10 よく知る男
「サティーラの、侍女……だと?」
「おやおや。バレてしまいましたか。ふふふ」
小柄な仮面の男は、ニーナ・シェティの指摘を肯定した。
(では本当に? だが……)
ヒューバートは、右側の壁……先程までサティーラを映し出していた場所に目を向けた。
(サティーラは犯人ではない。侍女に裏切られた? 元からサティーラを誘拐する為に侍女になった? であれば何年前からの計画なんだ……。
犯行グループは無計画な気狂いではない? 僕に、いや、王家に深い恨みを持っている……のか?)
没落した貴族の誰か。
ヒューバートの脳裏にそんな言葉が思い浮かんだ。
仮面の男も、そんな誰かの一人で……この男は一際狂ってしまっただけなのかもしれない。
『やっぱり! こんな事をしたのは……あの女なのね!? サティーラ・メレン! あの女が私を、ヒューバート様を誘拐して監禁しているんだわ!』
『…………』
違う。
それだけは違う事が分かっていた。
犯人はサティーラではない。
「違う……。ニーナ。まだ聞こえているかい……?」
『ヒューバート様!』
「ああ……。違う、違うんだ、ニーナ。犯人はサティーラではない……」
『え? 何を言うんですか。だって、こいつは、あの女の侍女よ! だったら犯人は、黒幕はサティーラに決まってる!』
「違う!」
『……っ!』
ヒューバートは映像が繋がっていない事を知りながらも真剣にニーナの目を見つめた。
『……あの女を、サティーラ・メレンを庇うのですか。ヒューバート様』
「庇っているのではない。事実を伝えている」
『だって!』
「サティーラ・メレンも誘拐されているんだ!」
『…………は?』
「ニーナ。キミとは違う場所で。先程まで今のキミと同じように映像を見せられていた。音声だけだが、言葉も交わした! サティーラも被害者に過ぎない……。僕も。ニーナ、キミも。サティーラも。3人とも、こいつらに誘拐されているんだ……」
『そんな事……。信じられない……だって……この侍女が居るのに……』
「その女、その侍女がサティーラを誘拐した犯人なのだろう。警固の固いメレン家から令嬢を誘拐など、そうでなければ出来るワケがない。
この誘拐事件を引き起こし、僕達を地獄に突き落とした黒幕は……その女と、こちらに居る仮面の男だ!」
『…………。…………でも』
ニーナはサティーラを疑っていた。
なにせ、彼女の侍女が四肢を拘束されている自分の目の前に居るのだ。
無理もないことだろう。
そしてサティーラは、ヒューバートを疑っている……。
「ハッ! では、今度は僕がニーナを疑えばいいのか? 僕達、3人を疑い合わせる! こんな事が楽しいと言うのか、お前は。お前達は! なんて悪趣味な連中だ!」
「おやおや。こちらは想定外なのですがねぇ。ふふふ。ですが、ですが。これもまた一興! と言えましょう!」
──ブツリ。
「あっ」
と、今度はニーナと繋ぐ音声が断ち切られた。
もう彼女達と言葉を交わす事が……出来ない。
砂時計の砂も残り僅かだ……。
「フンフフーン」
仮面の男だけが、ただ一人楽しそうに魔道具を弄っている。
その姿を怒りのままに罵りたくなるヒューバート。だが。
(あれ……?)
楽し気な仮面の男の様子に、ふと違和感を覚えた。
(何だ? 僕は……、僕は、この仮面の男を……知っている?)
思えば学園での自身の普段の様子を知っているような口ぶりだった。
高価な魔道具も用意し、それを容易く操っている。
それにおそらく、この仮面の男は……そこまで老齢ではない。
身のこなしにどこか若々しさを感じられるからだ。
「お前は……誰なのだ?」
「はい?」
ヒューバートの言葉に、仮面の男は振り向いてコテンと小首を傾げた。
「お前……、お前は、僕と会った事があるだろう。その仮面を着けていない状態で、だ。
……普段から、王太子に会う事が赦される人物だ。
それに……学園……、若さ……。お前は、……学園の生徒、なのか?」
「まぁ!」
と、小柄な仮面の男は白い手袋を嵌めた手を口元に当てて『驚いた!』というような反応を示した。
小馬鹿にしているようでもある。
或いは……天然のような。
(でも誰なんだ。恨み……恨みなのか? こんな事をする学園の誰か? 誰だ、誰なんだ、一体……)
「ふふ。ふふふ! 正解! と申し上げておきましょう。殿下。私めは、かの学園、ヒューバート王太子殿下と同じ学び舎に通った学徒にございますれば! ふふ!
ヒューバート殿下が、シェティ子爵令嬢に鼻の下を伸ばして過ごしていた事も承知でございます!」
「っ……!」
普段の様子を馬鹿にしたような物言いだ。
「学園の生徒が何故、こんな大それた事を企てる!?」
「理由ならば、既に申し上げてございましょう。『楽しいから』でございますよ、殿下。ふふふっ」
「ぐっ……! この気狂いめっ!」
「あはは! そう、私めは気狂いの道化なれば!
王太子殿下とも、かの侯爵令嬢とも、もっとも遠き理性なき者でございます!
故にただ与えられた役割を完遂するのみにて!
さぁ、さぁ! もうすぐ砂時計が落ちますよ。
お選びください、ヒューバート殿下。
貴方が殺すのは悪女、サティーラ・メレンか! 愛しき姫君、ニーナ・シェティか!
この物語の主役は、ヒューバート・リンデル王太子殿下。貴方様でございます故!
2人の令嬢には自らの生を勝ち取る権利すらもございません!
ただ! ただ! 貴方に選択され、その人生のすべてを決定付けられるだけにございます!!」
「……っ!」
ブゥンという音と共に再びヒューバートの目の前の壁、右側にサティーラの姿が映し出された。
2人の女が椅子に四肢を拘束され、猿轡を噛まされて……ヒューバートの選択の時を待っている。
「さぁ! さぁ! お選び下さいませ、殿下!
それとも2人共の命を奪いますか? それも一興!
困るのは仕事が増える私共だけにございます!
ええ、ええ! ここで後腐れなく2人の令嬢とお別れを、というのなら止めはしません!
それがヒューバート・リンデルの選択であるからには!
市井の民、数多の貴族達と共に、その姿を笑い観ましょうぞ!」
「くそっ……くそっ……!」
砂時計の砂がどんどん落ちる。
(駄目だ。犯人の一人が分かったところで状況は何も変わらない!)
この気狂い男は本当に彼女達を殺す。
だから助けなくては。2人共が死ぬなんて耐えられない。
「一人は未来を定められて生まれ、生きてきた侯爵令嬢!
すべての時間を学びに費やし、王妃たれとあらゆる自由も恋も奪われてきた哀れな女!
しかしなれど、王子の愛を得られず!
悪女の誹りまで受けた!
所詮は、身分だけしか評価されなかった女にございます!」
「違う……サティーラは……、」
「何が違いましょう? そして、もう1人は王子の愛を一心に受けた女!
最優とはいかない頭脳であろうとも、瑕疵がある程ではない。
何よりも王子の愛を得た女! 2人が本気であれば、きっと身分などどうとでも出来る事でしょう!
ふふ。この件で娘を失ったメレン家の養子にでも彼女を迎えさせますかな?」
「…………っ!」
「あはは! これは良い考えを聞かせてしまったでしょうか? 殿下」
「違う……! そのような事、誰が……!」
「ふふふ! それでも相手は侯爵令嬢。彼女を殺せば、その影響は大きいでしょう。
後の影響だけを考えるならば……ええ。子爵令嬢が風情を犠牲にするが良いでしょう。
婚約者殿に比べれば……ふふ。貴族としての影響は、後の王としての影響は小さく済みましょうねぇ」
「ダメだ、ニーナは、ニーナは……失えぬ……」
「……ええ。そうでしょう。一過性の遊びなどではないのですね? 侯爵令嬢の言葉を『嫉妬』として受け流しておいて、その実! 子爵令嬢に、真の愛を囁き、学園を卒業しようとも、即位しようとも、正妃を娶ろうとも!
彼女を最愛として傍に控えさせるおつもりだったのでございましょう?」
(そうだ……。ニーナとの未来を思い描いていた……)
(サティーラを嫌いになったワケではない。……ニーナを迎え入れ、そしてサティーラもニーナと仲良くしてくれればいい)
(そう思っていたのだ……)
「……! ……もう一度、だ」
「はい?」
「もう一度、もう一度……サティーラと話をさせろ。このまま……彼女に誤解されたままなど、あってはならない……」
「ほう。ほうほう。ほほーう……。それはそれは……ふふ。なんとも、ええ」
仮面の男は笑う。笑ってヒューバートを見た。
「──如何にもヒューバート殿下らしきお答えでございますね? ふふ」
「……っ!」
知っている。
この仮面の男は……ヒューバートの事をよく知る男だ。
ヒューバートはその事を強く感じた。
「では、そう致しましょう。最後のお情けでございます。そして、時間ももう終わりとなるでしょう」
砂時計の砂は、もう残り僅かだ。
音声は再びヒューバートとサティーラの音を繋げた。
彼女達のどちらかが死ぬまで……あと、少し。




