不思議な空間移動
近頃の瑠璃の一番の楽しい時間は、理樹と一緒に空間を共にすることだった。ふたりはよく語り、笑いあった。そんな時、空から降り注ぐキラキラの光には虹がかかり、音符が弾むように軽やかなメロディーを奏でる。
理樹は、瑠璃の生い立ちを受け入れてくれた。母親に捨てられ、洞窟で5年もの間ひとりで暮らしていたなんて、そんな話を聞けば、体験した本人よりも、聞いた人の方が驚くに決まっている。大地さんと奈々子さんがそうだった。瑠璃のみすぼらしくて痛々しい姿、洞窟での暮らしを聞いた時の、あの取り乱しかたは、今でも瑠璃の脳裏に焼き付いている。それ以来、このことは話さない方がいいと思っていた。それが、理樹には自然に話せた。何のためらいもなく話せたのだった。
理樹は、深く大きく頷いて、少しの間、目をつむった。その一連のしぐさは、まるでこのことをかみ砕いて、理解しようとしているかのようだった。そんな理樹から、温かい想いを感じたのだった。
今日もまたカフェで本の感想を話し合ったりして、おしゃべりを楽しんでいた。その中で不意にこんなことを語りだした。
「私は神様の想いや言葉を必要な人に伝えたいの。私にはわかるの。この参拝者さんに合う薬はこっちの方よ……とか、夢の実現につながる素敵なご縁を用意しているけど、その前に今あなたが出来ることをやりきってね、それからよ……とか。そういうことを神様の代わりに伝えてあげたいの」
瑠璃の頬はうっすらと赤みを増し、少し涙ぐんでいる。
「だってね、参拝者さんが本殿でお参りするでしょう。そうすると必ず、神様がお出ましになるのよ。そしてじっと願いを聞いているの。それはもう真剣にね。だから……」
としゃっくりをひとつした。
帰り道、瑠璃は不安になった。神様が見えるのだの聞こえるだの、変な人に思われなかったか……。
あんな話しなければよかった……。
それでも一緒に過ごした時間は楽しかった。理樹が話したこと、教えてくれたこと、ふたりで笑いあったこと、色々思い出していた。その時々の彼の表情や、声、笑った顔を何度も何度も思い出しては、嬉しくなっていた。
が、ひとつ妙なことに気が付いたのだ。それは、神様の御神託を伝えたいと話していた時の座っている席だ。ずっとふたりは正面で向かい合っていた。しかし、その話をしていた時だけは何故だか並んで座っているのだ。まるで瑠璃が席を移動したかのように。
そんなはずはないと、何度も思い出してみるのだが、その話の時だけ、ふたりは並んでいる……。
隣に座っている理樹に、あの話をしている自分がいる……。
もちろん、実際は移動することなくずっと同じところにいた。それなのに、となりに座っている理樹と話している姿が浮かぶのだ。それ以外の話の時には、理樹はいつも私の正面にいる……。
あの時だけは、瑠璃の記憶の中で空間が歪んでいた。




