が義娘(むすめ)よ──」


 それきり国王はサティーラの名を出す事はしなくなった。


次話で完結します!

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