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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鳥目トンネル 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、「鳥目とりめ」の由来を知っているだろうか?

 昼間に比べて夜間、急激に視力が落ちてしまう状態を指し、「夜盲症」と呼ばれることもある。先天的にこれを患うこともあれば、ビタミンAの不足が、目の仕事に支障を与えてしまうパターンでも起こりえるとか。


 実は夜に視力を落とす鳥の種類は、そう多くない。

 特にニワトリで顕著に見られ、夜にはただでさえ良くない視力が更に落ち、目だった動きが確認できなくなる。その様子をもって、「鳥の目は夜には見えない。鳥目だと言い出したらしいんだ。家畜として生活のそばにいる鳥だったことも、大きいだろう。


 ところが、他の鳥の多くは人間よりも優れた視力を持っていることがほとんどだ。少し考えたら、人間より高いところから、人間よりもずっと小さいエサの存在を探さなきゃ、生きていけない鳥の世界。視力で遅れをとる奴は、とっくに間引かれてるはず。

 くわえて、鳥は人間には見えない色、見えない磁界を見ることができるらしい。どのような景色なのか、個人的に興味が尽きないところだけど……それは余計なものをしょい込むことになるかも知れない。

 ひとつ、鳥と視界に関する、僕の体験を聞いてみないかい?



 僕が通っていた学校には、「鳥目トンネル」と呼ばれる怪談話が伝わっていた。

 特定のスポットを指す名前じゃない。たそがれ時からかわたれ時にかけて、外で歩いている際、突発的に視力が低下する現象。

 それがあたかも、不意に暗いトンネルの中へ迷い込んでしまったかのようだったから、この名前がついたんだ。件の時間帯にしか現れないから、鳥目の称号も付け加えられている。

 

 実際、鳥目トンネルに遭ったという人は、校内で10分の1。もっとも「鳥目トンネル」だと信じている人による証言だから、本当はもっと多いのかもしれない。

 元々、暗くなり始めとはいえ、急に視界を奪われるのは肝を冷やす。たいていの人は道を歩いていれば端に寄ったり、手探りや足探りで見つけられる、背の低いブロック塀や車止めを探したりして、「トンネルを抜ける」のを待ったそうだ。

 公園や歩行者専用の道にいた人の場合だと、止まらずに進んだ人もいたと聞いたよ。慣れた道だったとしても、何かしらにつまづいたり、ぶつかったりして、結局はじっとする派に転向した……と聞くね。

 

「鳥目トンネル」がどれほど続くかは、人によって違うらしい。一分足らずで戻るときもあれば、長いと1時間以上、真っ暗闇に置かれ続けたケースもある。

 そして、鳥目トンネルに出くわした多くの人が、トンネルに入る前後で、何かしらの鳥の鳴き声を聞いたというんだ。おまけに視力が落ちる前、回復した直後も鳥の姿を思わぬ近場で見ることがあった、とも。

 カラスだ、ハトだ、フクロウだ……その証言が一致することはまれだった。雑多な鳥がいるのか、はたまた鳴き声を判別できないがゆえに、適当なことを話したのか。

 それでも僕の頭の中に、「日暮れ時から鳥の鳴き声への警戒を行え」という、知らせが貼り付けられたわけだ。

 


 話が広まり出してから、三ヵ月が過ぎる。

 その日は習い事の帰り道。行きは天気が悪かったこともあって、傘さしの歩きだった。でも、習い事の先生の家を出て見れば、空に雲などほとんど残っていない。


 ――無理にでも、チャリで来ればよかったかなあ……。


 結果論でしかない意見が頭の中を這いながらも、てくてくと先を急ぐ僕の頭上で、「カア」とカラスが鳴いて、思わず姿勢を正した。


 見上げると、カラスが「く」の字の隊列を組みながら、真上を横切っていくところだった。

 それだけなら、どこでも見られるような光景。ぼんやりと見送るところだろうけど、いまの僕は「鳥目トンネル」を絶賛警戒中だ。

 時刻はすでにたそがれ時。陽の沈みかねている空の下で、いついかなる鳥の鳴き声とともに、景色が奪われてしまうのか。僕の気はその一点に向けられていた。

 ましてやここは、すぐ横を車道が通る細い歩道。身を守る役割は、子供ですら余裕で踏みつけられる高さしかない、縁石のみ。ちょっと車が暴走すれば、たちどころに乗り越えられてしまうだろう。

 それどころか、「鳥目トンネルに入ったら」自分から縁石を乗り越える恐れも、ゼロじゃない。トンネルの終わりが「行き止まり(デッドエンド)」とか、シャレがきいて、泣けてくる。

 

 そうやって気を引き締めかける、僕の頭上でまたも「カア」。仰ぎ見れば、カラスの隊列がまたしても横切る。

 デジャブを感じたよ。「く」の字の形は、先ほど見たカラスたちと同じだ。見間違いじゃなければ、その数も。はっきり違うのは、大きさだ。

 先ほどの連中より、大きく見える。つまりは高度が下がっているわけだ。

 今度こそ僕ははっきり足を止めて、彼らを見据えた。列を乱さないまま、家屋も田んぼも、その向こうにあるパチンコ屋の上も飛び越して、小さく小さくなっていく。

 それが豆粒ほどの大きさになったときに、また「カア」。すかさず振り返って、あっと声が出たよ。またしてもカラスの隊が、背後から迫ってきたんだ。


 今度は先の二回よりも、ずっと低い。直撃コースでないとはいえ、手に持つ傘を伸ばせば届いてしまうんじゃないかと思われた。

 ゴミを漁っていたカラスが飛び立つ時くらいしか、この高さは知らない。ましてや、背後から真っすぐこちらへ滑ってくるなんて……!

 向き直った僕は、すぐさま距離をとろうと走り出すけど、ほどなく羽ばたきの音が背中へ張り付いてきた。

 音が追い越し、羽根が舞い、その一本が鼻先をくすぐる位置まで落ちてきて、一声。


「カア」



 とたん、僕の目が見えなくなった。

 羽根で目が塞がった、とかじゃないはずだ。傘の柄を目の辺りにあててこすっても、視界は戻る気配を見せない。

 鳥目トンネル。聞いていた通り、一筋縄じゃいかない手合いだ。

 下手に歩くのは危ないと、僕はすぐそばにある家の塀に背中を預けた。ほんの数十センチ横の話だ。見えなくても分かる。

 背中から感じる壁の感触に安堵しつつ、視力の回復を待った。さすがに1時間もここにいるのはきついけど、個人差があるなら短いかも……。



 そう思いかけて、僕は唐突につむじを「コツ、コツ」とノックされた。

 人の手、指のものとは違う。げんこつにしては、やけに細さを感じたんだ。遅れて、足首やひざ、肩や二の腕、両方の頬にも、ほとんど同じような痛みが走る。

 止まない身体中へのノック。ほどなくタラりと血が出て垂れる体感。僕はすぐに恐ろしい想像に至って、じっとしているという禁を破った。

 

 けたたましいカラスのわめき声と羽ばたきの音が、耳へ叩きこまれる。先の空を横切ったときより、はるかに近くから。それは僕の想像を、より確かなものへと後押しする。

 傘を振り回して逃げたかったけど、もし向こうから人が来たら大ごとだ。まだ僕の目は見えないままだ。

 タン、タン、タンと走りながら塀を手で小刻みにタッチ。曲がり角の有無を確認しながら、家への道をひた走ったよ。何度か垣根へ思い切り手を突っ込んだようで、枝葉がいくつもひっついてくるときもあった。

 最後に、信号のない車道を横断しないといけなかったときは、もうほとんど賭けでさ。エンジン音をたよりに、右も左も遠ざかってからひた走ったよ。クラクションを鳴らされることもなくって助かった。


 家に帰り着くや、図ったように視力が戻ったけど、出迎えてくれる親が驚くくらいに、ケガをしていたらしい。

 実際、手鏡で見てみると大小さまざまな傷が身体中についている。中にはまだ血が固まらず、肉もすこし持っていかれている傷もあって、何があったのか尋ねられたよ。

 カラスについばまれて戻ってきました……なんて正直に話すのは、なんだか情けなく取られそうな気がしてね。あくまで、転んだで通したよ。

 で、翌日。件の習い事の家の近くに住んでいるクラスメートが、大量のカラスが民家の近くから飛び立ったことを話してくれた。それはもう渦を巻くようで、ぐるぐる回りながらじょじょに空高く昇っていったとか。その少し前に人影がカラスたちの中から飛び出して、逃げ去ったことも話していたよ。


 鳥目トンネル。

 ひょっとして明るいうちは、公に肉をついばみにかかれない鳥たちの、品定めのために作られる環境なのかもしれない。


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