『笑う写真』
親戚が突然亡くなったらしい。まだ三十代の女の人だったとか。俺は本人に会ったことないから、よく知らないけど。
親はそれなりに付き合いがあったようで、慌てて喪服の準備を始めた。あれがない、これがない、と二人で言い合っている。
そんななか、母がふと手を止めてこちらを向いた。
「あんた、写真の修正できるでしょ」
「できるけど、何?」
「遺影用の写真、作ってほしいんだけど」
どうやら、故人は大の写真嫌いで、遺影に使える写真がなくて困っているらしい。ようやく発掘したのが、数年前に友人の結婚式で撮った一枚だけという。
で、その一枚を遺影用に加工しろ、と。
「そんなの業者にやらせればいいじゃん」
「いろいろあるのよ。ちょっとそれっぽくしてくれるだけでいいの。お礼するから、今夜中にお願い!」
ちょっと、とか。労力がわからない人ほどそう言う。そっちが思っているより手間がかかるってのに。
でも、今回は事情が事情だから仕方なく引き受けた。
データは母経由でもらえたので、画像修正ソフトを立ち上げる。
画面の中では、着飾った人々が新郎新婦らしき男女を囲むように立っている。
満面の笑みが並ぶ中、故人は一人だけ表情がぎこちない。本当に写真が苦手だったんだろう。
「よし」
淡々と作業を進めていく。明るさと色味を調整して、肌や髪の修正をして、トリミングして。
一通りのことは終わったが、どうも半端な表情が気にかかった。
「……このままなのも気の毒か」
せめてもう少し自然な笑顔にしよう。実際、唇と目元をわずかにいじったとたん、別人みたいに印象が変わった。
「これなら文句ないだろう」
時計を見れば、真夜中の二時。俺は慌ててベッドに向かった。
横になったとたん、すぐに眠気が訪れる。そうしてうとうとしたところで、遠くから何かが聞こえてきた。
「あは、あはは、あはは」
楽しくないのが丸わかりの、やけになったような女性の笑い声だった。
「あはははは、あはっ、あはは」
それはどんどん近づいてくる。なんだ、なんなんだ。
「うるせぇな……」
思わず呟くと――
「あなたが笑わせてるんでしょ」
ひどく冷めた声が耳元で響いた。
飛び起きると同時に、スリープにしておいたパソコンの画面が明るくなる。そして、閉じたはずのソフトが起動して……修正を終えたばかりの女の顔が少しずつ表れる、
「……!」
俺はパソコンに背を向けるようにして布団をかぶった。
気がつくと朝になっていた。もう出かけるらしい母が、俺の部屋のドアをノックする。
「寝てる? 悪いけど、データちょうだい」
恐る恐るパソコンを見ると、画面は真っ暗だった。ソフトも閉じたまま。
データをちらっと確認したが、昨日完成させたときと何も変わっていなかった。多分。
俺は何も言わずに、母に写真のデータを渡した。その後のことは何も知らない。