12 ヒューバートの選択
※人死に描写が出てきます! グロには、しないつもりですが、注意!
「答えない。沈黙する。そういった態度を取られるのであれば……ふふ! こちらもお楽しみとさせていただきます。
まずは……ええ!
ニーナ・シェティ嬢! 彼女の命から奪うと致しましょう! さぁ、アンナ!」
小柄な仮面の男は、嬉々として協力者……サティーラを裏切った侍女に声を掛けた。
「待てっ!!」
「……おや」
「僕は選ばないなどとは言っていない」
「ほほう。ほうほう! では! ではヒューバート様!
貴方の選択を、貴方の答えを聞かせていただきましょうとも!」
「くっ……。地獄に墜ちるぞ、貴様は」
「ふふふ。それもまた一興でございますれば」
(この気狂いめ……! くそっ!)
選ばず、2人共を死なせる事はできない。
男は狂っている。サティーラを裏切った侍女もだ。
そもそも彼女が居るのはサティーラの側ではなく、ニーナの傍。
連れ添い育った同情心も、サティーラに湧きこそすれ、ニーナには湧かないだろう。
「殿下。引き延ばし、時間稼ぎなど赦しませんよ。選ばないならば、2人共を殺すのみ」
「…………、だ」
「はい?」
「…………」
ヒューバートの呼吸が荒くなっていく。汗をかき過ぎて気持ちが悪い。
そう言えば、こんな状態だというのに水すらも飲んでいない。
クラクラと眩暈がする。
いっそ気を失えれば楽かもしれないのに、ヒューバートの意識は保たれたままだった。
思い浮かべる。彼女との思い出を。
噛み締める。彼女と交わした言葉を。
そしてヒューバートが選択したのは……。
「……ニーナ、だ。ニーナ・シェティ。……僕は……彼女の命を、救う。いや……僕とサティーラでニーナを救うのだ」
そう言葉にした。
ヒューバート・リンデル王子は、ついに選択したのだ。
彼女が選んだのは自身の恋人。
そして、その結果は……婚約者の死。
「ふふ。くふっ……。ふふっ、ふはっ……!」
仮面の男は笑いを堪え切れない様子だった。
ヒューバートは憎悪と怒りをもって男を睨み付ける。
「笑いたくば笑え! だが僕は選択した! 選択したんだ! ニーナを助けろ! ニーナを解放しろ!!」
「ふはっ! はははっ、あーっはっはっはっは!」
とうとう仮面の男は、堪え切れずに大笑いをし始めた。
「殿下! 殿下! ヒューバート様! 流石でございます! 思った通りでございます! サティーラ・メレンが悪女の最期の願いを聞いて尚! ニーナ・シェティを選ぶ決断力! 真に! 期待通り! でございましたとも!!」
「黙れっ!! とにかくニーナを解放するんだッ!」
「あはははははははははは!」
男は本当に気狂いだった。
こと、ここに至ってすべてが茶番であった、などという願いさえも消え失せる。
つまりは。つまりは。
「彼女を解放する前に! 選択の代償を支払っていただきましょう! ええ、ええ! 今しばらくお待ちを!」
「くっ……やめっ」
「──やめませんよ?」
「っ!?」
男の声色が、一気に冷たく凍り付いた。
ヒューバートを圧する程に。
「貴方様が選んだ結果でございます。どちらか一方しか選べぬ。片方の運命は死んだも同然。そういう選択であると分かっていて。彼女の願いを聞いてなお。
『サティーラ・メレン。ニーナを救う為であれば、お前を殺す』と!
そうおっしゃったではございませんか!」
「そんな事は言っていない! サティーラの命だって救いたいに決まっているだろう!」
「おや? では、ニーナ嬢を殺す方に変更いたしますか?」
「それはっ……! …………!」
「くふっ。それは出来ないのでございましょう? サティーラ嬢を殺す選択はできても、ニーナ嬢を殺すのは選べないのでございましょう?」
「ぐっ……! くぅ……」
ヒューバートは何も言葉を返せなかった。
せっかく決断した選択だ。
勝手な判断でニーナに危害が及んでは何の意味もない。
だから。
だからヒューバートに出来るのは……サティーラの処刑を黙って見守る事だけだった。
「くふっ……。ええ、ええ。楽しみでございます。そして、しばしご容赦を」
「ぐっ……! 何をする!」
ヒューバートは気付かなかったが、彼が座っていた椅子には特殊な細工がしてあった。
その細工により、ガチン! と首を固定されるヒューバート。
頭にも何か怪しげな器具を取り付けられる……。
抵抗しようにも、やはり出来ない。
ヒューバートが座っている椅子は金具で地面に打ち付けられて固定されていて、ビクともしなかった。
「なんだ!? なんだ、これは!」
「ご安心を。ヒューバート様。これは、貴方の首を固定し、そして目を開くだけの装置にございます」
「はっ……!?」
「貴方様には……くふっ。サティーラ・メレンの最期の瞬間をぜひ、その目に焼き付けていただきたく思います故に」
「なっ……なっ……! 貴様、どこまで悪趣味なのだ!? やめよ、離せ!」
「ふふっ! いやいや。これをせねば、この選択の醍醐味が台無しになるというもの。ですので、ご容赦をば。ふふっ」
「ぐっ……くっ、やめ、やめろ!!」
「ああ。ヒューバート様の声で彼女の断末魔が薄れては興醒め。口も塞がせていただきましょう」
「ぐっ、離せ、やめろ、やめてくれ! むぐっ!」
目を見開く器具がヒューバートの顔に取り付けられる。
鉄の口枷を嵌められ、ニーナの側の映像は消された。
男が準備を整えていく。
一度、サティーラの姿も消されて……。
そして、正面の壁に再び映し出された。
婚約者であるサティーラが自分と同じ作りの椅子に四肢を拘束されている姿……。
猿轡だけは既に外されていたが、それだけでは何の抵抗もできない。
『えっ……? あっ、ああ! アンナ? アンナ・ヴェーラ!』
(何だと……? あの侍女か? ニーナの所に居た筈……。2人の居る場所は近いのか?)
見れば、映像には確かにニーナの方に映し出された女と同じ服装をした人間が立っている。
(仮面の男の協力者は……最低でも2人の女……。その内1人は、裏切った侍女……)
現実逃避のようにヒューバートはそう考えた。
『良かった! 貴方は無事だったのね? 心配していたのよ!』
「むぐっ! むぐぅ!」
(違う! 違うんだ、サティーラ! その侍女は君を裏切っている!)
『……お嬢様。残念でございます』
『え?』
何も知らないサティーラは味方が現れたと思っていて、掛けられた言葉にキョトンと首を傾げた。
『ヒューバート殿下は……ニーナ・シェティを選択されました』
『え……』
『……お嬢様の命を、あの女の為に犠牲にする。そう、ヒューバート殿下は命じたのでございます』
(違う! なんだそれは! 僕が命じたんじゃない! まるで僕が彼女を殺すみたいに言うなっ!)
『そんな……。そんなの、嘘よ。だって。だって私は、ヒューバート様の婚約者で……。今まで一生懸命、彼の為に、国の為に、頑張ってきて……勉強、して。だって。嘘よ。……私、私には何もなかったの、よ?
それに、それに、さっき……ヒューバート様と話をしたわ?
私、生きたいって言ったの。ちゃんと言ったのよ?
いつも我慢していた。いつも自分の気持ちを抑え込んでいた。
でも、今ぐらいは、ちゃんと言わなくちゃって、本心から言ったのよ? 生きたいって!』
(サティーラ……)
『…………真に、残念でございます。お嬢様』
『あっ』
そして、侍女アンナは、スラリと長柄の刃物を鞘から抜き放った。
『……アンナ? 私。私を……助けてくれるんでしょう?』
(サティーラ、サティーラ……。違う、その女は……)
『ええ。お嬢様を……この地獄のような国から解放いたします』
『え?』
『……この国に、この世に、サティーラ・メレンの幸福はありません。お分かりでしょう? このような土壇場で、貴方の命を見殺し、不貞の愛人風情を救う。
そんな決断を下す者が、王となり、その妻に据えられるなど。
貴方の未来に待つのは生き地獄に他なりません』
(何だと……。サティーラを裏切った侍女のくせに……僕は、僕は)
『そんな未来から。私はお嬢様を解放して見せます』
『えっ……? え、アンナ。どういう……意味、なの?』
『貴方は生きていても幸せにはなれないのです。
生きていては、永遠に不幸なままなのです。
だから。……ここで、貴方を終わりにして差し上げます。
それが貴方を救う……唯一の道でございます、お嬢様』
(まさか。まさか、それが……それが動機だと言うのか? サティーラに対する嫉妬でもなく、憎悪でもなく!)
──憐憫。それがアンナ・ヴェーラの犯行動機。
『アンナ。嘘よ。貴方……。貴方まで私を裏切るの? 貴方まで!』
『裏切りなど致しません。貴方を……殺して。すぐさま、私も後を追いましょう』
『アンナ!』
凶刃がサティーラに迫っていく。
ヒューバートは、ただただその光景を見ているしか出来ない。
『家族の誰も私を愛してくれなかった! 家門の皆が、王宮の皆が、ただただ私の時間を奪い、王妃になる事を押し付けてきた! 大切な友は出来なかった! そして……ヒューバート様からは愛さえもいただけなかったわ。
……なのに。それでも、アンナ。貴方は。貴方まで……私を裏切って……』
『…………』
『やめて。アンナ。お願い……やめて』
『もう止まる事は出来ません。あの男は、ヒューバート・リンデルは、薄汚い言い訳を並べ立て、結局はお嬢様を見殺しにする選択をした。
生きていても、あのような外道の妻にさせられ、王宮に束縛され、職務だけを押し付けられ、望まぬ交わりを経て、望まぬ子を孕まされるだけ。
……お嬢様の事です。いいえ。誰もが思う事でしょう。
子宝にさえ恵まれれば。そう思い、貴方にそう言ってのけ、希望を持たせる。
でも男子に恵まれなければと貴方は、たった1人で苦悩し続けるでしょう。
伴侶の愛すら得られないまま。
そうして……ようやく男子に恵まれたとして。
きっとあの外道は、その子を王子に、王太子には選ばないのですよ?』
『えっ……』
「っ!?」
『……今、この選択と同じように。あれこれと下らぬ、薄汚い理由を並べ立てながら……ニーナ・シェティとの間に生まれる子を王太子にすると言ってのけるでしょう。
ヘラヘラと笑いながら。
まるでお嬢様がそれを受け入れて当たり前かのように。
それが、あの外道の正体でございます。
この選択で……あのクズが示した事でございましょう?
お嬢様とニーナ・シェティを天秤にかけた時。
……その命さえも、あの卑劣で卑怯で矮小な外道、ヒューバートは貴方に犠牲を強いるのです。
それが王になどなった時。誰が止められましょう?
誰がお嬢様を庇うのでしょう?
きっと誰も貴方を庇いません。貴方を助けないのです。お嬢様』
『………………それは……』
(違う……。違う……のか? 僕は……でも。
ニーナとの子供。サティーラとの子供。優秀さ、とかそういう理由で、僕は次代の王を選ぶだろうか……)
侍女アンナの言葉をサティーラは否定しなかった。
既に選択の結果を突きつけられた後なのだから。
『お嬢様が生きている時間だけ……。あの外道は。この国は。お嬢様を食い潰します。生きるだけ、貴方は……損……なのでございます。お嬢様』
『損…………』
『はい。損得の問題でございます。お嬢様。……お嬢様の誇りを穢されないようにする為には。この国の者共に、お嬢様の才を利用されてはならぬのです』
『…………』
『……罪は私が背負いましょう』
『あ……』
侍女がとうとう刃物を構えた。
『………………そう、ね。そうなのね。アンナ。貴方に殺されるのなら……私も……』
「むぐ! むぐぅ!!」
(サティーラ! サティーラ、ダメだ! ダメだ!)
『……ごめんなさい。お嬢様。他の人生を貴方に……』
『いいのよ。いいの……。ありがとう、アンナ……貴方だけが私の味方……』
(あっ……)
侍女の動きは手慣れていた。訓練を積んだ者の動きだった。
『あっ……。熱……い……』
侍女の身体が、サティーラの姿を覆い隠したかと思うと……次の瞬間には、その胸に、心臓に。
深々と……剣が突き立てられていた。
(あああ……! あああああああ!)
ヒューバートは目を閉ざしたかった。
しかし、取り付けられた器具が、瞬きすらも赦さない。
見る見る内にサティーラのドレスが、彼女の血で真っ赤に染まっていく。
『アンナ……。アン、ナ……。こひゅ……』
サティーラの口元からも血が零れ落ちた。
彼女の瞳からは涙も零れ落ちている。
一つの絵画のようなその光景。美しさすらある、その光景は……ヒューバートの脳裏に永遠に刻み付けられた。
『あり……が……とう……。アン、ナ……』
『すぐに……お供致します。お嬢様……。どうか。安らかにお眠りを……』
やがて。
彼女の生気がなくなっていき、侍女の手によって瞼を閉じられて。
──サティーラ・メレンは、その短い生涯を終えた。




