4話(2/2)「素直じゃない鈴木くん。」
おれには、昔馴染みで腐れ縁が二人いる。
一人は小学生の時に出会った佐々木潤。
テンションは低めだしめんどくさがり屋で、おれとは正反対なタイプなのにこいつとは不思議と気が合って、何か特別なきっかけがあった訳でもなく、気がついたらいつの間にか仲良くなっていた。
ま、友達ってのはだいたいそんな感じだと思う。
そしてもう一人は、潤の幼馴染の高橋結衣。
なんというか、潤と高橋は二人でワンセットって感じで、いつも一緒にいた。めんどくさがり屋な潤の世話を焼いて、お姉さんぶっていたって印象だ。
仲良くなった潤とセットなんだから、当然高橋との付き合いも発生する。
高橋は、当時から運動神経抜群なスポーツ少女で、それは高二になった今でも変わらない。
おれも体を動かすことには自信があったから、よく高橋と言い合って、張り合って、競い合って、知らない間に高橋に引き込まれてた。
真面目に打ち込み、真剣に考えて、スポーツと向き合ってる。
そんな姿勢に、姿に、おれは心を奪われていた。
高橋のことが好きなんだと気がついてしまった。
恋愛なんて経験がなくて、こんなこと両親には相談できないし、そもそも家にいないし、こんなときに頼れるのは一人しかいなかった。
そういう訳で、潤にこの気持ちを打ち明け、相談に乗ってもらうと、相変わらずめんどくさがっていたが、手を貸してもらえることになった。
絶対にバラすなよ、と釘を刺しておくことも忘れない。
潤が言うにはチャンスは充分にあるらしいから、気合いを入れて行きたいところ。
しかしそう簡単には行かないのが現実という奴で、潤の奴に何度も何度も言われた言葉がある。
『京介はもっと素直になった方がいい』
素直になれたら苦労はない。
何でもかんでも知りたがって、足と手と頭を突っ込んでくる両親が長いことそばにいた生活を送ってきたんだ。
クラスの女子とちょっと仲良くしていたくらいで、家に帰ると『好きなのか? 彼女なのか?』と質問攻め。どこから仕入れてきたんだよって突っ込むのも億劫になるくらいそんなことはしょっちゅうで、何度も何度も適当に誤魔化してきた。
多少はひねくれた性格に成長しても、おかしくはないだろう。
勝手に高橋も似たようなものだと思っていた。強がって心にもないことを言っている。
そう思っていたのに。
「また……作ってきていい?」
「……まぁ、そんときはまた食ってやるよ」
なんだこれは。こんな高橋は見たことがない。今までずっと、長いこと一緒に過ごしてきて、高橋のことは結構知っているつもりでいた。少なくとも潤の次くらいには。
このときの高橋は、いつもみたいな高飛車な態度は微塵も感じられなくて、一生懸命に本心をひねり出しているんだとわかった。
わかってしまった。
そのとき、机の下で潤に軽く蹴られた。
「んだよ」
「…………」
かるーく睨んでやると、潤はアゴでクイッと高橋を指し示した。『言え』というこの上なくわかりやすいジェスチャーだ。
何を?
決まってる。潤に相談したときにアドバイスしてくれたアレを実行に移せと、そう言いたいのだろう。
「あー……ンンッ! 高橋」
「な、なによ?」
「……放課後時間あるか?」
「今日はヘルプ頼まれてないし、まぁ……あるけど、なんで?」
まだ顔を耳まで赤くした高橋が、訝しげに聞いてきた。
「いやほら……さっきの話、忘れたとは言わせねぇぞ!」
「さっきの話?」
「おとといの試合の話だよ! まだ決着は——あ痛っ?!」
今度は強めに足を蹴られた。弁慶の泣き所を正確に突いてくるなんて、いつの間にか腕を——いや足を上げたようだな潤……。
潤が脱線を防いでくれたように、おれが言いたいのは試合の話じゃない。
「鈴木?」
おれが突然痛みを訴えて、高橋の表情には疑問の色が濃くなる。
「——じゃなくてだな、おれ今日は委員会で体育倉庫の整理があるから……」
「う、うん。そうなんだ」
「だから今日はさっさと帰っていい——んごっほ?!」
「ゴッホ? 今度は絵の話??」
「じゃなくて!」
潤の野郎、もうちょっと手加減——いや足加減ってものを覚えたほうがいいんじゃないのか。サッカー部からすね当てを借りて装備しておいた方がいいくらいの威力だ。
けど感謝だ。もし潤が隣にいなかったら言いたいことを言えずに終わっていたかもしれない。
ここで逃げたら男が廃るってもんだろうがよ!
「だから……すぐ終わらせるから、ちょっと待っててくれないか」
「えっと……?」
高橋は、おれがなにを言いたいのかまだわかっていなくて、眉根をひそめ、首を傾げている。
言いたいことを素直にそのまま言うって、こんなに難しいことだったんだな。でも高橋はそれを今しがたやってのけた。
高橋にできて、おれにできない道理はない!
「だぁから! 今日一緒に帰んべって言ってんだよ!」
っし! 言ってやったぞ! どうだ見たか潤! おれだってやるときゃやるんだよ!
内心でガッツポーズを決めて、ついでにドヤ顔も決め込んで潤を見てみたら、素知らぬ顔でタマゴサンドをむしゃむしゃとほうばっていた。
おまえが提案したことなんだぞ、もうちょっとどうなるか興味持とうよ!
潤はこんなだからこそ気兼ねなく相談できるってところもあるんだが……おれの言葉を聞いた高橋は目を大きく見開いて驚いた。
「はいぃ?! あんたん家って校門出て速攻で反対方向でしょうが!」
「おれがそっち方向行くからいんだよ!」
女子一人で遅めの時間を帰らせるわけにはいかない。もちろんおれが高橋の家の方向へ行くに決まってる。
「どういう風の吹き回し?」
「買いもんだよ買いもん! 深い意味はないっつの!」
深い意味はないが、下心はある。
いわゆる下校デート……という響きはなんか無駄にプレッシャーを感じるから嫌だが、つまりはそういうことだ。
潤には帰り道を二人っきりで歩けばそれでいいと言われた。なにを話せとか、どこへ行けとか、そういった指示は一切もらっていない。もらえなかった。
それくらいは自分で考えろ、ってことだろう。
長いこと滞っていたこの関係を一歩でも前進させるための発破を潤はかけてくれたんだ。
「んじゃ、ちょっとぼくは追加買ってくる」
うんうん、と頷いてから唐突に言ったのは潤だ。あれだけあったパンをこの短い間に全て平らげてしまったらしい。
おれはスッと立ち上がった潤の腕をガシッと掴み、捕まえる。この空気の中で高橋と二人っきりにされると絶対に微妙な空気が流れてしまう。ここで逃がすわけにはいかなかった。
そして反対側の腕を、おれと同じように高橋は掴んでいた。
おれと高橋で、両腕を掴まれた形になる。ナイス高橋!
「……なに」
予想だにしなかった行動に驚かされたのか、非常に分かりにくいが面食らったような表情を浮かべる潤。
「ここにいろ!」
「どうせもうすぐ昼休み終わるし、間に合わないわよ!」
親友と幼馴染の妙に逼迫した言葉に小さく溜息をこぼして、潤は席に座った。
『やれやれ』
そんな言葉を視線に込めて、おれと高橋の二人を見た。
「やれやれ」
ホントに言いやがったよこいつ。
「一応言っておくけど、ぼくは部活があるから」
だらしなく椅子に浅く座り、今にも眠ってしまいそうに両目を閉じて潤は言った。その言葉に食いついたのは、高橋だった。
「え?! 潤も一緒じゃないの?!」
「そうだよ。とりあえず今日は二人で帰ってくれ」
「え……え、えぇ?!」
高橋はおれと潤を交互に見て目をパチクリとさせていた。
いつも姉弟のように、当たり前に一緒に帰っていたから、今日もそうだと思って驚いているのだろう。なんだかんだで帰るタイミングはいつも一緒だったから。
かく言うおれも少し驚いていた。
もちろん二人で帰ることにではなくて、潤が部活に所属していることに、である。初耳だった。
「潤って部活入ってたっけ……?」
なんと高橋までも知らなかったらしく、おれの疑問をそのまま口にしてくれた。
「入ってたよ。ずっと」
しれっと答える潤だが、それはおかしくないか? だって、
「いつも一緒に帰ってたよな? 放課後遊んだりとかもしたじゃんよ」
おれと高橋は部活には所属していない。けどお互い身体能力の高さを買われて運動部の助っ人に呼ばれることはよくある。
二年になった今では強力な助っ人として少しばかり名を馳せているくらいだ。
おれや高橋が助っ人として部活に参加しているときは一人で先にゲーセンとか行って後で落ち合ったり、部活が終わるまで待っててくれてるときもあったか。
「『いつも』って言っても、毎日じゃないだろ」
潤はめんどくさそうに肩をすくめた。
……そうか。あれは別に待ってたわけじゃなかったのか。待っている間なにしてるんだろうとは思っていたが、そういうことだったんだ。
おれや高橋が助っ人ですぐに帰れないときは、潤も部活に出ていた、と。
「で? じゃあ潤はなに部に入ってるんだ?」
純粋な興味本位で聞いてみた。あのめんどくさがりの潤が部活動なんて想像もできないもんだから、どんな答えが返ってきたとしても驚く自信がある。
少なくとも、運動部のように厳しいところではないだろう。キャラじゃないし、たまに顔を出すくらいでも許されるゆるい部活のはずだ。
「美術部」
「…………」
「…………」
呆気に取られるとはこういうことを言うんだろうなと本気で思った。あの高橋まで絶句している。むしろおれよりも付き合いが長い幼馴染の高橋だからこそ、衝撃は大きかったことだろう。
「……もう一度」
自分の耳を信じられなかったのか、高橋は頭を抱えながらも指を立てて今一度答えを求めた。
しかし返ってくるのはもちろん、
「美術部」
シンプルイズベストを体現したかのような、これ以上無いくらい簡潔な答え。
これだけハッキリと言われて聞き間違いなんてことはないだろうし、何度聞き直したところで答えが変わることもない。
しかしまぁ……美術部ねぇ……。
「うん、まぁ……いいんじゃね? 潤の好きなことをやれば、さ」
「そ、そうそう。好きなことなら、仕方ないわね!」
「そんな濁されると逆に傷付くんですけど。似合わないってハッキリ言ってくれないかな」
「似合わないな」
「似合わないわね」
「なんでこんなときだけ素直なんですかね?!」
珍しく潤の突っ込みを聞いた。相当心外なことだったらしい。
それにしても潤が美術部だったとは……絵とは無縁だと思っていたけど、意外な趣味を意外なタイミングで知ってしまったな。
「どんな絵描いてんの? なんかあんだろ? 見せろよー」
「そうよ! うちにも黙ってたなんて信じらんない! 見せなさいよ!」
「見せるわけないだろ。それを言われるのが嫌だから黙ってたんだから。それよりも――」
おれと高橋でさらに問い詰め、なんだったら実力行使に出ようとすらしていたが、両手を突き出して遮られてしまった。
「二人とも弁当残ってるけど、早く食べた方がいいよ。次移動だし」
「しまったそうだった!」
「うちも忘れてたー! そういうことは早く言いなさいよあんたは!」
「そんなこと言われてもね」
潤に言われて思い出して、俺たちは慌てて食べ始める。
おれは高橋の弁当を食べたから食べ終わった気になっていたけど、自分で買ってきた分が残っているのだった。高橋にいたってはまだなにも手をつけられていない。そんなんじゃ午後の授業は空腹で大変なことになってしまうかもしれない。
もしおれだったら、教室にでっかな腹の音が鳴り響くことだろう。いくら傍若無人な高橋とはいえ、さすがにそれは恥ずかしいだろう。
「それじゃ、ぼくは準備でもしようかな。お二人はごゆっくりどうぞ」
「ちょっと潤! 待ちなさいよ!」
「マジかよ! 潤の裏切り者ぉ!」
「はっはっは、いくらでも言いたまえー」
棒読みで適当に言いながら潤一人だけ席から立ち上がり後ろのロッカーから荷物を取り出しに行ってしまう。
高橋と向かい合って、微妙な空気になるのを感じながら、チャイムが鳴り響く前に弁当をかき込む。
おれたちは昔から自然と集まるときは潤のところに集まっていた。それはあいつの腰が重いからだとばかり思っていたけど、違った。
おれと高橋の間に入って、上手いこと繋ぎ止めてくれて、過ごしやすかったからだと、今になって気づかされたのだった。
潤は自分から行動を起こすタイプじゃないけど、よくわからない謎の安心感があるんだ。それに背を預けるような形で、自然と集まってしまうのかもしれない。
そしてお互い食べきる前に、無情にもチャイムが鳴り響いてしまう。
クラスメイトたちはさっさと教室を移動し始めて、その中にはしれっと潤も混ざっていて、本当に裏切られた気分だ。
「やっべ、急げ高橋!」
「わかってるわよ!」
後になって思い返せば、別にこのとき慌てて全部食べる必要はなく、いったん取っておけばそれでよかったんだけど、そんなこともわからないくらいなぜかテンパっていた。
「ごっそさん!」
「ごちそうさまでした!」
同時に食べ終え、打ち付けるように合掌してお弁当を雑に片付けた。
教室はすっかり静まり返って、急いで次の授業の準備をする音がこだまする。
揃って教室を飛び出せば、そこには先に行ってしまったはずの潤がのんびりとした様子で壁に体重をかけて待っていた。
裏切られたとばかり思っていたが、やっぱ親友はこうでなくっちゃな。
「ま、いつも一緒だったからね」
鼻の頭を掻きながら、潤は言う。
まったく……。
「おまえが一番素直じゃないよな!」
「右に同じく!」
「ほっといてよ」
やっぱりこの三人が一番しっくりくるな。
高橋のことは好きだし、今すぐにでも付き合いたい。けど、まだしばらくはこのままでもいいかもな。
そんな風に思った。




