秘密
次は体育の授業、クラスメイト達は各自体操服に着替え始める。一ノ宮も着替え始めると桐生が話しかけてきた。
「杏、今日、日直だろう?朝、日誌を取るのを忘れているよ。」
すると一ノ宮は途中で着替えるのをやめて、ありがとうと日誌を受け取る。するとじーっと桐生は一ノ宮を見つめた。…?と一ノ宮は首を傾げた。
「杏はいつもキャミソールを着ているね。」
「……あ、もしかして郁ちゃん、私の下着姿見たいとか?」
「い、いいや、そんなことない…!ちょっと気になっただけだ。」
と顔を赤くした桐生は席に戻っていた。
*
「杏ってなんで大浴場使わないの?」
その日の夜、信楽が一ノ宮の部屋に遊びに来ていた。
一ノ宮は皆が入る大浴場に入ったことがない。毎日部屋に備えてあるシャワーで体を洗っている。
「だってえ、自分の体に自信なくて入れないんだもん〜。」
「出た、久しぶりの猫かぶり。最近、会長の前でもしなくなったよね。」
「だってもうバレちゃったし、それも…。」
「それも?」
するとパキーンと一ノ宮は持っていた鉛筆を割った。
「あの後輩がムカつく……!!」
郁ちゃんにベタベタしやがってえ…!!とわなわなと怒りが込み上げる一ノ宮に信楽はどうせ杏が勝つのにそんなに怒らなくていいのに、と思っていたが言わなかった。
一ノ宮は桐生の気持ちに気付いていない。いや初めの頃、桐生の心を弄んでいた時、敏感に桐生の気持ちに気付いていた。
……それ程までに月雪の存在が邪魔なのか…と信楽は確信する。
「杏、月雪のこと嫌い?」
「え、うーん、まあ…。」
すると「そっか。」と信楽は言って部屋を出た。
…なんだったんだろう、今の。
とポツンと部屋に残る一ノ宮は信楽の質問の意味が分からなかった。
コンコン、とある部屋がノックされる。部屋の中から「ちょっと、誰〜?」と目を擦りながら出てきたのは一ノ宮達と同じクラスで所謂ギャルグループのボス位置にいる生徒。彼女は訪れた者を見るとビクゥッと怯えて目を丸めた。何故なら未だ信楽は去年の件で一部生徒から恐れられているからだ。
「し、信楽い!?な、何の用…!?あたし、何もしてないよ!?」
「そんなにビビるなって。ちょっとお願いがあってきたんだ。」
「お、お願い…?」
すると信楽は怪しく微笑んだ。
*
「もー!また、私と桐生先輩の邪魔するんですか!」
「郁ちゃんは誰のものでもないもーん。」
毎朝恒例になっている桐生の取り合いに他の生徒は何が起きたんだろうとヒソヒソと噂が出来始めていた。しかし、二人にはそんなことどうでもよくて、バチバチと火花を飛ばしていた。
「いい加減にしてください!桐生先輩に先に告白したのは私なんですよ!」
と月雪はがばっと桐生を抱きしめると、一ノ宮は負けじと桐生の腕に抱きつく。
…女の子同士でも抱きついたら、いくらドラマでキスシーンしてる桐生先輩でも私を見てくれる筈…と自信満々に思って月雪はちらりと桐生の顔を見る。しかし、桐生は月雪の方を見ていなくて、一ノ宮を見つめて頬を赤らめていた。
思わず、月雪は青ざめて桐生から離れ、「…そんな……そんな…、」と呟いた。そんな月雪の様子に気づいた桐生は「月雪…?」と話しかけた。
「…桐生先輩の嘘つき……。」
「月雪…?どうした…?」
すると月雪の目から涙が溢れた。
…そんな、あり得ない。……桐生先輩は私の告白を受けいれてくれたのに…なんで、あいつにそんな表情をして見つめるの…?と月雪は涙を拭きながら走って校舎へと向かった。残された桐生は何かしでかしてしまったのだろうか、と考えても思いつかなかった。
「……ねえ、郁ちゃん、嘘つきって?」
「わ、私にも分からない。」
すると一ノ宮は桐生から腕を離して言った。
「…私が言うのも何だけど、もし、何か約束していたのなら謝った方がいいよ……。」
「杏?」
一ノ宮はそう言って歩き始めた。
周りの生徒が見ている中、鼻を鳴らしながら涙を拭く月雪は誰もいない校舎裏に行き、しゃがみこんだ。
…こんなの私が負けに決まってるじゃないか…と月雪は諦めていた。
もう憧れの桐生先輩と会えない、話せない。そんな…そんなことって…自分から言ったことに今更反省した。
自分から言い出したんだ。月雪は負ける訳がないと思っていた。しかし、桐生が一ノ宮のことが好きだということを知ってしまった。
「ひっく、ぐっす…」
涙が止まらない。
負けてしまった、それが悲しくて辛くて涙が止まらないのだ。
「なーんだ、こんなところにいたの?」
ふいに知らない人の声がして月雪は立ち上がって周りを見ると5人の女子生徒に囲まれていた。
「だ、誰…?」
「別に誰でも良くなーい?…ねえアンタが桐生の彼女?」
「……そ、それは、」
そんなこと聞いてどうするんだろう、この人達は桐生先輩の友達…?と月雪は予想する。
すると一人の女子生徒が月雪に向かって歩いて、月雪は思わず一歩下がった。
「まあ、私には関係ないんだけどさ、頼まれちゃって。ねえ、桐生にベタつくのやめてくんなーい?」
ポツポツと雨が降り始める。空は暗く、次第にそれは大雨となっていった。
返事をしない月雪に痺れを切らしたのかその女子生徒は月雪の肩を押し、べちゃりと水を含んだ土の上に月雪は地面に尻餅ついた。
「ねえ、ちょっと聞いてんの!?」
…怖い……怖い…!誰か助けて……!!と泣き始める月雪。
「ねえ、何してるの?」
その声にハッとして月雪は声がした方に振り向いた。
そこには雨でびしょ濡れの一ノ宮が立っていた。
「…一ノ宮!?」
「…?先輩…?」
すると女子生徒達は「ヤバイ、一ノ宮だよ…!」「か、帰ろ帰ろ……!」と怯え逃げ始めた。その反応に一ノ宮は何かしたっけと頭の上にハテナマークを思い浮かべる。
「大丈夫…?じゃなさそうだね。」
「どうしてここが…?」
「…郁ちゃん、嘘ついたんでしょ。だから、謝らせる為に探してたの。クラスにはいなかったし。そっちこそ、なんでああなってたの?」
「わ、分からない…。」きっと私が桐生先輩に近づくのが気に入らなかったんだ…としょげる月雪に、一ノ宮は言った。
「まあ詳しくは保健室で。着替えよ。うえっくしょい!」
とくるりと、一ノ宮は月雪に背を向けた。その時、月雪は目を丸めた。
「ちょ、せ、背中背中!」
一ノ宮の背中を指さした。そんな本人は「ん?」と気づいていなかった。
月雪が驚くのも無理はない。何故なら一ノ宮の背中は雨で濡れてとあるものが透けていた。
ーーそう、一体の龍の刺青が。
それに気づいた一ノ宮はいたずらっ子のような目つきで微笑み、シーッと口元に人差し指を当てた。
「これは誰にも秘密ね。」