『お揃い』
同じマンションで育ったあの子とは、いつも一緒だった。
幼稚園も小学校も中学校も、ずっとずーっと。
最初はとても仲が良かった。でも……。
「お揃いにしたい。同じがいい」
それが彼女の口癖だった。
筆箱もペンもノートも、全部私と同じもの。委員会も係も部活も、全部真似された。
私が他の友達と遊んだらすごく怒ってきた。クラスが分かれるとすごく泣かれた。
遠足だって修学旅行だって、いっつも私にべったり。私の都合や希望なんてお構いなし。
正直、うんざりしていた。
彼女のせいで、他の友達と仲良くなろうとしても、全然うまくいかないのだから。
二人でセット扱いされるたびに、暗い気持ちになった。
中三の夏の放課後。
帰ろうと階段を降りる直前で、慌てた様子のあの子が声をかけてきた。
「どうして志望校変えたの? どうして何も言ってくれなかったの?」
顔は真っ青で、声も体も震えている。
あーあ、バレちゃったんだ。どこから聞きつけたんだろう。私は冷めた目で彼女を見つめた。
こっそり遠くの高校を受験する計画だったのに。そのために、塾だって地元から離れたところに通っているのに。
「別に、あんたには関係ないでしょ」
「なんでそんな意地悪言うの」
意地悪? 私が?
いつも一人ぼっちのあんたを、自分のグループに入れてあげたじゃん。
うっとうしく付きまとってくるのをずっと我慢したじゃん。
何もかも真似されるのだって、本当は嫌だった。ずっとずっと嫌だった。
「ねえってば。同じところ行こうよ」
彼女は私より成績が低い。私の第一志望の学校に入るなんて多分無理だ。
つまり、自分のために高校のレベルを落とせって言っているようなものだった。
いらついた私はとうとう本音を言ってやった。
「私は嫌。絶対に同じところには行かない」
「えっ」
「もう、うんざりなの! あんたのいないところに行きたい」
「なんで、なんで……」
なんでって、むしろ私が聞きたい。なんで私が嫌がっているのがわからないの?
泣くあの子を無視して行こうとしたけど――
「あ……っ!」
足を踏み外した私は、階段の踊り場に落ちた。
「いたた……」
脚がじんじんする。痛くて痛くて起き上がれない。
階段の上から、あの子が私の名前を呼んだ。
けど彼女は心配してこっちに来るそぶりを見せない。先生を呼びにも行こうとも思わないのか、私を見つめるばかりだ。
自分で助けを呼びたくても、痛みで大きな声を出せない。
あの子はそんな私をまだぼんやり見つめていて……いきなり飛び降りた。
「えっ!?」
すぐ隣で、大きな音がした。
ぬるぬるした何かが広がって、私の髪を濡らしていく。
何が起きたのか、確かめることが怖かった。天井を見上げたまま、視線も体も動かせない。
「これで私も同じだね。お揃い」
あの子がそう言った気がした。
気づいたら、病院に運ばれていた。
足の骨折。見事な折れ方だと、お医者さんには謎の褒められ方をした。
「これだけで済んでよかったね、受験には間に合うよ。うん、ラッキーだったんだよ」
家族からは気まずそうに慰められた。そして、聞いてもないのにあの子のことを教えてくれた。
彼女は落ち方が悪かったのか、頭を強く打って……助からなかったらしい。
そういうところがあの子らしい、と思ってしまった自分の性格の悪さに軽く絶望した。
でも、少しほっとしたのも確かだ。誰にも言えないけど。
だって、これでもうあの子から解放される。私は一人、自由だ。
そう思いながら病室のベッドで天井を見上げていると、ふと耳の近くで囁かれた。
「ねえ、今、同じじゃないよね」
あの子の声だった。
「お揃いにしようよ」