第58話 董卓、絶頂に達す
孫堅に敗れ、洛陽を失陥した董卓であったが、その長安入りは異様にド派手なものとなった。
百官が宮城を出て道路に整然と立ち並び、董卓を迎えた。
また、彼が乗る車は皇帝が乗る車とほとんど見分けがつかないほどよく似ており、身にまとう衣服も同様であった。
まるでもうひとりの皇帝が帰還してきたかのような光景に、ある者は誇らしげな顔をし、ある者は思い上がりも甚だしいとひそかに唾を吐いた。
これより前、董卓は朝廷に圧力をかけて自身の位を諸侯だけでなく皇帝の一族である諸王よりも上に位置づけさせ、「太師」の尊号を獲得していた。
これは前漢王朝時代にみられた官職で、同格の官職であった「太傅」「太保」とともに皇帝の師を意味する。
前漢では「太師」など3つの官職は三公より上の地位であり、今回は他の2つの官職が置かれなかったことから、太師となった董卓は行政の最高職である「相国」とあわせて唯一無二の存在となった。
いまや董卓は天子の師であり、行政官のトップなのである。
誰の目にももはや皇帝は名目の存在に過ぎず、天下の主宰者が董卓であることは明らかであった。
(身はかつてない高みに登り、並び立つ者などいねぇ。天子だって、わしの顔色をうかがって生きている有様だ。わしだけでなく、子弟も年端の行かない幼子だってみな諸侯に列した。董家はかつてないほどの繁栄ぶりだ。でも・・・)
ただ、外観を立派にすればするほど実態との乖離は大きく、どこかしら虚しさが漂った。
それは他ならぬ董卓の心中に顕著であった。
天下の主宰者と言っても、董卓が直接押さえているのは長安を中心とする「三輔」と呼ばれる地域にほぼ限定されている。
焼け野原となった洛陽は李傕や郭汜らを派遣して取り戻したが、すでに経済的にも戦略的にも無価値に近いほどその価値は低落してしまっていた。
皮肉にも、その災禍をもたらしたのは董卓自身である。
洛陽盆地の外については董卓の手から離れて久しい。
李傕と郭汜は洛陽を奪還した勢いを駆って潁川郡方面にまで軍を進めたが、結局は確保できないとみて撤退せざるをえなかった。
董卓は董越を澠池県に、段煨を華陰県に、牛輔を安邑県に駐屯させ、他にも配下の諸将を広く諸県に配置し、東から侵攻してくる軍に対して備えた。
その思考は防衛に向けられており、すぐに失われた諸州を奪還しようという気概はない。
遠方では長安にある朝廷を正統なものと仰ぐ者も少なくないが、反乱軍によって長安との連絡が途絶してしまっていて、実質は存在しないに等しかった。
また、生まれ故郷の涼州すらその支配圏からこぼれ落ちている。
涼州は韓遂や宋建といった反乱分子が割拠し、とても董卓の力は及ばない。
武力衝突こそ起きていないが、それは董卓を支持しているからではなくバラバラになっているおかげに過ぎない。
こんな状態で天下の主宰者といきがってみても、虚しさが漂うのは当然であろう。
その虚しさがいま、董卓をすっぽりと包んでいるのだった。
それが、絶頂に達した董卓の実状であった。
董卓の複雑な心情は、住むところに投影された。
宮城のある長安城内ではなく城外東側に砦のような屋敷を築き、そこで生活するようになっていたが、より目を引いた住居は他にあった。
長安からみて渭水の上流100キロメートルほどのところにある郿県に高さ・厚さともに9メートルもの城壁で囲まれた「万歳塢」と呼ばれる建造物を建てさせ、ここに30年分の穀物を蓄えたのだ。
「塢」とは本来砦を意味する建物のことだが、董卓が築かせたそれは小さな城というべき堅牢かつ巨大な建造物である。
変事があったときに備えた避難場所としてつくったのだが、「万歳」とは本来天子のことを示すのだから随分と思いあがった命名でもあった。
「うまくいけば天下をわがものとすることもできようし、もしそれがかなわねぇならここで余生を送れればそれでいい。」
郿県の塢にいるとき、董卓は冗談めかしてそう言ったことがあるが、多分に本心がにじんでいる。
かつて董卓は辺境の成り上がりとさげすまれ、漢の皇帝が奉じる天に象徴される既存の秩序に侮蔑と憎しみを抱いていた。
そうして育った反骨はやがてふてぶてしい董卓をつくりあげ、ついに天下を制するに至った。
しかし、董卓が現在身にまとう権威や権力は天子をも上回るとは言え、実際の勢力範囲は地方政権レベルに過ぎない。
そのギャップは容易に飲み下すことができず、董卓の精神に退嬰を生じさせている。
時代ははっきりと群雄割拠に向かいはじめている。
皮肉なことに各地に成立しようとしている「軍閥」は、かつて朝廷が扱いに手を焼いた三輔の董卓の存在と酷似している。
後漢王朝のコントロールを何とか逃れようともがいていた董卓が、いつの間にか朝廷を代表する存在となり、地方に乱立しつつある「軍閥」に対するかたちになっているのである。
「官軍」といいつつ実態は董卓軍に過ぎない軍を率い、彼ら軍閥を倒していくのが難渋きわめる作業であることを董卓はわかっている。
そして、自分の命数が続く間にその難事を成し遂げられるかどうかわからないことも。
もし董卓の寿命が先に尽きれば後継者に託すしかないのだが、董卓にはそれが不安だった。
自分の親族や娘婿の牛輔らに成し遂げられる器量があるとは思えないのだ。
かつて天をぶっ壊してやると息巻いていた男は、それを成したかどうかはっきりしないまま、ただよくわからない綺羅で飾る身になり果ててしまった。
そこに進取の気鋭はもはやなく、董卓が老いたという事実だけが厳然と横たわっている。
ボスがそんな状態では、組織に新たな活力が生じるはずがない。
長安を我が物顔でのし歩く董卓配下の者たちは、主と同様に華美な装束に身を包み、我が世の春を謳歌していた。
しかし、その見た目の華やかさとは異なり、他の勢力を併呑しようという積極性に乏しい。
董卓政権ははっきりと守勢に入ってしまったのだった。
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長安城外東側に董卓が建てた屋敷は恐ろしく広い。
敷地面積は郿県の万歳塢ほどではないが、砦のような規模があった。
当然ながら人目につきにくい物陰というのもいくらでもある。
逢引の場には困らない。
折しも、暗がりに潜むようにたたずむ男女の姿があった。
闇に融けるかのように重なり合った2つの身体はやがて名残惜しそうに離れ、堂々たる体躯の偉丈夫ときらびやかな衣装をまとった美女の姿をあらわにした。
「では、また。」
「・・・うむ。」
短い別れのやり取りに次の逢引の約束を確かめつつ、男は足早にその場を立ち去った。
筋骨隆々のたくましい骨柄であるが、やましさからかその背は丸められ、間断なく周囲をうかがう小心ぶりは戦場の勇士らしくない振る舞いであった。
炬火が男を照らし、董卓の親衛隊長である呂布の顔を浮かび上がらせた。
呂布は再び主に対する裏切りを働いていた。
今度の裏切りは前回丁原に対して行ったような野心に満ちたものではなく、董卓の侍女のひとりと密通するという色恋に関わるものである。
裏切り、という言葉を使ったが、呂布は董卓を完全に裏切って反旗を翻すつもりなど毛頭ない。
生まれ故郷では見ることもなかった華やかな美女に魅せられ、気づいたら主を裏切ってその持ち物に手を出してしまっていたというのが真相だ。
だから、呂布の心を占めているのはこの秘密の関係が董卓に知られることに対する恐怖であった。
「ふう・・・。」
どうやら今回も見つからなかった。
しかし、単純と言われる呂布でもこのままではいずれ秘密が明らかになってしまうことは理解していた。
少しばかり呂布の心に広がった安堵は、すぐに不安によって打ち消された。
(どうにかしなければ。)
呂布の表情は闇夜よりも暗かった。




