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結論を言えば、祖母はヴィルグラム自身を愛していたわけではなかった。
彼女はヴィルグラムの父親であるギルバートを愛していたのであって、彼と彼が愛した女性との間に生まれたヴィルグラムはギルバートに似た外見を愛でられることはあっても、それ以上でも以下でもなかったのである。
なんとなく、分かっていたことだ。
やはり神殿に行くしかないかとため息を吐いた時、草むらから妙な気配がして振り向いた。
一瞬のことだったが、絶対に守られるべきであるこの場所でその気配がするだけでもおかしい。魔物の気配がするなんて。気のせいであったとしてもそれを見過ごすなんて真似はできなかった。
騎士が常駐しているとはいえ、幼い弟妹がいるのだ。
過去に周りの人間たちの策略により敵対したヴィルグラムと弟妹だが、ヴィルグラムは妹たちを嫌いだと思ったことはない。
ヴィルグラムを愚かだと言いながら、結局妹たちは自分を見捨てはしなかった。愚かな兄を呆れ厭いながらも、結局は手心を加えてしまう。
だから過去のヴィルグラムは妹たちのために妹たちと反目し続けた。可愛く優しい愚かな妹のために悪役になることにした。
自分がそれらの手綱を上手く握りさえすれば良いのだから。まあ、それもあまり上手くいったとは言えないが。
なのでヴィルグラムは過去に戻っても妹たちが傷つくのは見たくはなかった。
妹たちの安全を確保する為、お茶会のあとの授業をサボって庭に駆け出したヴィルグラムを普通の領主の息子なら止められるであろうことも、やはり止める人は誰もいなかった。
それがきっと、答えなのだと思うと悲しくて寂しかった。
「確か、このあたりからしたんじゃがのう…」
ガサガサと記憶よりも深い森を進んでいく。
記憶にある森はもう随分前だ。
それも駆け回っていたのも。
グッタリと倒れている子どもを慌てて抱き上げる。
「おい、おい!!そなた大丈夫か…!?」
ペチペチと頬を叩くと子どもは煩わしげに目を開いた。よかった、死んではいないらしい。
しかしこんな宵闇の髪の色を持つこの少年を、以前自分は見ただろうか。
「…鬱陶しいですね…」
「え」
ドウッと魔力が爆ぜた。
殺気を感じて慌てて張った防御壁が功を奏して尻餅をつくだけでどうにか治った。
「いま、殺したと思ったんですけど…あなた、意外とやりますね」
「危ないじゃろ!?いや、それよりもそなたは怪我しとらんか?」
老人の自分よりも子どもの方が価値がある。
そう思うようになったのは自分の孫が産まれてからだ。
老人には先がないが若者には未来がある。だからこそ護るのが老いたものの勤めだろう。
例え血気盛んな若者であったとしても。
「…ないですけど…」
「そうか!それなら良いのじゃ」
さっきまでのピリピリした空気を綺麗にしまった少年に笑いかける。
多分、魔物を見たか何かで気が立っていたのだろう。
「あ!そうだ、そなたこの辺りで魔物を見とらんか?」
「見てないです」
「そうか…。ところでそなた、どこの子だ?ここには入れぬはずじゃがのう…まあよいか」
子どもは無茶をしたがるものだ。
強く言い聞かされていてもきまりを破ることが楽しかったりする。
だからこの少年もそういう類のものだろうと結論付けて深くは聞かないことにした。
そうこうしている内に空の色にオレンジ色が混ざり始める。
「そろそろ戻らねば…あ、そうだ。おぬしにこれをやろう。甘いぞ」
ころり、と少年の掌にクッキーを乗せてやり別れる。
どこの子かは分からないが元気そうで安心した。