起法なる錬成を築く砦となる
遂にこの日が来たか
俺は志高く、絶世の天気に手で顔を隠しながらそう溢した。
アカメとの交渉をして、あれから二ヶ月経っていた。あれ以来声も聞いたこと無い。近況報告とかくらいはこまめにしてほしいのだが、俺と報告による密告から事態を発覚させたくないのだろう。つまり安全第一ということか。
「よごれちまった悲しみに今日も風さへ吹きすぎる……」
「……何言ってんです?……壊れましたか?」
隣にいるレンが答える。
現在の季節、真夏。
今日の天気、快晴。
しかも無風。
あぁ、なんて日だ。
今日は月に一、二回訪れる大仕事をしに来たのだが、あまりに絶好の天気に、俺たちはちょっと歩くだけでも体力を毟り取られ、挙げ句の果てには公園で、木や葉で日陰になって涼しい所にある木造の青色のペンキが所々剥げ落ちていてる古びたベンチに、俺とレンの二人は凭れかかっていた。
「知らなぇのか?中原中也の山羊の歌」
「知ってますよ……読んだことありますから……」
中原中也
詩人でもあって、歌人でもあって、翻訳家でもあった昭和の文豪である。中でも山羊の歌が代表作。前文だけでも聞いたことがある人は少なくないはず。
まぁ、実は俺も前文しか知らないが……
「"こっち"に来た時の日本語の勉強のために本を片っ端から漁ったのですよ」
"こっち"
レンが"こっち"に来たのは推定七歳か八歳かの時だと言う。人質になった"あっち"の人々は「魔学」に対する実験と、"こっち"の勉強を詰め込めさせられたらしい。そして、レンがこっちに来てはや五年……いや、たった五年で、知能レベル的には難関大学の問題もこなせるレベルの知能係数を持してる。
つまり、俺から言わさせて貰えばこいつは怪物だ。
「へぇ、日本語……」
「だってゲイヴさんハーフですよね?」
よくご存知のこと。
俺はレンがそれを知っていたことに素直に驚いた。
父型が日本のハーフだ。なのでよく日本にはよく出向くし、俺自身大好きな国だ。
ハーフが政治や軍の最高司令部に居るのは珍しい、というよりここまで来た人はそういないだろう。それだけ俺はこの国……いやこの世界に貢献していたとでも思って欲しい。
「お前純文学好きなのか」
「まあ、好きですよ。嫌いだったら山羊の歌なんか絶対読みませんからね」
俺は少し黙り、レンの顔を見て言う。
「俺はそんなに好きじゃないんだ」
レンは黙った。
恐らく、好きなモノを否定された怒りか、あるいは山羊の歌を知らないことを攻めそうになったのに、いざ自分は読んだことないことの不満か。
あるいは両方か。
「いや、まぁ、小説はそこそこ読むんだけどな。そこら辺の時代の作品は読んだ事ない。太宰も、芥川も、漱石も。」
「まぁ、わからなくもないですけど、人それぞれですし」
人それぞれ
俺はその言葉に違和感を覚えた。
普段だったら対抗し、抵抗してくるだろう。
「珍しいな、自重か?」
レンは黙る。
そして、ため息ひとつ付いた。
「そろそろ遅刻しちゃう時間ですよ、行きましょうか」
<<<<<<<<
俺は、とある海岸に来ていた。
そして目の前には辺りの山の高さを超え、"巨大"に定義があるなら、おそらくそれを凌駕しているのではないかと思うくらいの大きな門、通称「ゲート」( 正式名称:equilibrium world gate)が堂々と聳え建っている。
エネルギー消費も大きいせいで、コードがぐちゃぐちゃとしていて、不規則な光がポツポツと点灯していて、見るだけで不健康になりそうなモノだった。
俺が思うに、「混沌」というタイトルが似合うアート作品に似つかわしい。
我々は異世界にこちらから行く手段、「ゲート」を、とある天才博士の科学的論文の元、作ることに成功してこうして建っている。
これが出来上がってもう六年だろうか。
そう考えるも、六年間生きてきて頭に浮かんでくるのはギリギリで凌ぎを削った戦争の事ばかり。
俺は目を閉じてスッと笑う。
皮肉なモンだよな、戦争を止める為に戦争する。
皮肉というより矛盾といったところだろうか。
「準備が整いました指揮長!」
「了解、レン準備だ」
と、言ったものの、俺とレンは既に準備は出来ていた。
俺もそうだが、今日はじっとはしてられなかったのだ。
そして俺はパンパンに腫れ上がったとんでもなく大きいリュックを背負い、歩き出す。
その目の前には、また大きなトランクだった。「ゲート」が開くのに膨大なエネルギーが必要になる。それによって放出される風や圧力に耐えるために、このトランクに乗って放り出される。
つまり一つの巨大な部屋を丸ごとぽーいと投げ入れて"あっち"に放り出されるワケだ。
アホだろ。
もっといい方法あるとおもわねぇか?
異世界に行く方法がわかっても、門をくぐる方法はこんなにも原始的なんだぜ?世も末だわ。
「此度、一番隊指揮長ゲイヴだ。よろしく頼む。いつも通りになるが、現地に着陸後は一旦情報収集に励むものとする。もし、敵地本拠地への着陸になった場合や、着陸後に緊急時には発砲の許可をする。」
「A班了解」
「B班了解」
「C班了解」
「大隊長、レン了解」
「よし、一番隊発進準備にかかるよう、以上」
と、俺はその大きなトランクに入った後、俺の定位置に座った後に、今回のいつも通りのことを伝えた。
でもこれで終わりだ。
この矛盾から解放される。
もう、俺は居なくなる。
こうして、「ゲイヴ=エヴィス」と「レン」という人物はこの世界から消失したのだった。