本当の気持ち
あれから3日経った。学校では一ノ宮は普段通り明るく過ごしていた。そして桐生も生徒会の仕事をしながら何事もなかったかのように過ごしていた。
まるで二人はただの赤の他人のようだった。
仲良くもなく悪くもなく、一緒にいることも無くなった。
信楽はそんな二人を見て一ノ宮に何かあったのか、と聞いたが彼女は首を横に振るだけだった。
すると、こんな噂が広がり始めた。
桐生がとある後輩と付き合っている、と。
一度は断った告白だが、後々桐生が了承したらしい。
一ノ宮は柳と、桐生は後輩と、付き合い始めたのだ。
これで誰も傷つかない、これがベストな結果だったのだ。
あの日、夜には続きがあった。一ノ宮が自分のしてがしてしまったことの重大さに気づいた時、
「……ごめん。」
と桐生に謝ったのだ。すると、俯いた桐生はそのままベッドから離れ、部屋を出ようとした。しかし、一ノ宮は桐生の服の裾を掴んで、こう言った。
「……本当にごめんなさい。………私のこと好きにしていいから…だから…、」
一ノ宮はこの先の言葉は言えなかった。言える勇気が無かった。いや言う資格が一ノ宮には無かった。
桐生はそんな一ノ宮を一瞥するとふいとドアに向かって歩きだして、掴まれていた裾から手が離された。
…もう、これで終わりだね。
……ごめんなさい、郁ちゃん…。
そんな一ノ宮の心の声は桐生に聞こえる筈なかった。
*
「…杏ちゃん?」
日曜日、柳とデートしている一ノ宮はケーキを前に意識が飛んでいた。
そんな一ノ宮に柳は首を傾げて名前を呼んだ。その声に一ノ宮はハッとして顔を横に勢いよく振った。
「な、何でもないの!」
「…そ、そう?な、なんだか凄く上の空だけど…桐生さんと何かあったの…?」
「な、なんで郁ちゃん!?郁ちゃんとは何にもないよ!」
一ノ宮は無理矢理笑顔を作り、ケーキを食べる。そんな一ノ宮を柳はカメラを構えて写真をカシャカシャと撮り始めた。
…!?と固まった一ノ宮は「な、何してるの?葵ちゃん。」とドン引きしていた。すると柳は笑顔でこう語った。
「杏ちゃん、凄く可愛いから一瞬一瞬をカメラに抑えておきたいの!…私、いつの杏ちゃんも好きだよ?勉強してる時もちょっと授業に飽きてノートの端に落書きしてる時も、学食でカレー食べている時も、あ、疲れて部屋ですぐ寝ちゃう杏ちゃんも大好き!」
あまりの語りように一ノ宮は石になった。
まさか…まさか、常に視線を感じていたのって…葵…ちゃん……?いやいや有り得ないって、と自分に言い聞かせた。
「あ、えっと、服!服見に行こう?」
取り敢えず話を変えよう、と一ノ宮は柳と手を繋いてカフェを出て服屋に入った。
服を選んでいる最中も柳はカメラを手放さなかった。
「…葵ちゃん、カメラ持ってないで一緒に服選ぼう?」
「そ、そうだよね。…ご、ごめんね。」
と内心折角、杏ちゃんを撮り放題のチャンスなのに勿体ないと柳はそう思いながら、カメラを鞄に仕舞う。
「杏ちゃん!この服どうかな?」
と柳が持ってきたのはロリータファッションらしきワンピースで至るところにリボンや花があしらわれている。
わああ…派手だあ…と一ノ宮は思い、近くにあった白いシンプルなワンピースを手にとった。
「わ、私はこっちの方がいいかな…「それじゃあダメなの!!」!?」
突然柳が叫んで、周りのお客さんがこちらを見る。「ちょ、ちょっと、葵ちゃん…?」と驚いた一ノ宮もたじろいで柳を宥める。
「杏ちゃんはお人形さんなんだからこういう可愛い服じゃないとダメなの!」
普段とは大人しい柳とは打って変わって大きな声で訴える柳のその姿は狂気に満ちていた。
思わず一ノ宮は冷や汗流して後退り、「…あ、葵ちゃん…?」とやっとの思いで彼女の名前を呼ぶ。すると柳はハッとしたのかあわあわと慌てだした。
「…ご、ごめんなさい…つ、つい…。」
「う、ううん、大丈夫…。ちょっと吃驚したけど…もうすぐ門限だから帰ろ?」
と一ノ宮は柳と手を繋いで、寮を目指し歩きだした。
すると、神様の悪戯なのか悪魔の誘いなのか、桐生が後輩と一緒にいるところを目撃してしまった。相手は一ノ宮に気づいてないようだ。
……郁ちゃん、後輩と腕組んでる…。
しょうがないよね、私には関係ない…と一ノ宮は俯いた。そんな一ノ宮に気づいた柳は話しかけようとしたが、柳も桐生達に気づき、眉を潜めた。
まだ一ノ宮の心の中には桐生がいる、そう確信した柳は、必ず一ノ宮を完全に自分のものにする、と決意した。
*
「ふふーん、ふふーん。」
と鼻歌を歌いながら柳は今日撮った一ノ宮の写真をモニターに映し、幸せそうに揺れていた。その度にキイ、キイと椅子が軋む。モニターに映し出される一ノ宮の頬にキスをする。
「可愛いお人形さん、本当に私のものしちゃった。」
なんて至福のひとときでしょう。
「杏ちゃん、もうすぐで私だけの本当のお人形さんになるからね。」