飽きられた玩具
一ノ宮杏の一日は携帯の目覚ましから始まる。
顔を洗って制服に着替えて鞄を持ち、朝食を食べに学食に向かう。そこで桐生と合流するのだ。
「杏、綺麗な髪が跳ねているよ。」
「え、本当?後ろ?じゃあ、部屋に戻って直してこようかな。」
「いや、私が直そう。後ろだと自分で直すのは難しいだろう。」
と朝食を食べ終わった二人は桐生の部屋に入るとそこはドラマの台本や雑誌で部屋が埋め尽くされていた。
「わ〜、凄いいっぱいあるね。郁ちゃんの部屋、シンプルなイメージだったから意外。」と一ノ宮は言う。
「最近、ドラマの撮影で忙しくてね…台本が溜まりに溜まってしまうんだ。さあ、ここに座って。コテで寝癖を直そう。」
「うん!」
と一ノ宮は椅子に座り、桐生は温めたコテで寝癖を真っ直ぐにする。
「さ、終わったよ。」と桐生が言うので一ノ宮はお礼を言おうと後ろを向こうとしたが、後ろから抱きしめられた。
「郁ちゃん?」
「折角、二人きりになれたんだ。少し、こうしていたい。」
「郁ちゃんは甘えんぼだなあ。」
ふふと微笑む一ノ宮は内心とても楽しんでいた。
もっと、もっと私を好きになればいい。
残酷に、最悪に。
一ノ宮は桐生のことなんてこれっぽっちも思っていなかったのだ。
暫くして桐生が離れ「そろそろ学校へ行こう。遅刻してしまう。」と桐生の部屋を出て、一緒に登校する。
その間、昨日と同じ視線を感じた一ノ宮は辺りを見回すが他の生徒がいるだけで特に変な人はいなかった。
そんな一ノ宮の様子に気づいた桐生は「どうしたんだい?」と聞くが一ノ宮は「ううん、何でもない。」と笑顔で答えた。
きっと気のせいだ、と一ノ宮は自分に言い聞かせた。
しかし、下駄箱に着くと一ノ宮は目を瞬きさせた。一枚の便箋が入っていたのだ。可愛らしい便箋を開けると
『放課後、生徒会室で待ってます。』
面白い、と一ノ宮は思わず口角が上がる。それを鞄の中に仕舞うと桐生がやってきた。
「どうしたんだい?なんだかご機嫌だね。」
「そう?早く教室行こ?」
と一ノ宮は桐生の腕を組み、桐生は頬をほのかに染め幸せそうに微笑んだ。
ーーその幸せが今日、崩れ落ちるとも知らずに。
*
放課後になり、一ノ宮は桐生に何も言わず教室を出た。
電気のついていない暗い生徒会室に入るとニヤリと微笑み言った。
「お待たせ、葵ちゃん。」
*
その頃、教室では、桐生は一緒に帰ろうと一ノ宮の姿を探すが彼女はおらず疑問に思っていた。そして、他のクラスメイトと喋っていた信楽に話しかけた。
「信楽、杏を知らないか?」
「え、なんで?」
「一緒に帰る約束をしていたのだが…どこにもいなくてね。」
一ノ宮は手紙のことを信楽にも言っておらず、事後報告しようと思っていたのだ。
信楽は知らないと言い、桐生は仕方ない今日は一人で帰るか、と教室を出ると、
「あ、桐生さん。」
「先生、何ですか?」
「私、ちょっと川井先生のところへ行かないといけないの。この書類を生徒会室に持って行ってもらってもいいかしら?」
「分かりました。大丈夫です。」
*
暗い生徒会室では暗闇でも分かる程柳の顔は赤くなっていた。そんな柳に気づいたのか怪しく微笑む一ノ宮は彼女の顎に手を当てた。
「緊張しなくていいんだよ?告白なんて皆、緊張するものだから。」
「……杏ちゃんも?」
その質問に一ノ宮は少し黙り「…そうだよ。」と答えた。
柳は声を振り絞って言った。
「……お願いがあるの…!もう桐生さんとは仲良くしないでほしいの…!」
「どうして?」
「そ、それは、」
わざと一ノ宮は柳が困りそうな質問をする。
そう、この状況を楽しんでいるのだ。彼女がこれから自分に告白する。
なんて面白いことなんでしょう。
天使のような笑みで小さな悪魔は笑う。
きっと彼女は自分があいつと一緒にいるのが好きではないのだろう、と確信した。
「ねえ、なんで?」
と近寄り顔を近づける一ノ宮。
しかし柳は何も喋らない。ここまでか、つまらないのと一ノ宮が気を逸らした瞬間、柳は彼女の腕を掴んだ。
「…っ!」
側にあった机に押し倒されて、一ノ宮は「あ、葵ちゃん…?」と困惑した演技を見せる。
内心ではこれからどうするのか期待でいっぱいだった。
「…わ、私!杏ちゃんが転校してきた日から好きだったの!なのに!桐生さんとずっと一緒にいて、桐生さんが鬱陶しかった!でも今ここに来てくれて嬉しかった!!」
柳の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。目が回り、自分が今何を言っているのか、何をしているのか分かっていなかった。
「好き!好きだよ!ずっと好きなの!杏ちゃんのことが!
……だから、一生私といようね?」
その瞬間に柳は一ノ宮に無理矢理キスをした。
「んっ、…んんっ、」とくぐもった声を出す一ノ宮の制服のボタンを外していく。
少し顔を離し、柳は「…ねえ、私のものになってくれるよね?」と彼女の目は狂っていた。一ノ宮は思わずそんな柳の姿が滑稽に見えて笑いそうになるのを堪える。
そして、一ノ宮が「いいよ。」と答えた時、扉が開いた。
「……杏…?」
バサ、と音を立てて書類が落ちる。桐生が有り得ないといった表情で二人を見ていた。柳が一ノ宮に覆い被さり、一ノ宮の服は乱れていた。しかし、一ノ宮は気にしないという態度で桐生に手を振った。
「あ、郁ちゃん、やっほー。」
「二人で…いや、私の杏に何をしているんだ、柳。」
キッと桐生は柳を睨む。すると「ふ、ふふ…。」と柳は笑い、一ノ宮を抱きしめた。
「私の杏ちゃん?…勘違いしないで。杏ちゃんは私の彼女なんだよ。」
「う、嘘だ!杏!そうだろ!」
信じられない、と桐生は叫んだ。
しかし、桐生を見たは一ノ宮はくつくつと笑って乱れた制服を直しながら言った。
「嘘じゃないよお?郁ちゃん。私、今から葵ちゃんと付き合うから。」
たっと小走りに一ノ宮は桐生の前に立った。
これが、初めて一ノ宮が桐生に見せた本当の姿、相手の好意すらも面白さだけを求めて追求していく悪魔。
その姿を見た桐生は悔しそうに悲しそうに言った。
「……最初から私で弄んでいたのだな。杏。」
「そうだよ。今更何言ってるの?」
一ノ宮の本当の姿に桐生は悔しくて、何も言えなかった。グッと拳を作る。
信じていたのだ、一ノ宮も桐生のことが好きだと。でも違った。一ノ宮にとって桐生はただの玩具だったのだ。
「それじゃあね、今まで楽しかったよ、郁ちゃん。」
と言って一ノ宮は去っていった。