正反対な後輩
「寝たか……。」
ここは一ノ宮の部屋で、 彼女は柳の件で泣いて泣き尽くして疲れて寝てしまった。目には擦った痕が見受けられる。そんな一ノ宮の頭を撫でる桐生は安心したように溜息を吐いた。
ーーこれで一ノ宮杏は誰のものでもない。
柳の死を良く思う訳ではない。でも、これはチャンスなのかもしれない。
桐生は寝ている一ノ宮に顔を近づける…が、止まり離れ、椅子に座り直した。
私は何をしようしていたんだ、と自分を抑える。
ーー誰にもバレなければいいのでは?
悪魔が囁く。そう、誰も知らなければ、バレなければいいのだ。
…なんて馬鹿げている。自分のモラルに反する、と桐生は一ノ宮から離れた。
そして、桐生は一ノ宮の部屋を出た。
*
次の日、とぼとぼと登校して暗い顔をしている一ノ宮はまだ柳のことを引きずっていた。
…私がちゃんとしていれば葵ちゃんは死ななかった。彼女を怖いなんて言うから……と、心の傷は未だ深く刻まれていた。
「おはよう、杏。」
珍しく桐生から話しかけられたが、一ノ宮は振り向く事なく小さな声で「…おはよう。」と言うと、桐生は心配そうな表情をした。
「…杏、あまりしょげていると周りが心配するぞ。柳の件は杏のせいじゃない。」
「…でも、「せんぱーい!おはようございますー!!」」
「うっ、」と思わず声を出す桐生に抱きつくのは、ツインテールがチャームポイントな桐生の彼女だった。空気を読まず飛んできたその生徒はニコニコと笑顔で桐生の腕を組む。「…ちょ、今は…」と止めさせようとする桐生を他所に後輩はハートと飛ばしてくっついてくる。
その様子を見ていた一ノ宮はカチーンと頭にきて反対側の桐生の腕を掴んだ。
「誰だか知らないけど、今、郁ちゃんは私と話してるの。どっかいって。」
「あー!貴方知ってる!よく桐生先輩にくっついてるやつ!」
とビシィ!と後輩は一ノ宮を指差す。
「指差すな、後輩の癖に。」
「一時期、桐生先輩と付き合ってる噂になってたんですよ!でももう別れたんですよね?じゃあ、貴方が手を離すべきじゃないんですか!?」
「つ、月雪、今ちょっと離れてくれないか。」
「!?なんでですか、せんぱーい!私こんなに好きなのに!!」
と月雪はぎゅーと桐生の腕に強く抱きしめるが、一ノ宮は反対に桐生を引っ張る。
「おー、なんか面白いことになってんな。」と信楽が登場した。ププーと笑いながらカシャーンと携帯でそんな3人の様子を撮る。
「よく生徒会長の前で携帯が出せるな。」
「いやあ、ここは撮っておかないと、と思って。モテるねー、会長。」
じゃ、遅刻するからさらば!と信楽は一ノ宮の襟を掴みズルズルと引きずって校舎へ向かった。
残された桐生と月雪はそんな二人をボーッと眺めていた。
「あ!私も学校行かなきゃ!先輩、お昼一緒に食べましょーね!」
と破天荒な彼女は笑顔で去っていった。
*
「月雪花?」
「そ、今朝のあの後輩の名前は月雪花。高1で会長のか・の・じょ。」
「ふーーーん。」
と一ノ宮は面白くなさそうに頬づえをついた。その様子を見て、ニヤニヤと信楽は言った。
「へー、ヤキモチ?」
「…なんでよ。」
「杏は素直じゃないなー。会長のこと忘れられないんでしょ?」
…煩い、と一ノ宮は小声で言う。
少し間だけでも一ノ宮と桐生はいい感じになっていたのだ。なのに、捻くれた私と正反対なあんな心から素直な子が桐生の彼女なのだ。
むむ…と一ノ宮は面白くないと頬を膨らませた。
「まあでも安心したよ。」
「?何が?」
「杏が元気で。柳さんの件で落ち込んでると思ってたから。」
「……。」
確かに落ち込んでいた、しかし一ノ宮は突然のあの例の後輩のせいでそれどころでは無くなってしまっていたのだ。
…あの子が郁ちゃんの彼女。……郁ちゃんの彼女…。もうキスとかしてんのかな…とぐるぐる考える一ノ宮。
そんな一ノ宮の空気を読んだのか教室のドアが勢いバァンと開く。
「桐生せんぱーい!お昼一緒に食べましょー!」
席に座っていた桐生にクラスメイトの視線が集まる。ずーん、と桐生は手で顔を隠した。
…なんでそんな大声で言うんだ。杏に聞かれたらどうするんだ……と桐生はちらりと一ノ宮を見るとこちらを見ずに信楽と話していた。
ガーン、とショックを受ける桐生。
桐生は仕方ないと弁当を持って後輩の元へ行くと後ろからトントンと指で叩かれた。ん?と振り向くと笑顔の信楽とツーンとして目を合わせてくれない一ノ宮は襟を掴まれていた。
「どう?私達も一緒に食べたいな。」
と音符マーク付きで信楽は言う。
「あ、ああ、構わないが…。」とちらりと一ノ宮を見ると月雪とバチバチと火花が飛んでいた。
「それじゃ、中庭で食べよっか。」
信楽はウインクした。
*
「桐生せんぱーい!私、お弁当作ってきたんですよー!良かったら食べてくださーい!」
「あ、ありがとう。」
「郁ちゃんは自分の弁当あるからいらないんじゃない。」
と桐生を挟み座っている一ノ宮は月雪をじとーっと睨む。そして再び二人の間で火花が飛ぶ。
「なーんで、貴方がついてくるんですか!もう桐生先輩の彼女じゃないんですから近づかないで下さい!」
「別にー。どこで食べようが私の勝手だもーん。もぐもぐ。」
「あ、それ!私が桐生先輩の為に作ってきた弁当!食べないで下さい!」
「莉子、食べる?」
「お、いいの?美味しそう〜。」
「話聞けー!!」
ともぐもぐと桐生の為に作ってきた月雪の弁当は空になった。
「…杏、いくらなんでもやりすぎじゃ……。」と宥めようとする桐生に一ノ宮は彼女の腕にしがみついた。ボッと顔が赤くなるのが自分でも分かる桐生。
「ちょっと!私の先輩に触らないでください!」
「女の子同士なんだからこれくらいのスキンシップはとーぜん。」
「むきー!もう頭にきました!」
すると今朝のようにビシィッと月雪は一ノ宮を指差した。
「宣戦布告です!一週間で私と貴方、桐生先輩がどっちが好きか決めてもらいます!選ばれなかった方は二度と桐生先輩にくっつくどころか話すことも許しません!!」
「ちょ、月雪、何を勝手に、」
「いいよ。その勝負乗った。」
「杏!?」
「おー、面白そうじゃん。頑張れよー3人共。」
と月雪の宣戦布告を受けた一ノ宮は余裕余裕と自信たっぷりだった。
…こうして桐生争奪戦が幕を開けた。