笑顔の作り方
『…私達、別れよう。』
『何故だ!俺はこんなに君を愛しているのに!』
テレビの中の桐生は涙を流しながら台詞通りに言う。そんなドラマを寮に備えられている小さなテレビで見る一ノ宮と信楽。
前にも少し言ったが、桐生は有名なモデルであり、女優としても活躍している。 そして桐生は、才能を開花させて瞬く間に名前を世間に轟かせた。
ドラマが終わり、一ノ宮はテレビを消した。
「どう?ご感想は。キスシーンあったよ。」
「別にー。あれは演技でしょ。本当の郁ちゃんはヘタレだからなあ。」
と気にしていない様子の一ノ宮に信楽はつまんないのー、とポッキーを食べ始めた。
一ノ宮は初めて彼女のドラマを見たわけではなく、桐生のことが本当に好きになった時からちょくちょくと見ていたのだ。
「会長、人気だよねー、でもまあ本業は学生だからドラマにはあまり出ないんだけどね。主にモデルが仕事かな。」
と雑誌を読まない一ノ宮の為に信楽はわざわざ本屋で桐生が載っている雑誌を買って来ていた。一ノ宮が雑誌を開くと、そこにはポーズをとったかっこいい桐生の姿が載せられていた。
「表紙飾る程に人気者だし、今日も仕事で学校休んでたしねー。どう?嫉妬しそう?」
「なんで?だって郁ちゃんとは友達だもーん。」
本当は大好きだけど、まだ、まだ付き合う時ではない、と自分に言い聞かせる一ノ宮。
するといたずらっ子のような目つきで信楽に問うた。
「ねえ、花ちゃんとはどうなの?」
「ブッ!!…は、はあ!?」
突然の質問で思わず信楽は食べていたお菓子を吐き出す。
すると、携帯を一ノ宮に渡して「これ。」と言った。画面には1分置きに電話の通知が来ていた。
「 怖っ!」
「本当それな。私、電話番号教えてないんだけど。」
「更に怖っ!」
はあ〜と大きな溜息を吐く信楽はお菓子を食べるのをやめ、ベットにもたれかかった。
…あの後輩……排除しようとしようと思ったのにまさか私を好きになるなんて…メールも毎日来るし死にそう…とげんなりしていた。
「じゃあ、返事すりゃいいじゃん。」
「なんで私の心の声を読んだの。」
「何となくそういう顔してたから。」
「まあ、それは兎も角、」と信楽は言う。
「私の情報だと会長、とあるドラマにゲスト出演するから是非見てあげなよ。」
「莉子の情報網は凄いなあ。」
*
それから少し前、桐生は楽屋で台本で読んでドラマの練習しているとマネージャーが入ってきた。それに気づいた桐生は練習をやめた。
「郁、新しい仕事が入ったわ。」
「どんな仕事ですか?」
するとマネージャーは鞄から台本を取り出し、桐生に渡した。
「ゲスト出演だけど、このドラマは視聴率も良いし、きっとまだ郁のことを知らない人が知ってくれるきっかけになると思うわ。」
桐生は台本を読み始めると、ふーん、成る程、学生恋愛ドラマの先輩に恋する後輩役か…思わず月雪を思い浮かべてしまう。いやいや、それとこれとは関係ないと、想像するのやめた。
「分かりました。この仕事、受けます。」
するとマネージャーは微笑み「良かったわ。」と微笑んだ。
ーーそれが桐生にとってとても困難な役回りだと知らずに。
*
「郁ちゃん、私昨日、郁ちゃんの出てるドラマ見たよ!」
「ふふ、そうか。ありがとう。」
とほんわかと話す二人とは打つまで変わって、「ちょっとー!離れてよー!」「嫌ですー!」と登校中に騒ぐ信楽と月雪がいた。ぎゅうと抱きしめられる信楽はギチギチと月雪を離そうとしていた。
「私は別にアンタなんか興味ないんだってばー!」
「酷いですー!信楽先輩ー!私はこんなにも好きなのに…!」
すると一ノ宮はププーと笑いながら「莉子ちゃん、付き合ってあげたら?折角の後輩の告白なんだから。」と言う。
「杏、会長も!見てないで助けてよ!」
「い、いやあ、そんなに好かれると、離すのが可愛そうじゃない、かな…。」
「(少し前まで好かれてた癖にい…!)」
「それじゃあ、莉子ちゃん。私達は先に学校行ってるねえ。」と一ノ宮は桐生の腕を組んですたすたと歩いていった。
「いい加減離れろー!」
*
「はいはい、オッケーだよ!いやー、郁ちゃんの演技は最高!流石子役から活動してることはあるね!」
「ありがとうございます。」
と桐生はあまり嬉しそうになかった。刻々とあのシーンが迫ってきてしまう。冷や汗が頬を伝う。
「今日はここまでにしようか!お疲れ様ー!」
と皆は帰路につく。
桐生は寮に入ると鞄を机の上に置き、はあと大きな溜息をつく。
…私にあの演技は出来るのだろうか……自信が無い、と悩んでいた。
あの監督はドラマの世界では厳しいと有名だが、未だに桐生に対して怒ったことはない。それは桐生が順調に演技が出来ているということ。
しかし、台本の最後のシーンにはこう書かれてあった。
心の底から笑顔で笑うこと。
桐生はとある一件のせいで、心の底から笑ったことがない。
一体どうすれば…と考えているとそうだ!笑顔と言えば!とぽんと手を叩いた。
次の日の朝、桐生は一ノ宮を見つけるなり声かけた。すると笑顔で一ノ宮はおはようと言った。そうだ、この笑顔だ、私にもこの笑顔が出せたら…と桐生は質問した。
「杏、質問なんだが。」
「え?なあに?」
「その笑顔どうやって作っている?」
するときょとんと一ノ宮の時は止まった。……ん?と桐生はどうしたと声をかける。
「一ノ宮?」
「…あ、えっと、ごめんね。ちょっと吃驚
しただけ…。別に作ってる訳じゃなくて…その……。」
と一ノ宮は照れながらに小声で「…郁ちゃんに会えるのが嬉しくてつい笑顔になっちゃうの。」と呟いて、顔が赤くなる桐生。すると一ノ宮はにこやかに言った。
「郁ちゃんだって、私といる時楽しそうだよ?」
「…そうか……。」
「何か悩み事?」
「実はな…。」
と桐生はドラマのこと自分では心の底から笑顔を作れないことを一ノ宮に話した。一ノ宮はうーんと難しそうな表情をした。
「郁ちゃんは演技するのが嫌いなの?」
「いや、そんなことはない。とても楽しいよ。」
「なら、郁ちゃんなら大丈夫だよ!応援してる!」
「杏…。」
やはり君を会えてよかった。いつまでも好きだよ…と自覚する桐生に一ノ宮はふふ、と微笑んだ。
その日の夜、桐生は部屋で鏡で自分の顔を見ながら何度も笑顔を作る。「ダメだ!」と桐生は叫び、笑顔を作れずにいた。もし、相手が杏だったらきっと上手くいくのに、他の人間の前では心の底から笑顔になれない。
…どうする、どうすれば……と頭の中をフル回転させていた。
桐生には思い当たる節があった。しかし、それを理由にしたら自分は負けだと思っていた。
でも、でもあんなことにならなければ…
桐生はきっと心の底から笑顔になれただろう。