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トロッコの先の悪役令嬢とヒロイン。──選ばれたのは誰?  作者: 川崎悠


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11 サティーラのただ1つの願い

「サティーラ……!」

『…………』


「聞いてくれ、サティーラ。僕は、僕は君を殺そうとなどしていない……!」

『…………』


 映像の向こうのサティーラは死んだ目をしたまま、衰弱していた。


「おい、彼女の猿轡を外させろ!」

「うーん……」


 仮面の男は、王子を弄ぶようにフラフラと魔道具の周りを歩き回り、そして映像を確認する。


「……はい! よろしいでしょう! 猿轡を外しなさい!」


(くそっ……。時間を掛けやがって……)


 ヒューバートをどこまでも苛立たせる男だ。


 映像の向こうでは、また顔を隠した女が現れ、サティーラにされた猿轡を外した。



「サティーラ!」

『…………、……ヒューバート、殿下』


 かなり衰弱している様子だ。水も飲んでいないのだろう。

 あんな風に乱暴に、それも縛られるように扱われた事などない筈だ。


 王国の筆頭侯爵家、令嬢。王太子の婚約者。未来の王妃。

 本来ならば誰もが敬意を払う必要のある女性だった。



「サティーラ。聞いてくれ。僕じゃあない。僕じゃないんだ。君をそんな目に遭わせているのは僕じゃない!」


『…………』


「今、僕達は捕まっている。僕と君だけじゃない! ニーナもだ!」


『…………』


「君と同じように誘拐され、拘束されている。そして……この連中に……。残酷な選択を迫られている……」


『……、……、…………選択、でございますか』


「……! そうだ。選択だ。僕は……こいつらに。……、」


『…………殿下?』


(なんと伝えればいい。ありのままをか。ありのままを伝えて……受け入れる……受け入れるか……)


『…………私を助けてくださいますか、殿下』


「っ……!」


『このような目に遭い、私には……どうする事も出来ません。もし、貴方を……もう一度信じていいと言うのならば。……私の命を……私の誇りを。救って下さいますか……?』


(サティーラ……!)


 ヒューバートは顔を情けなく歪ませる。

 婚約者に、聡明な王妃の姿ではなく……、一つ年下の、ただの女性を見た。


 助けたい。彼女の事だって助けたい。


 王太子としてならば……どちらを選択するか。

 サティーラは婚約者なのだ。


 婚約者を見殺しにしたと知られれば、市井の民も、貴族達も自身に疑念を抱くだろう。


 王が王妃を見殺しにするか?


 たとえば、天秤に掛けられる片方の命が……本当に爵位を持たぬ民であったならば。


 幼子や、罪のない民であったならば。

 王妃は自らの命を差し出し、民草を救うだろう。


 だが天秤に乗るのは、例え下位でも貴族の女だ。



 王妃と下位貴族の令嬢を天秤にかけて、王妃を見殺す王がどこに居る?


 これは、そういう事なのだ。

 こんな映像が出回れば……自らの王位に綻びが生じる。


 愛に生きれば王位を失う。

 王位にしがみつけば愛を失う。


 これは、そういう選択だった。



『ヒューバート……様。実は……聞いておりました』


「……? 聞いた? 何を、だ」


『……ヒューバート様と、ニーナ・シェティが置かれた状況の事を。私を攫って監視する者に』


「なに……」


(では、サティーラは知っているのか。僕の立たされているこの苦境を)



『ヒューバート様。私は……』



 私は、自らの命を差し出します。

 ……そういう答えをヒューバートは望んだ。望んでいた。


 選択する苦悩から解放する言葉を、婚約者であるサティーラに求めていた。


(頼む。サティーラ。そう、言ってくれ……!)



 映し出されたサティーラの瞳がまっすぐにこちらを見つめる。

 白銀の髪色に、赤い瞳の侯爵令嬢。


 国一番に美しいと言っても良い程の完璧な令嬢……。



『私は……生きたい(・・・・)。死にたくありません……』


「サティーラ! 何故……!」


 ポロポロと彼女の目から涙が零れ落ちた。

 その涙を見て息を呑むヒューバート。


 サティーラが泣いている姿など見た事がなかった。

 いつでも毅然としていた、聡明な侯爵令嬢の姿しか知らなかった。




『私は、もう自由になりたい。思うままに、生きたいのです。

 貴方の愛など、もう要らない。ただ、自由に。生きたい。

 私が私らしく。生きていきたいのです……。


 ヒューバート殿下。

 貴方の愛は……もう要りません。


 ですから、どうか。私に『私』を生きる権利を下さい。


 今まで一度だって自由じゃなかった。


 お父様に縛られ、メレンの家に縛られ、王家に縛られ、婚約関係に縛られてきました。


 私も恋をしたかった。真実の愛を得たかった。

 学園で友人と笑いながら過ごし、初めて出会う殿方に胸をときめかせたかった。


 …………優秀なだけでは何も与えられない。

 職務をこなすだけでは……何も手に入りませんでした。


 家族に認められず、友人に恵まれず、そして……愛にも恵まれなかった。

 人々が私を『悪女』と罵るのを聞いた時、私の心は砕けてしまいました。


 殿下。ヒューバート・リンデル様。


 ……私が望むのは……もう、ただ一つだけでございます。


 貴方の愛は求めません。

 王妃の身分も求めません。

 侯爵家の令嬢の立場も求めません。


 ただ、一つ。


 生きる事を。私の人生を……生きる権利を。どうか与えて下さい。

 それだけで……。それだけで良いのでございます……』



「サティーラ……!」


 婚約者の言葉に……ヒューバートは。


 彼は、自覚しているかは分からないが、おそらく失望を感じていた。



 だって、サティーラ・メレンの言葉は、まったくヒューバート王子の望む言葉ではなかったからだ。

 どころか正反対と言っていい。


 ヒューバートは、サティーラに真逆の願いを言って欲しかった。


 ヒューバートに対する愛を求め。

 未来の王妃として、メレン家の娘として、貴族の一人として、自分の婚約者として。


 誇りと矜持を持って。


 自らの死を受け入れて欲しかった。



 これでは本当に真逆の願いだ。

 彼への愛を求めない。

 王妃の身分を求めない。

 誇りも義務も、これまでの全てを捨てて。


 ただ生きたい……そう願うだなんて。


 それも自分達の置かれた状況を分かった上での話なのだ。

 自分が、2人の令嬢の命運を握っていて、自分の選択によって助かる命が決まる。


 ……死ぬ命が決まる。


 であれば、サティーラがした事は、ただの命乞いだ。


 『殺さないでくれ』と泣いたのに等しかった。


 そういうのは……そういう行為は……ニーナがする事だろう。

 ヒューバートはそう思う。


 これまでサティーラが培ってきたモノは何だったのか。



「ぐっ……! サティーラ。何故そのような言葉を……?」

『ヒューバート様……?』


「君は! 君はそうじゃないだろう! 命が懸かっているのだ! この選択で、どちらかが死ぬのだ! 君が、君の命を救うという事は……! ニーナを殺すという事だ! それが、それを君は知ったのだろう? 分かっているのだろう?

 なのに、どうして! どうして、ここで命乞いなどするのだ……!!」


『…………』


「……正直に言って。君には失望している。それが未来の王妃となるべく育てられた人間なのか? そんなに弱い心で……誇りすら捨てて命乞いをするような者が……王妃になれると、本気で思っていたのか?」


『…………』


 ギリギリとヒューバートは歯を食いしばった。

 この期に及んで期待していた言葉を何一つ出さないサティーラに怒りさえ覚えていた。



「もう……良い」


 と。ヒューバートは、映像から目を逸らし、仮面の男に視線を向けた。


「おや? 良い、とは?」

「もう音声を切ってくれ。……時間が来るのだろう」


「ああ! これはこれは! 私とした事が! 砂時計を私よりも注意深く見ているとは……ふふ。流石は王太子殿下でございます」



『──ヒューバート様』


 まだ音声が切られないまま。

 本当に最後に聞くかもしれない婚約者の言葉に、ヒューバートは視線を向けた。



『私は……たしかに貴方を愛していました。そういう時が……あったのでございますよ』


 サティーラは涙をこぼしながら愛を語った。


 真摯な言葉に聞こえる。


(だが、あれはただの命乞いなのだ……)


 矜持を捨てた侯爵令嬢の言葉に過ぎない。



 首を振って、息を吐くヒューバート。

 その様子を窺いながら……仮面の男は、ブツリ、と音声の繋がりを切った。



「──さぁ。選択の時間でございます。ヒューバート様。

 貴方は、どちらの令嬢を……選びますか?」



 砂時計の砂は、最後の一粒まで落ち切ってしまった。


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