光へ
瑠璃は、鼻歌交じりで料理をしている。理樹と一緒に食べようと思ってカップ寿司を作っているのだ。
理樹の小屋。洋服を地面に並べ、一枚ずつたたんでいる。そしてTシャツはTシャツの上にのせ、靴下は靴下と綺麗にまとめて積んでいく。そしてたたんだ衣類を大きなディーパックに詰めていく。
瑠璃は、綺麗に詰められたカップ寿司を、上から、そして横から嬉しそうに眺めている。
理樹は、意を決したように立ち上がり、バックを背負った。
瑠璃は、玄関へ向かい、お気に入りのシューズを履いた。
理樹、小屋を後にし、少し歩いて振り返る。
瑠璃、嬉しそうに、作ったばかりのカップ寿司を持ち上げ、「美しい」と満たされた表情。
理樹は空を見上げて、「美しい」と晴れやかな表情。
理樹の家に着くと、一通の手紙が袋に入れて扉に掛けられてあった。表には、「瑠璃さんへ」と書かれていた。首をかしげながら手に取り読み始めた。白の便箋に青の文字で書かれていた。きちんと整列された文字でこう書かれてあった。
『瑠璃さんへ
突然の手紙に驚いているでしょうか。
また旅に出るときが来たようです。雲を追いかけることで、私の人生も一緒に創られていく。
自分が自分であるために選びました。
また、お会いできる日を楽しみにしています。
理樹』
瑠璃は、読み終わると、グラッと体が揺れ、カップ寿司を落とした。そして小さな声で呟いた。
「捨てられた… また捨てられた…」
その瞬間、暗い闇が一気に瑠璃の心を渦巻いた。
「理樹さんまで、お母さんと同じことをするの。どうして? なぜみんな私から離れていくの?」
熱い怒りと悲しみがこみ上げてきた。そして、重くて暗いドロドロした感情が、体の底から湧き上がってきて、立っていられない。瑠璃の意識は一気に真っ逆さまに落ちた。急落下で落ちた。その落ちていく感じは、一瞬で落ちるのではなく、まるでスローモーションのように、はっきりと落ちていく様を感じられた。全身で、心で感じられた。奈落の底へ。闇の世界へ落ちていく。風を切る感じ、風が髪を乱し、頬に当たるひんやりした空気。何もかもが、今まで感じたことのない恐ろしく気持ちの悪い感覚だった。
「落ちていく、私は落ちていく」
ブラウスの袖やリボンがヒラヒラとなびいている。
真っ逆さまに落ちていく。どこまで落ちるというのか。下の下、もうこれ以上、下のない場所。底辺まで落ちたようだ。瑠璃はたたきつけられた。
ひんやりとした固い肌触り、人はどん底まで落ちきると、そこから上を見上げるものだ。ぼんやりする頭で上を見上げていた。遠く空高く、小さな明かりが見える。そこへ向かって、震えながら右手を伸ばした。死を意識した瞬間だった。
(ひもはどこにあったっけ? 何処にかければいいだろう)
(紐の結び方は、確か、絶対に解けない結び方があった。)
ふと、ある光景が浮かんだ。それは子どもの頃……。家だ。居間でお母さんと向かい合って座っている。
「こうやって結ぶと、絶対にほどけないのよ。いい? 覚えてね。こうやるのよ。シュッ、キュ、キュキュ、シュウよ」
とリズムをつけてやってみせる。お母さんは、幼い瑠璃に何度も紐の結び方を教えている。
「もし、火事になって逃げ遅れたら、こうやってこうして、シュッ、キュ、キュキュ、シュウって、紐を結んで窓から降りるのよ。瑠璃、わかった?」
お母さんの優しい懐かしい声。もうろうとする中、瑠璃の手はその結び方を思い出すように、かすかに動いていた。
「この結び方は安全を守るものなの。命綱と呼ばれ、命をつなぐものなのよ。ちゃんとできる? 瑠璃?」
シュッ、キュ、キュキュ……
瑠璃の手が止まった。涙が頬を伝わってこぼれ落ちた。




