笑顔の練習
瑠璃にとって、外の世界は初めて見るものや驚きを感じるものばかりだった。どこに向かって行こうとしているのか、何を求めているのかもわからない。そんな瑠璃の前に、次々と仲間が現れた。
まず最初に、大和という名のヘビが姿を現した。蝶ネクタイにベスト姿の紳士的なヘビだが、樹々の枝を自らの尻尾でなぎ倒し、道案内をしてくれた。仲間たちのまとめ役で、一目おかれている。
夜になると、子どものフクロウが現れたが、幼過ぎてまだ言葉を話せなかった。しかもフクロウの鳴き方「ホ-ホー」と鳴けず、「ヒホー」とか「ウーホー」とか変な鳴き方をする。大和に算数を教えてもらっている時、間違えて答えた瑠璃の隣で、気持ちよさそうに「アホー」と鳴いて、みんなを固まらせたこともある。それでも夜になると目をパッチリ開けて灯りとなり、瑠璃を安心させた。名前がまだなかったので、「茶々丸」と命名した。
森の中には、悪さをする物の怪がたくさんいる。黒い影や怪しいモヤなどに呪いをかけられ、心を持っていかれそうになったり、進む道を誤らせたりと油断が出来ない。そんな怪しい存在にいち早く気づき、威嚇して守ってくれる二頭の犬たち、右京と左京。自分たちのするべきことにブレがなく、力強く頼もしい存在だ。
一番体が大きいのが、龍の雪之丞。貫禄のある青龍で、海や滝を越えるときなど、背に乗せて渡ってくれる。しかしこの龍、ゴツイ見た目とは違って美意識が高く、乙女チックである。
仲間たちはいつも歌を唄い、元気いっぱい旅を続ける。いつしか自分たちのことを「組曲団」と名乗るようになった。そんな仲間たちと共に、新しい世界を目指すことになった瑠璃は、初めて自分以外のものとの繋がりを感じているのだった。
仲間たちには少し気になることがあった。それは瑠璃が笑わないこと。誰も笑顔を見たことがなかったのだ。大和は少し下を向いて考えるようにして言った。
「あの子は、笑わないのではなく、笑い方を忘れているのだ」
それから、笑顔の練習が始まった。口の両端を手で押し上げ、歯を見せるようにする。これが笑顔だと。みんなに囲まれて引きつりながら笑顔を作って、
「これでいい?」
と、少し変な顔を見せる瑠璃だった。
最近では、上手に笑えることが出来るようになった。時には、キャハハッと口を大きく開けて笑うこともある。つまらない仲間のギャグには、お愛想笑いもする。仲間たちはみんな、瑠璃の笑顔が大好きだった。
瑠璃は不思議だった。
(私が笑うと、いつも空からキラキラした光のオーラと共に、メロディーが降り注いでくる。とても綺麗で、温かい感じがする。それが私を一層、幸せな気分にさせてくれる)と。
みんなで助け合ったり、勉強を教えてもらったりしながら、旅は続いた。そんな仲間との交流を通して、今まで味わったことのない穏やかな気持ちになっていた。
瑠璃は、よく笑うようになっていた。
「ここからはひとりで行きなさい」
大和の穏やかな声に、ほかのみんなも頷いた。
瑠璃はもちろん寂しさはあったが、でも不安や心細さはなかった。今まで一緒に過ごした時間に、愛と優しさ、喜びをたくさんもらったからだ。スカスカだった瑠璃の心は潤い満たされていた。泣かないでちゃんと別れを伝えられた。もちろん、とびっきりの笑顔で。
ひとり、森の樹々の小道を歩いて行く。空には大きなトンビがのびやかに気持ちよさそうに飛んでいる。風と葉っぱはサラサラとなびき、まるでおしゃべりをしているように楽しそうだった。
この先には何があるのだろう?何が待っているのだろう?
「私の新しい人生が始まる」
そう思うと、ワクワクしてきた。
その時、急に目に飛び込んできた風景に、瑠璃は目を見開き、体は震えた。細胞の隅々にまで、ドクドクと熱い血が流れるのを感じた。こみ上げてくるほどの激しい感動。感極まって立ち尽くすしかなかった。




