『見知らぬお弁当』
給湯室の冷蔵庫の管理……総務部に配属された私の仕事のひとつだ。
ルールはいたってシンプル。
うちの会社で働く人なら誰でも使っていい。何かを入れるときは、自分の名前を書いた付箋を貼る。
たったこれだけ。
原則、毎日一度は冷蔵庫の中をチェックして、腐ったものや持ち主不明のものがあったら容赦なく捨てることになっている。
とはいえ、繁忙期になると、さすがにチェックできない日も出てくる。今みたいに。
特に今回は数日空いてしまい、扉を開けるのが憂鬱で仕方ない。
弊社の人々はどうも冷蔵庫の使い方が雑だし、他人のものが腐っていても我関せず。
結局、私が後始末をするまで、誰も手をつけようとしない。
「これも仕事のうちだから……」
自分に言い聞かせるように呟き、扉を開ける。異臭を放つものがないことを願うばかりだった。
「おおっ?」
幸い、思ったより悲惨な状態ではなく、ぱっと見、掃除の必要もないくらいだった。
ついにみんな、冷蔵庫を綺麗に使うことを覚えたんだな。感心感心。
ただ、ひとつ気になるのは、かわいい布に包まれたお弁当。貼られた付箋にはありふれた苗字が書かれている。でも、うちの会社にそんな人はいない。大企業じゃないから、それくらいは把握している。
念のため、心当たりがないか画像付きで全社員に呼びかけてみた。けれども、誰も名乗り出ない。
……処分決定。
包みごとゴミ袋へ入れようとしたら、たまたま通りかかった上司がいらないことを言った。
「一応、中身調べてみたら? 何かわかるかもよ」
嫌だ。なんで謎のお弁当をわざわざ確認しなければならないんだ。誰のものかも、何が入っているかもわからないのに。
それでも仕事は仕事だ。上司の前で私は渋々包みをほどく。そして蓋を開けて――
「ぎゃあああああああ!」
中には、血で固められた髪の毛がみっしりと詰まっていた。
その後、警察に通報したけど、今も犯人は不明のまま。
騒ぎはすぐに広まって、大半の社員から要望が出たのもあり、冷蔵庫は新しく買い替えることになった。
でも、どんなに冷蔵庫が綺麗になろうと、もう二度と中のチェックはしたくない。
ランチで他の部署の同期にそんなことを愚痴ったところ、さらなる事実が判明した。
「あの名前のお弁当、三日くらい入ってた気がするんだよね」
なんということだ。
「え~、それなら言ってよ~。不審物なんだからさ」
「だって、中にあんなの入ってるって思わないじゃん。それに知らない名前見たら、普通『新人さんかな』って思うでしょ」
まあ、総務や人事じゃなければ、そんなものかもしれない。
サラダをもぐもぐと頬張りながら、同期は続けてこう言った。
「しかも、毎日違う柄の包みだったんだよね」