最高の笑顔で
次の日の放課後、四人は私服に着替えて寮から出た。
「二人でデートだなんて初めてですね、信楽先輩!」
「二人じゃなくて四人だけどねー。」
「じゃあダブルデートですね!」
「…。」
げんなりとしている信楽の腕を組む月雪は上機嫌だった。
ダメだこいつ、何言ってもポジティブに返してくる…と半ば諦め半分の信楽であった。すると、ふふと一ノ宮は微笑む。
「じゃあ、私は郁ちゃんの腕を組もうかな。」
「!」
思わずと頬を赤らめる桐生に遠慮なく一ノ宮は彼女の腕を組んだ。ドキドキの鳴る心臓を抑える為に一ノ宮に「今日はどこに行くんだい?」と聞いた。
「特に予定はないよ?門限まで一緒にいるのが目的。」
「じゃあ、ウィンドウショッピングでもしようか。」
「うん!」
と幸せそうな一ノ宮を見て信楽は嬉しそうだった。
ーー大切な友達が幸せだと自分も幸せに「信楽せんぱーい、どこか行きたい場所ありますかー?」…煩いと桐生は思ってしまった。
「いい加減は・な・れ・ろ!」
「えーいいじゃないですかー?私達付き合ってるんですから!」
「いつ、私がお前と付き合うと言った。」
「夢の中で!」
そんな二人を見ていた一ノ宮と桐生は「仲良しだねえ。」なんて言う。信楽本人はかなり迷惑がっている。
「そうだ!水族館行こうよ。近くにあるの知ってるんだー。」
そして、水族館に着いた時、四人は皆大きな水槽の中に泳ぐ魚達を目を輝かせながら眺めていた。そんな一ノ宮を見て桐生は自然と彼女を掴んだ。それに気づいた一ノ宮は桐生の方を向くと彼女は頬を赤らめ微笑んでいた。そして一ノ宮は桐生にもたれかかった。
…幸せだ。
と桐生は一ノ宮が好きだ、誰よりも好きだ、と改めて思う。絶対にこの小さな手は離さない。誰が現れようとも、と誓う。
「信楽先輩、お魚沢山いて楽しいですね!」
「あーそうだねそうだね。」
一方、信楽と月雪のは相変わらずだった。もう抵抗しても無意味と思った信楽はベタつく月雪を離す気力もなかった。
昼になり、四人は水族館に併設されているレストランで食事をとる。
「信楽先輩、はいあーん。」「絶対しない。」と二人が会話してるところを見た一ノ宮はカレーをすくって桐生に「はいあーん」と言うと桐生はあわあわと恥ずかしがった。
「あ、あのな、杏、私達はまだ付き合っていないのだからそういうのは…。」
「付き合ってなくても女の子同士なんだから気にすることないよ?」
なんていたずらっ子のように微笑む一ノ宮は桐生の反応が面白くて、楽しくてもう一度「あーん。」と言った。恐る恐る桐生はカレーを口に入れる。
恥ずかしがる桐生は、いやいや杏の言う通り女の子同士なのだから恥ずかしがる必要はない。で、でも、私は杏のことが好きだし…とぐるぐると頭の中で考えていた。
「郁ちゃん?」
「ひょえっ!な、なんだい?」
「いや、なんか考え込んでたみたいだから…。」
「な、なんでもない。」
「そう?」
一ノ宮は携帯の時計を見て「そろそろイルカショーが始まるね。」と四人はイルカショーが始まる会場に向かった。
イルカショーでは、イルカトレーナーの指示で沢山のイルカ達が芸を披露する度に水が雨合羽にかかる。きゃー、と楽しむ一ノ宮の笑顔はとても可愛いかった。
…私にもこんな笑顔が出せたらな……と桐生は思う。
「郁ちゃん、楽しい?」
「え、ああ、楽しいよ。」
「そっか!それは良かった!」
すると再びイルカが跳ねて水がビシャアとかかる。一ノ宮も桐生も、そして信楽も月雪も楽しそうにイルカショーを楽しんだ。
門限が近づいてきた時、水族館の近くの丘の上のベンチに座っている信楽と月雪は「楽しかったですねー!」「う、うん、まあ…。」と話していた。
一方で、柵に持たれかかって夕日を眺める一ノ宮に桐生は彼女の腰に手を回す。髪が風に乗って靡く。
「郁ちゃん、今日は楽しかった?」
「ああ、楽しかったよ。杏は?」
「私も楽しかったよ!。」
そして、桐生は嬉しそうに笑顔になった。その笑顔は素敵で、とても綺麗で今まで見たことのない笑顔だった。そんな笑顔を見た一ノ宮は微笑み、言った。
「…これでドラマの撮影も上手くいくね。」
その言葉に、桐生は何故今日一ノ宮が遊びに誘ったか理解した。
ーー全ては桐生の為だったのだ。
彼女の本当の笑顔を見つける為、励ます為にやったのだ。
「杏。良かったらドラマの見学に来ないか?」
しかし、一ノ宮は首を横に振った。
「郁ちゃんなら、私がいなくても笑顔が出せるよ。」
すると桐生は目を見開いて、ふっと微笑み笑顔で分かったと一ノ宮に言った。
*
ドラマの撮影中、問題の最後のシーン、桐生が笑顔でセリフを言うシーンが始まる。ドクンドクンと心臓が鳴り、緊張する。けれども、一ノ宮の言った通り一人でも大丈夫だ、と桐生は自分に言い聞かせる。
「はい、じゃあ、撮影を始めるよ!」と監督が言う。前回は失敗してしまった例のシーンからだ。
…見ていてくれ、杏。私はきっとこの役をやりきってみせる、と意気込む。
すうと桐生は息を吸って台詞を口にした。
「私、先輩のことずっと前から好きでした!ありがとうございます!!」
「はい、カットカーット!!」監督は叫ぶ。悪かったのだろうか…と冷や汗を流す桐生に対して監督は満足そうに「郁ちゃんいいねー!その笑顔、最高だよ!」その言葉に桐生は再び最高の笑顔でお礼を言った。
「ありがとうございます!」
*
桐生が出演したそのドラマを見ていた一ノ宮は嬉しそうに微笑んだ。ドラマが終わるとピッと電源を消した。そして、ベットに横になって呟いた。
「そろそろ、かな…。」
と一滴の涙を流した。