貪欲な生き物
モデルの撮影が終わった日、桐生は部屋に戻り、結んでいた髪を解いてベットで横になり悩んでいた。
最近、桐生が一ノ宮に会う度にドキドキする。
ドラマの撮影で恋愛シーンをする時は何も思わなかったのに、一ノ宮が桐生に触れる度に心臓の鼓動が早くなるのだ。
一ノ宮と一緒にいたい。
もっと触れていたい。
誰も一ノ宮に話しかけないで、触らないでほしい。
あの笑顔を自分だけに向けてほしい。
そんな欲望が次から次へと溢れてくる。
なんて桐生は貪欲なのだろう。
一ノ宮は誰のものでもないのに、一ノ宮は誰とも付き合っていない。
……杏は、どんな人が好きなのだろうか。
何も知らない、私は杏のことを何も知らない。
と思う桐生は起き上がり、決意する。
「……まずは杏のことを知ってからこの気持ちを理解しよう。」
*
「え、私の事が知りたい?なんで?郁ちゃん。」
昼休み、中庭で二人で昼ご飯を食べながら桐生は「杏のことが知りたい。」と率直に聞いたが、当の本人はきょとんとしていて…そんな表情も可愛いと桐生は思っていた。
「ああ、杏は私のことは知っているだろう。でも私はよくよく考えてみれば杏のことを知らないわだ。」
「うーん、そうかなー?私は普通の家に生まれて普通に育てられた…って感じなんだけど…。」
「じゃあ、質問だ。どうしてこの時期に転校したんだ?」
その瞬間、一ノ宮の大きな目の光が無くなった。
…聞いてはいけないことだったのだろうか。失言してしまった。
と気づいた桐生は「い、いいや、言いたくなければいいんだ!」と言うが一ノ宮は何も話さなかった。
「あ、杏…?」
「……親の仕事の都合で!引っ越したの!この学院のことよく調べずに入学しちゃったから、まさか全寮制だなんて知らなかったの!」
えへへ、と笑う一ノ宮は心から笑えてなかった。きっと何かあったんだ、でも今の桐生にそれを知る資格は無い。
「馬鹿だよねえ、私。」
「…今週末、暇かい、杏。」
「今週末?特に予定はないけれど…。」
「なら私とこの辺りで遊ばないか?杏は転校したてで学院の外はよく知らないだろう?」
「うん!じゃあ今週末の約束ね!」
と一ノ宮は指切りの指を差し出した。桐生も指を絡めると、一ノ宮は元気よく言った。
「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたら
針千本のーます!」
*
そして当日、パンツスタイルで髪を学校でも同様結んでいる桐生は校門前で待っていると「郁ちゃーん!」と駆け足で一ノ宮がやってきた。白いワンピース姿で普段学校では二つに結んでいる髪を解いている髪は走る度にふわふわと揺れて天使か…と桐生は思っていた。
「遅れてごめんね。どの服着ようか迷ってて…。」
「いいや、気にしてないよ。私服姿の杏も可愛いね。」
「ふふ、ありがとう。郁ちゃんも可愛いよ。」
「さ、行こ。」と一ノ宮は自然に桐生の手を繋ぐ、そんな一ノ宮にとっては何でもない行動にドキンとする桐生がいた。
ちらり、と桐生は天使な一ノ宮をもっと見たいと盗み見ると、視線に気づいたのか一ノ宮はニコリと微笑んで、言った。
「なあに?郁ちゃん。」
「い、いや、私服だと雰囲気が変わるなと思って…。」
「いつも制服だもんね!そりゃそうだよ!」
「…そうだね。」
と微笑むと一ノ宮は笑顔になった。
一ノ宮は、更に心の中でちょろい人、なんて簡単な人なんだろう、よくもまあ告白されて全部断れたものだ、と呟いた。
そんなこと知る由もない桐生は惚れ惚れと一ノ宮の頬に手を当てて、顔を近づけた。
「郁ちゃん?」
名前を呼ばれて正気に戻った。顔が熱い桐生はバッと一ノ宮から離れて「い、いい、いいや、何でもない。」と言い訳にならない言い訳をした。
「ふふ、なんだかよく分からないけど郁ちゃんから触れられるとなんだかむず痒いね。照れちゃう。」
なんて嘘を言う。
しかし、桐生はあたふたと慌てた。
「い、いや、さっきのは私も、よく分からなくて…そうだ!クレープでも食べよう!」
そして、一ノ宮は苺のクレープを桐生はチョコバナナのクレープを頼み、すぐ近くのベンチに座って食べ始めた。
「杏は苺が好きなのかい?」
「うん!郁ちゃん、半分こする?美味しいよ!」
そ、そそそそれってか、間接キスでは…???と固まる桐生の顔を覗くように一ノ宮が「郁ちゃん…?今日なんか変じゃない?」なんてわざと言う。
「そ、そうだな。半分こしようか。」
「はい、あーん。」
「!?」
思わず桐生はドキンとしてしまったが、差し出される苺のクレープに私は恐る恐る口に入れる。
か、間接キスしちゃった…!と桐生は恥ずかしさと緊張でプルプルと震える。
心なしか顔が熱いのは気のせいだと言い聞かせる桐生を他所に「じゃあ、次は郁ちゃんが私にあーんしてね?」と満面の笑みで言う一ノ宮に桐生は「わ、分かった…。」と再び恐る恐るクレープを一ノ宮に差し出した。一ノ宮はクレープを口に含むとにこりと笑顔になった。
「チョコバナナも美味しいねー!苺はどうだった?」
「(緊張し過ぎて味が分からなかった…)お、美味しかったよ。」
「よかったー。」と一ノ宮はクレープを食べ進める。
なんだか…これって…と思う桐生の心を読んだのか一ノ宮が口を開いた。
「付き合ってるみたいだよね?」
ふふと笑う一ノ宮に桐生はドキドキと心臓の鼓動が早くなる。
流石の桐生でもこれは気付いた。
ーー彼女が好きだと。そして、
独占欲の強い片思いだ。