立ち入り禁止
じー。
じー。
じー。
一ノ宮は何となく授業中でも休み時間でも視線を感じていた。キョロキョロと辺りを見回すが誰も一ノ宮を見ていない。
「なあに、キョロキョロしてるの?会長探してるの?会長なら生徒会の仕事でいないよ。」
「いや…何となく視線を感じて…。」
「視線?」
信楽も教室を見渡すが、そんな生徒は一人もいなかった。
「もしかして会長のファンから疎まれてたりしてー。いつか後ろから刺されるかもよ。」
「莉子ちゃん、怖ーい。」
きゃー、と可愛く怖がる一ノ宮に信楽は「猫被るな。」と前の席に座った。
「それで、昨日、会長が杏の部屋に来た時何かあったの?」と問いた。すると、一ノ宮ははあと溜息を吐いて、頬杖をついた。
「押し倒された。」
「ブハッ!!勇気あるねー、会長。…でやったの?」
「やってない。莉子と何してるのかって聞かれただけだよ。」
「なんだ、つまんねーの。」
と信楽は飴を口に入れた。「杏も食べる?」と言い一ノ宮に飴をあげた…が、杏は口に入れることなく鞄仕舞った。
「だってえ、今食べたら匂いで郁ちゃんにバレちゃうもん。」
「いちいち猫被んないでくれる?」
「私、トイレ行ってくる。」と一ノ宮は席から立ち上がると「あ、」と信楽は呟いた。
「わっ、」
思わずクラスメイトにぶつかりそうになる一ノ宮は声を漏らし、相手が持っていたプリントが床に散らばってしまった。
「ご、ごめんね!よく前見てなくて…。」
「う、ううん、大丈夫…。」
クラスメイトはしゃがんでプリントを集め始める。一ノ宮と信楽もプリントを集め、最後の一枚になった時一ノ宮とクラスメイトと手が重なった。その瞬間、クラスメイトは「わわっ!ご、ごめんなさい…!」と直ぐに手を離した。しかし、一ノ宮は構わずにっこりと微笑み「はい、これで最後だね。」とプリントを渡した。
「そっか、柳さん。今日日直だっけ。」
「柳さん?」
「そ、この人は柳葵さん。ほら、杏、挨拶挨拶。」
「初めまして!柳さん、良い機会だし友達になってほしいな!」
すると柳は頬を染めてあわあわと慌てだした。
柳葵は眼鏡をかけて恥ずかしがり屋でいつも教室の端で読書をしている静かなクラスメイトだ。
「よ、よろしく…、えと…一ノ宮さん。」
「杏でいいよ!葵ちゃんって呼んでもいい?」
「そ、そんな…私みたいなのが、一ノ宮さんのと、友達だなんて、そんな資格、ないよ…。」
「友達に資格なんていらないよ!そんなに遠慮しないで?よろしくね!」
と、一ノ宮は握手した手をブンブンと振るう。
「そ、それじゃあ、杏ちゃんって呼んでもいいかな…?」
「勿論!」
「何をしてるんだい、杏。」
「あ、郁ちゃん!私ねー、新しい友達出来たんだよ!葵ちゃん!」と笑顔で言う一ノ宮に生徒会の仕事から帰ってきた桐生は「ふーん。」と不満気だった。
それもそうだ。一ノ宮には自分以外の友達はいらないと思っているのだから、柳の存在が鬱陶しいのだろう。
「そ、それじゃあ、わ、私、日直の仕事してくるね。」
とそそくさに柳は去って行った時、ポケットからガシャンと何か落とした。黒い箱…?と一ノ宮は拾うが、その瞬間、柳が一ノ宮からそれを取り返した。
「葵ちゃん、それなあに?」
「な、何でもないの、拾ってくれて、あ、ありがとう。」
訳がわからず、3人は顔を合わせた。
一ノ宮は一瞬しか見えなかったが、何かカメラのレンズみたいなものがあったような気がしたが…気のせいか、と考えるのをやめた。
「そういや、次体育じゃん。そろそろ着替えないとなー。」と信楽は席に戻って着替え始めた。
「…郁ちゃん、じっと見られると恥ずかしいんだけど…。」
「そうかい?杏は初々しくて可愛いね。」
初々しいのはお前だろうに…と一ノ宮は思いながら制服を脱いで体操着に着替える。
…なんかまだ見られてる気がするけど…気のせいだよね。
*
その日の夜。とある生徒の暗い部屋で、ブツブツと独り言を言っていた。
「可愛い可愛い一ノ宮杏ちゃん。いつどこで見てもお人形さんみたいな顔に満面の笑顔…素敵。本当、少女漫画から出てきたみたいな私の理想の女の子…。
転校初日から運命の出会いをしたと思った。ずっとずっと、いつか話せたらないいなって待ってたんだよ?
…今日話せて良かったな。……凄く嬉しい。友達だって…ふふ…。」
と嬉しそうに呟く。
「握手した手、洗いたくないな…。」
ここは柳の部屋、壁一面にはいつ撮ったのか、一ノ宮の写真で埋め尽くされていた。
机のモニターには一ノ宮の姿が映し出されてれていた。しかし、そこには桐生の姿も映し出されていて、柳は俯いて呟いた。
「桐生さん、邪魔…。」
と気分を害した柳は言った。
「ど、どうにかして杏ちゃんから桐生さん離したいけど…で、でも私、恥ずかしがり屋だし…杏ちゃんと話すだけで、いや、一緒の空間にいるだけでドキドキするのに、どうすれば…ううん、頑張らないと、私…!」
すると、モニターが体操着に着替える一ノ宮を映しだした。
思わず鼻血が出そうになるのを必死抑える柳はモニターから目を離せずにいた。
(そうだった、今日、体育あったんだ…!)
教室に置いてある植物の影にカメラで一ノ宮を撮っていた。
(…そうだ、あの映像あるかな。)
と柳はモニターを操作する。
すると今度は画面いっぱいに一ノ宮の顔が映し出される。
よかったカメラが壊れてなくて。この映像はお気に入りに入れておこう、とモニターをカチカチと操作する。
「…ふふ、明日も可愛い杏ちゃんが撮れるといいな。」




