結果は決まっていた
夜、台本を読んでいた桐生の部屋のドアを誰かがノックした。桐生は台本を机の上に置いてドアを開くと「やっほ、かーいちょ。」棒突きキャンディーを持ってピースする信楽の姿に桐生はそっとドアを閉めようとする。
「こらこらこら、折角遊びにきたのに閉めるとは何事だ。」
「今、私は忙しいんだ。遊び相手が欲しいなら杏のところへ行ってくれ。」
「だって杏ちゃん、もう寝ちゃって相手してくれないんだもーん。」
とキャピ声で言う信楽に桐生は寝たふりしておけば良かった…と反省しながらドアを開いた。「会長、やっさしー!」と信楽は部屋に入る。
「わー、台本とか散らばってて部屋汚いねー、会長。」
「お前の頭の中には遠慮という言葉はないのか。」
桐生は信楽を無視して台本の続きをしようとしたがベットでゴロゴロする信楽は「かーいちょ、かーいちょ、」と煩い。台本が頭に入らない。我慢の限界にきた桐生は、バタンと音を立てて台本を閉じて信楽の方を見てキレた。
「煩い!私は忙しいと言った筈だ!」
「だってえ、暇なんだもん。…というのは冗談で、」
と信楽はニヤニヤしながらゴロゴロするのをやめてその場で胡座をかいた。
「会長はどっちが好きなの?」
「…何の話だ。」
「勿論!月雪と杏の話だよ?」
その言葉に桐生は黙ってしまった。
何故なら最初から勝敗は決まっているからだ。でも、言えなかった。言えば片方とはもう話すことも出来ないのだから。
「杏。」
「!」
「まだ杏のことが好きなんでしょう?」
相変わらず勘が鋭い…と桐生は思わず感心してしまう。
「で、どうするの?」と信楽は問う。
「どっちかしか選べないんだよ?月雪か杏か。選ばれなかった方は悲しいよねー。大好きな会長と話すことすら許されないんだから。」
「……。」
「でもさ、それって理にかなってると思わない?」
「?どういうことだ?」
信楽はキャンディを歯で割ってガリポリと食べ終わると続けた。
「だってライバルから大好きな会長を離せられるんだよ?会長にはファンも多い、一人だけでも噂で彼女しか会長に近づくことは出来ないと仮に流れたらどうなると思う?」
「……私の彼女になったら、その彼女しか側に置くことが出来ない。」
「せいかーい!」と信楽は持っていたキャンディを桐生に投げ、彼女は上手くキャッチした。
「まあ、仮の話だけどね。女の子は噂好きだから。それに会長は目立つしね。」
「その話をしにきたのか。」
と桐生が言うと信楽はニヤリと口角を上げ、ベットから降りてドアまで歩いていった。そして、立ち止まって言った。
「この前も言ったけど私、杏のこと大切な友達だと思ってるから。」
……だから、分かってるよね…?と信楽の目が光り、桐生はドッと冷や汗を流した。するとすぐにパッと笑顔になってドアを開け手をひらひらとさせながら「じゃーね!会長、まったあっしたー!」と部屋から出ていった。
……桐生は一ノ宮が好きだ。
けれど、月雪には告白を一度は断ったものの、了承した責任がある。
どっちか選べば片方とは会えなくなる。
杏を選べば月雪と会えなくなる。
月雪を選べば杏と会えなくなる。
その上、信楽に何をされるか分からない。
彼女は去年、大切な物を壊された時、相手に遠慮なく襲いかかり退学させたことがある。
「……こんなのもう答えが決まってるようなものじゃないか…。」
はは…と空笑いする桐生。
*
次の日の朝、登校中に桐生を見つけた一ノ宮は笑顔で「郁ちゃん、おはよー!」と抱きつく。桐生はその行動が嬉しくて思わず心臓の鼓動が早くなる。月雪が自分に触れてもどうも思わないのに、一ノ宮だけならそうなってしまう。
可愛い、好きと言いそうになるのを必死で抑える桐生。
「郁ちゃん?」
「い、いいや、何でもない…おはよう、杏。」
すると、一ノ宮は桐生の腕を組みご機嫌そうに鼻歌を歌う。しかしそんな些細な幸せは月雪によって打ち砕かれる。バシーン!と月雪が一ノ宮に鞄で後ろから叩く。
「こ、このクソ後輩〜〜!!」
「やーん、怖ーい!助けて、桐生せんぱーい!」
と今度は月雪が桐生に抱きつく。叩かれたところを抑えて涙目になる一ノ宮はわなわなと怒りが込み上げてきた。
「ちょっと、後輩!謝ってよ!めちゃくちゃ痛かったんだから!」
「嫌ですー。ライバルに謝る必要はないのですー。ねー?桐生先輩?」
「え、いや、」
その瞬間、ビクゥッと桐生は鋭い視線を感じた。
「朝から大変だね〜3人方。」と呑気な声で登場してきたのは信楽だった。そう先程の視線の正体は信楽。そんな信楽は月雪に向かって「月雪、謝りな。」と言った。しかし、月雪は無視。
「月雪。」
もう一度名前を呼ぶが月雪は無視。不味いと思った桐生は腕にしがみつく月雪に「つ、月雪、信楽の言う通りにしろ。」でないと信楽に何をされるのか分からない。
「えー、でもー、」
「つ、月雪、謝った方が…さっきのはお前が悪い。」
「…桐生先輩がそう言うなら仕方ないか……。鞄で叩いてごめんなさい…。」
すると信楽はニコリと微笑んで「よく出来ました。」と月雪の頭を撫でた。
危なかった、と桐生は思う。もし、ここで月雪が謝らなかったらきっと首を絞めているところだろう。
今、信楽が一番大切にしているのはきっと一ノ宮だ。
だから、もし先程の様な、一ノ宮に何かあったら……恐ろしくて何も言えない。
桐生は一ノ宮を選ぶしかないだろう。いや、元々初めから結果は出ていたのだ。
一ノ宮を選べば、大好きな一ノ宮を選べば全てが解決する。
「莉子ー、ナイスタイミング!」「へへー、後でお菓子奢ってね。」と何も知らない一ノ宮は信楽と話していた。
ふと、桐生と信楽の目線があった。すると信楽は声に出さずこう言った。
「まだ終わらない。」