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三国志天の記  作者: 沖家室
3章 天を繕う者・分かつ者【荀彧・魯粛列伝】
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第96話 周瑜、雌伏の時を迎える

ちらりと視線を向けてきた叔父の周尚(しゅうしょう)に対し、周瑜(しゅうゆ)は無言で頷き返した。

それを見た周尚ははっきりとした声で目の前の若い男に告げた。


「委細承知いたしました。仰せのままに寿春へ参ります。」


「うむ、わたしが来たからには安心なされよ。劉繇(りゅうよう)の残党や山越(さんえつ)だとかいう蛮族どもを討ち()らしめてみせようぞ。」


(去りがたい・・・。せっかく伯符(はくふ)と斬りとった丹陽(たんよう)をこうして失うのは辛いことだ。だが・・・わたしが袁公路に逆らっては伯符に迷惑がかかる。それだけはできぬ・・・!)


叔父の後任で袁術(えんじゅつ)の甥でもある袁胤(えんいん)に対しうやうやしい態度を示しつつ、周瑜は失望を押し殺した能面のような顔を床に向けていた。

周瑜の叔父の周尚を丹陽太守の任から解き、袁胤を後任の太守とすること、周尚をはじめ周一族は袁術の「都」である寿春(じゅしゅん)に移動せよというのが先ほど告げられた袁術からの命令であった。


背景には強くなりすぎた孫策を警戒し、その盟友である周瑜を揚州(ようしゅう)盧江郡(ろこうぐん)の名族である周一族ともども引き離すことで、孫策の勢力を削ごうとする袁術の狙いがあった。

そしてかわりに袁一族を太守として送り込めば、袁術の支配力が江東(長江以東)にまで拡大できるとの皮算用もある。

袁術の中央集権策と言えばそれまでだが、ずいぶんと露骨な策ではあった。


孫策から直々に丹陽を頼むと言われた周瑜にとって、この命令は受け入れがたいものではある。

しかしながら、上位者である袁術が新たな丹陽太守を任命した以上、周尚は太守の座を明け渡さねばならない。

いずれ袁術から自立することを孫策と確認し合ったばかりではあるが、今はまだその時ではないというのが2人の一致した見解であった。

悪戦苦闘し、多くの血を流して手に入れた土地がこうもあっさり奪われるのは癪に障るが、それに反発してもめ事を起こすほど周瑜は愚かな人間ではなかった。


しかし、袁術が孫策の「邪魔」をするのは、もう何回目であろうか。

若年ながらこれまで孫策はめざましい戦功をあげ、何度も袁術のために他領を占領してきた。

そして、袁術が孫策に対し、征服した土地の太守とすることを事前に約束したことも1度や2度ではない。

ところが、孫策はそれらの土地の太守に任じられることはなく、任命されるのは常に別の者であった。

このままでは袁術にその軍才を便利づかいされ、ついには戦場で無念の死を遂げた亡父の孫堅と同じ運命をたどっていると孫策は嘆いているし、周瑜も同意見である。


(だが、これも考えようによっては袁公路の腹中に入り込む好機と言えよう。伯符の勢いは増すばかりであるし、今後も袁公路からは警戒され続けるだろう。わたしが寿春にいれば、袁公路の考えや動きをいち早くつかむことができるのだから。)


気持ちを切り替えた周瑜は、会稽郡(かいけいぐん)攻略中の孫策に密使を立てて詳細を伝えるとともに、自分の考えも伝えた。

袁術の警戒を招いたからにはしばらくはおとなしくするほかなく、あまり連絡も取れなくなるとも伝えてあった。


「伯符どのとは会わなくても良かったのか?」


寿春への道すがら、周尚は周瑜に対して声をかけたきた。

才気煥発な周瑜と比べれば才にはあまり恵まれていない叔父だが、人柄は温和ですこぶるいい。

今回の袁術の人事が周瑜を孫策から引き離すことにあることには気づきながらも、自分の身の上よりも甥が友に別れを告げられなかったことを案じてくれているようだ。


「いいのです。」


叔父の気づかいに対し、周瑜はそれだけを返した。

このタイミングで孫策に会いに行けば、後で袁術からどんな難癖をつけられるか知れない。

密書を送るだけが関の山なのだ。

だが、そのことをこの人のいい叔父に言って余計な不安を与える必要はないだろう。


「寿春は風光明媚な良いところぞ。しばらくは戦を忘れるのも悪くはなかろうて。」


前方を見つめるともなく見ながらつぶやく叔父の言葉に、周瑜は何と答えて良いのかわからず、ただ無言で頷き返した。


寿春に着いて間もなく、周瑜はこの「都」が異常な雰囲気に包まれているのを感じた。

それもそのはず、今や城の内外で袁術の野心を知らぬ者はなく、近いうちに彼が帝位に就こうとしているとの話で持ち切りだったのだ。

袁術の側近くに仕えることになった周尚と周瑜にとって、その話が噂ではなく具体性を持った「未来」であると知れるのに時間はかからなかった。


「叔父上、お話がございます。」


袁術の野心を知った周瑜は意を決して周尚への面会を求めた。


「何事かな?」


さすがに周尚も甥のただならぬ気配に気づいたが、努めて平静を装っているようであった。


「このままではどんな災厄が降りかかるかも知れません。叔父上は一刻も早く袁()()に御目通りし、どこかの県へ出向することを願い出るべきだと思うのです。」


いくら将軍や刺史の自称が相次ぐ乱世とは言え、皇帝の僭称はやりすぎである。

周囲の勢力を完全に敵に回し、一斉に攻め込まれることも覚悟しなければならない。

そんな時に袁術の側にいては、名族周氏も巻き込まれて滅亡の憂き目にあうかもしれないのだ。

ここはどこか外へ赴任するかたちで難を避けた方がよい。


「・・・わかった。早速目通りを願い出て、そなたをどこかの県長か県令にしてもらうよう頼んでみよう。」


「何をおっしゃいます!それでは叔父上がこの寿春から離れられぬではありませんか。わたしはいざとなれば身一つでも逃げられます。叔父上こそ難を避けられるべきです!!」


「いや、それはならん。もし一族を率いるわしが寿春から出たいと申せば、寿春に残るそなたへの監視の目もきつくなろう。逆にわしが残るとなれば、袁公路どのも安心してそなたを外へ遣ることに異をとなえることはあるまい。」


確かに周一族の総帥である周尚が他所への赴任を願い出れば袁術は相当に警戒するだろう。

寿春に一族の多くを残すよう圧力をかけてくるだろうし、厳しく監視されることになるはずだ。

一方、周瑜は孫策の盟友という警戒材料はあるものの、周氏のなかでは傍流にすぎない。

彼だけを寿春の外へ出すことにそれほど警戒を抱かれるとは思われなかった。


「しかし・・・。」


「公瑾よ。一族の見どころある若者をそなたに託す。もしわしの身に何かあれば、そなたが後を継いでくれ。」


「・・・そこまでおっしゃるならば、もはや何も申しません。またお目にかかることもございましょう。それまでどうかお健やかに。」


数日後、周尚の口添えもあって周瑜の地方赴任が決まった。

任地は盧江郡の居巣県(きょそうけん)であり、周瑜はその県長として赴任することになる。

周尚に配慮したのか、居巣県は周一族の本拠である舒県(じょけん)のすぐ南隣の県である。

ただ、さすがに孫策との結びつきを恐れたのか長江の西岸に位置する土地ではあった。


間もなく周瑜は居巣へと去った。

もちろんもう寿春へ戻る気はない。

できれば居巣を長江西岸の孫策軍の拠点として整備する腹積もりであった。


(なるほど、袁公路がすんなり赴任を認めるわけだ。)


居巣について間もなく、周瑜は目算が大きく外れたことを悟った。

本来豊かなはずの居巣であるが、袁術の収奪によって県の財政は破綻寸前であった。

季節はまだ冬だというのに飢える住民が出始め、なかには土地を捨てて逃げ出す者もいる。

彼らが盗賊と化すのは目に見えており、実際に居巣県内の治安は悪化の一途をたどっていた。


(まずは食を得ねばどうにもならぬ。)


着任して早々に周瑜は対応に追われることになった。

根本となる原因は食料が足りないことである。

私財をもなげうって貧民救済に乗り出したが、到底足りない。

収穫の季節が当分先である以上、どこか食料を余分に備蓄しているところから手に入れなければならない。


(仕方あるまい。)


周瑜は食料を大量に保有してそうな人物の情報を集めはじめた。

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