推しから殺されそうです!〜第二王子視点〜
「あなた、私の騎士になって下さる?」
穢れを知らない澄んだ瞳が真っ直ぐ射抜く。
俺はあの日、確かに貴女に囚われた。
俺はノヴァルディ王国の第二王子として産まれた。側妃であった母は病弱な人で、俺を産んだ後息を引き取ったらしい。
何の後ろ盾もない側妃の王子など、命を狙われる対象でしかない。
俺は正妃と、その息子である第一王子から案の定命を狙われた。食事に毒を入れられ、暗殺者を送り込まれ。それでも生き延びてこれたのは偏に俺の魔力が高かったからに他ならない。次々と送り込まれてくる刺客を数えられないほど返り討ちにしてきたが、何にでも限界はある。俺は13歳のとき暗殺者を仕留め損ね、国から逃げ出すのを余儀なくされた。
追跡者は執拗に追ってきたが、崖の上から滝へと飛び込んだのを見届けて、流石に死んだと思ったらしい。俺は濁流に飲まれながらも魔法を使って何とか岸へとたどり着き、そのまま隣国のヴァレンティン王国へと亡命した。
ヴァレンティン王国は交易が盛んで、豊かで平和な国だった。平和ボケしていると言ってもいい。そんな国でも闇の部分はやはりある。俺は魔力で髪色を変え、スラムに紛れ込んだ。(瞳の色は個人の魔力を映すため変えられなかった)
スラムでの生活は酷いものだった。盗みでその日その日を何とか生き延びる。喧嘩も日常茶飯事。王子であった時と変わらず生きるのに必死だった。何故必死だったのかは自分でもよく分からない。別に自分を陥れた正妃や兄に復讐しようという強い意志があったわけではない。自分には魔力がありながらも無力であることは知っていたし、別に王になりたいわけでもなかった。ただ、ここで野垂れ死んでしまったら何だかそれは本当に悔しいと、漠然とその思いだけは胸にあった。
そんなある日、俺はある少女に出会った。
どこかの貴族のお忍びだろうか、目立たないようにはしているものの仕立ての良い身なりをしていた。金の髪に、大きな緑の瞳。緑ということは風の魔力でも帯びているのだろうか。随分と整った顔立ちをしている。
年の程は5,6歳ぐらいだろうか。
お世辞にも治安が良いとは言えないこの場所に何故こんな少女がいるんだ。
少し戸惑いながらも、思わぬ副収入が見つかったと俺は内心ほくそ笑みつつ、少女に近づいた。
盗みに関して俺の右に出るものはいないと思う。対象者がこちらに意識が向いていない時、対象者に眠りの魔法をかけ、その隙に金目のものを取るのだ。眠りの魔法をかけられた者はその前後の記憶が曖昧になる。
俺はこの時も同じような手口で彼女に近づこうとした……が。
ぐるん!!っと、勢いよく俺の方を振り返った。思いっきり目が合っている。
じーーーっとこっちを見つめている。
……何故だ。俺は何かしたか?
いや、しようとは思っていたけどまだ何もしてないぞ!?
俺は内心焦りながらも、少女に話しかけた。
「こんにちは、可愛いお嬢ちゃん。
こんな所でどうしたの?」
すると少女はパァッと顔を明るくして、こちらに近づいて来た。
「ええと、街を見てみたくて!」
無邪気な返答に苦笑する。
「それでもこんな所に来たら危ないよ?
ーーこんなことをされるかもしれない」
俺は少女の首元にナイフを当てる。
すると少女は怯えるわけでもなく、真っ直ぐこちらを見た。
「あなた、私の騎士になって下さる?」
………はあ!?
「お嬢ちゃん、俺が怖くないの?
首元のこれはちゃんと見えてる?」
俺が一応それを確認すると、
少女はこう言った。
「だってあなた、とっても綺麗な瞳をしているんですもの」
その時の俺は、かつてないほどに間抜けな顔をしていただろう。
「それに、私を殺すつもりならとっくに殺しているでしょう?」
実に的を射た答えに、俺は返事を窮した。
「……ねえ、あなた、名前は?
ご両親は?」
全て捨ててきた俺には何もない。
俺は黙って首を横に振った。
「……そう。
それなら私が名前を付けてあげる。
……グレースっていうのはどう?」
グレース。俺の、名前。
その瞬間、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走った。
それから少女が外したのは見るからに高価そうなネックレス。これを売ったら向こう何年も遊んで暮らしてもお釣りが来るだろう。
「あなたが立派な騎士になったら、私に返しに来るのよ!」
そう言って、ふわりと笑った。
それから俺は「グレース」になった。
少女が渡したネックレスは売らずに、ずっと大切に持っていた。そのネックレスは王家の者しか持っていないもので、後からその少女がクリスティーナ王女だということが分かった。俺は王女に少しでも近づくために騎士団を目指した。
幸い腕が立ったので、騎士団の試験に合格することが出来た。変に魔法を使うことで怪しまれないように髪は銀色に戻した。
騎士団は実力主義だったので、俺はすぐに頭角を現し、精鋭部隊に入ることが出来た。
そんな中、俺はこの国の王子に呼び出された。
「お前、クリスティーナの護衛に付け」
願っても無い言葉に思わず目を瞬かせる。
王子はニヤニヤした顔で続けた。
「腕の立つお前なら、安心だ」
有り難かったが、その顔は非常に腹立たしかった。
クリスティーナ王女は、俺のことを覚えていないようだった。それもそうだ。あの時、俺は眠りの魔法をかけたのだから。
あの時のネックレスは今も俺の元にある。
あの頃よりは胸を張れる自分になれただろうと思いながらも、王女はあの頃の面影を残したまま、想像以上に美しく成長していた。
一護衛騎士の俺にまで笑いかけてくれる。
その度に可愛すぎて悶絶しそうになる。
鼻血が出ていないかと誰にも気付かれずにこっそり確認するスキルは格段に上がった。
王女の側で、王女のために身を尽くす。
ネックレスを渡すのは、もっと誇るに相応しい自分になってからだ。
ーーそう、後回しにしていたのがいけなかったのだろうか。
「クリスティーナに縁談をと考えている」
あのニヤニヤした顔で俺に告げたのはクリスティーナの兄王子。
「こら。王族に向かって殺気を放つな」
どうやら無意識に殺気を放っていたらしい。
こんな暴挙を許す王子は、いつもながら何を考えているのか読めない。
「….…それで、それを私に告げてどうするおつもりで?」
殺気を引っ込めて静かに問うと、王子はいきなり核心をついた。
「お前、あいつが欲しいんだろう」
あまりにも明け透けな物言いに最早呆れた。
「デリット・イェン・ノヴァルディ」
捨てた筈の名を呼ばれ、思わず目を見張る。
王子はお見通しだと薄く笑った。
「銀の髪に青い瞳。強い魔力。
この俺が騎士団に入る際、何の調べもしてないと思ったか」
「では、私がこの国に害をなすとはお思いでなかったのですか?」
王子は確信したように否定する。
「お前は、クリスティーナが泣くようなことは絶対にしないだろ?」
……この王子はアホのように見えて食えない狸だ。
「……それで、何が仰りたいので?」
俺がそう促すと、王子は嫌味ったらしく笑う。
「いくら元王子だったからと言って、平民の一騎士に大事な妹はやれん」
王子は憎たらしいほど勿体ぶる。
「何が望みでしょう?」
とてつもない面倒ごとに巻き込まれそうな予感がしつつも、王子の答えを待つ。
「隣国の動きがどうにも怪しい。
一騎士には妹はやれないが、この件を解決できるような器の男なら、妹に、また俺の義弟に相応しいだろう」
……もう一度言う。
この男は食えない狸だ。
隣国ではあれからどうやら色々あったらしい。前国王は、側妃が死んだ後から心の病を患っていたが、それが悪化し自ら命を絶ったらしい。代わって即位したのは自分の兄であった第一王子。兄は勢力拡大を試みて戦争を仕掛けようとしているらしい。
……自信家な兄らしいことだ。
俺は目的を果たすため、慎重に事を進めた。
「姫様、お逃げになって下さい」
窓の外を見つめる背中に声をかける。
侵略軍は王都まで辿り着いている。
はたから見れば絶体絶命の状態だろう。
しかし、俺が張った目に見えないバリアは知らない間に敵方を拘束している。王都の人々は王城の敷地内に匿い、王城は更に守備魔術を強化してある。むしろこの時はこの世のどこよりもここが安全地帯だ。
目の前のこのお方はどの様な反応をするのだろうか。助けてと縋るだろうか、どこかへ攫ってと乞い願うだろうか。
戦のやり様は幾らでもあったが、敵を王都まで誘き寄せたのは、王女に縋って欲しかったからだ。自分でも歪んでいることは自覚している。
それでも見たかったのだ。
ずっと手に入らないと思っていた、
ずっと手に入れたいと思っていたこの人が
俺に堕ちてくる姿を。
「グレース、お前を私の護衛騎士から解任します。今までよくつとめてくれました」
一瞬、何を言われたか理解に苦しんだ。
この方は、今、何と
「……それは、命令ですか」
荒れ狂う心情の中でそれでも声を絞り出せたのは自分でも奇跡だと思う。
「命令です。
どこへなりともお行きなさい」
凛とした声が響く。
彼女は今まで一度たりとも命令なんて下したことはない。
初めて会った時の様に、強い意志を持った瞳が真っ直ぐ射抜く。
嗚呼、こんな時でも貴女は届かないのか。
何て高潔な高嶺の花か。
ーーそれでも俺は、貴女が欲しい。
「……そうですか。
それではーー」
俺の手が届かない貴女には
「死んでいただきましょうーー」
「敵陣の本拠地へと、王自らほぼ全ての軍で突撃するだなんて、よっぽど自信があったんですね?それともやはり愚か者でしょうか」
見えないバリアに阻まれて一切の攻撃が効かず焦りを隠せない敵軍に声をかける。
「くそっ!何なんだこれは!
誰だ!お前は!!」
ゆっくりと近づいてくる人物に敵軍が目を向ける。
「お久しぶりですね、兄上」
兄と呼ばれた人物は、確かに始末したと思っていた弟が現れ狼狽した。
「お前は……デリット?
何故、お前が生きている……?
この戦はお前が仕掛けたのか……?」
更に距離を縮めてくる弟に、身の危険を感じ、兄はその場にへたり込み喚いた。
「こんな所業!母上が許さないぞ!」
とんでもないマザコン発言をする男をせせら笑う。
「貴方の母上なら既にこちらの騎士によって制圧されてますよ」
頼みの綱も切れたと知り、男は遂には泣き叫び始めた。
「まっ…待て!俺が悪かった!
この通りだ!!王位などくれてやるからどうか見逃してくれ!!」
見苦しくも見当外れな命乞いをする男に失笑を隠せない。
「王位など、いりませんよ。
私にとって戦の勝利は手段でしかない。
目的は別の所にある」
兄がその疑問を口にする前に、その口は首ごと地面に落ちていた。
肉親を手にかけたことに、何の感慨もなかった。
これであの少女が手に入る
ーーそれだけだった。
あのネックレスをようやく返せそうだ。
その時君はどんな顔をするだろうかーー。
読んでいただき、ありがとうございました!