結果は
「は?失敗した?」
信楽は昨日の夜「桐生から月雪を離す」という頼み事を例のクラスメイト達に話した。しかし、結果は失敗。信楽はキレる一歩手前だった。ここは屋上で、殺されるんじゃないかと、クラスメイト達はガタガタと体を震わせていた。するとボスのクラスメイトは震えながら訴えた。
「と、途中から一ノ宮が出てきて…そ、それで、」
「それで?」
「ほ、ほら、信楽は一ノ宮と仲良いだろ…?巻き込んで傷つけたら…、」
「言い訳はそれだけ?」
信楽はいつもの明るい雰囲気と違って腕を組んで苛立ちを抑えられなかった。
信楽はどんな手を使ってでも月雪を排除したかった。
それも全て一ノ宮の為。一ノ宮が一日でも早く桐生と付き合って笑顔で過ごしてほしい。
それが信楽の目的。
「…杏にこの事バレないようにしてよね。」
「も、勿論…!誰にも話さねーよ…!」
「じゃ、また何かあったら連絡するから。」
と言って信楽は屋上から出て、早歩きで教室向かう。
…使えない奴らだ。こうなったら私が直接…いや、駄目だ。そんなことしたらすぐに杏に気づかれてしまう。と信楽は自分を抑える。
悪いことをしている自覚はある。でも月雪の存在が邪魔で抑えきれないのだ。
すると信楽は曲がり角で誰かとぶつかり、尻餅をついた。益々イライラしてしまう。しかし、ここは笑顔を作って謝るのが先決。
「ごめんねー。早歩きしててさ、よく前見てなくて…って。月雪じゃん。」
最悪な奴とぶつかってしまった。
…今すぐここで目を抉りだしてしまいたい衝動に駆られる。
しかし、月雪は俯いたまま、何喋らない。無視か?いや、様子がおかしいともう一度、苗字を呼ぶと月雪は顔を上げて、その表情にぎょっと驚いた信楽に月雪は泣きながら抱きついた。
「ふえええ〜ん!!」
「ちょ、皆見てるから…!そ、そんなに痛かったのか…?」
取り敢えず中庭に移動しようと歩き、ベンチに座る。未だぐすぐすと泣いているこの後輩をどうしたものか…とげんなりしていた信楽。すると、月雪は話始めた。
「…さっき、保健室で桐生先輩に振られたんです…ひっく、」
「え?何、もう勝敗は決まったの?」
信楽は私の頑張りは一体なんだったんだ…と脱力した。
それもそうだ、元々桐生は一ノ宮のことが好きなのだから、月雪が振られて当たり前だ。
…ついに一ノ宮に幸せが手に入った。よかったね、杏!と心から喜ぶ信楽は思わずにやけるのを抑える。
「…桐生先輩、今は彼女いらないって……。」
………………………は?
これは月雪がまだ保健室にいた頃の少し前の話。保健室の先生はおらず、びしょ濡れになった一ノ宮と月雪は予備の体操着に着替えジャージを羽織った。「郁ちゃんにはさっき連絡したから。すぐ来ると思うよ。」と一ノ宮は携帯を出し、ポケットに仕舞った。
「……助けてくれてありがと。」
意外、とそんなこと言われるとは思ってなかった一ノ宮は目を数回瞬きした。
「いや、私何もしてないし。」
ズゴンと重い石が月雪に落ちる。確かに何もしてない上、あの女子生徒達は一ノ宮を見ただけで逃げてしまったのだ。一ノ宮もなんで逃げたのかよくわかっていないらしい。
「まあ、よく分からないけど、助かってよかったよ。」
「…なんで探してたの…?私達ライバルなんだから、無視したって良かったのに。」
「ちょっと昔の私はそうしてただろうね。でもね、郁ちゃんにとって大切な人が困ってるところに出くわして逃げるような、そんな悪い性格してないよ。」
するとポスンとタオルが投げられた。「髪濡れてるでしょ。それで拭いた方がいいよ。」と一ノ宮は椅子に座り髪を拭き始めた。月雪はそんな一ノ宮を見て本当に綺麗な人だ、と見惚れてしまう。透き通る青い目にさらさらな金髪。本当にこんな人いるんだ…と見惚れる。
…桐生先輩が惚れるのも分かるな……。
そんな月雪の視線に気づいた一ノ宮は思いっきり嫌な顔をした。
「何?」
……前言撤回。
「杏!月雪!」
とドアが思いっきり開いて、二人は少しビクッとした。桐生は汗をかいていて、急いでここにきたのだろうと察した。桐生は二人の格好を見て言った。
「なんで、着替えているんだ?…いや、それよりも何が起きたんだ?」
「…んー、なんかね、後輩ちゃんが「いいんです、私が悪いんですから…。」」
一ノ宮の台詞を遮った月雪の表情は暗かった。だから、一ノ宮は途中で言うのをやめた。
「…私、この勝負負けです。もう桐生先輩に近づきません。話しません…。」
「な、何を言ってるんだい、月雪。」
と、桐生は言うが、月雪はそれ以上何も言わず保健室から出ていこうとするが、桐生が月雪の腕掴んだ。
「月雪、それは「分かってるんです。桐生先輩が好きなのはあの人だということ。もう何を頑張っても…私は勝てないんです。」月雪、落ち着くんだ。まだ勝負は、」
「もうついてるじゃないですか!」
バシンと月雪は腕を掴んでいた桐生の手を無理矢理離した。そんな月雪を見てショックを受ける桐生は何も言えなかった。何故なら月雪の言う通りだったから。
「まだ勝負はついてないよ。」
口を開いたのは一ノ宮だった。
「だって私まだ郁ちゃんに告白されてないもーん。」
すると桐生は月雪を見て言った。
「私は今彼女を作る気は無い。自分勝手で悪いがこの勝負、引き分けはどうだろうか?」
すると月雪の瞳から涙が溢れでた。その涙には悔しさと嬉しさ、両方の思いが込められていた。そして、ひと泣きした後泣くのを我慢して笑顔で
「ありがとうございます!桐生先輩!…そして一ノ宮先輩!」
こうして、勝負は引き分けという形で終わった。
その話を聞いた信楽は杏がそう言うなら仕方ないか…と渋々納得した。桐生の立場から引き分けが最良の結果だったのだろう。しかし、月雪は泣いていた。
「でも、悔しいです…私は結局負けてしまいました…!でも、何故か嬉しいんです…まだ、まだ桐生先輩と話していいと思うと…。」
信楽はそんな月雪の太ももに持っていたハンカチを置いた。そして、立ち上がり、
「私に話したって何も変わらないよ。」
「……、」
「でもさ、嫌な事があってもそれが例え悔しくても吐き出しちゃえばいいんだよ。それくらいなら付き合ってやるからさ。」
すると、ボッと月雪の顔が赤くなった。
……………ん?
「…信楽先輩、優しいですね。」
「そ、そう…?」
月雪の目がキラキラしているのは気のせいだろうか。そろそろ教室に戻ろう〜とそっと歩き出すと後ろから抱きしめられた。
ひ、ひえええええ〜!!!
「私、信楽先輩のことが好きになりました。」
なんですとおおおお!?
*
次の日の登校中。
「莉子おはよー!」と桐生と一緒にいる一ノ宮はとぼとぼと歩く信楽を見つけた。振り向いた信楽の顔は痩せ細っていた。二人共「「!?」」となると「信楽せんぱーい!!」とハートを沢山飛ばした笑顔の月雪が登場して信楽の腕に抱きついた。
「あのお、なんで昨日の夜メールの返事くれなかったんですかあ?私ずっと電話もしてたのに出てくれないし。寂しいですうー。」
二人の空気が読めない一ノ宮と桐生はどうなっているんだ…?と疑問でいっぱいだった。するとそんな二人に気がついた月雪はにこやかに言った。
「桐生先輩、一ノ宮先輩、おはようございます!私、信楽先輩のこと好きになったので、二人のこと応援してますね!」
と破天荒なカノジョは幸せそうに笑った。