4話(1/2)「素直になれない高橋ちゃんと、」
先生の眠くなるような呪文を右から左へ受け流しつつ、うちはノートの空欄に授業とは全然関係ないことを書いていた。
『うち』『潤』『鈴木』
三人の名前を書いて丸で囲い、線で繋げる。
いわゆる相関図というやつである。
佐々木潤は物心つく前から付き合いのある幼馴染で、腐れ縁。
基本めんどくさがり屋なんだけど、ぶつぶつ文句言いながらも何だかんだ頼み事は引き受けてくれるいいやつ。家が隣で、親同士の仕事つながりで知り合った。
鈴木京介は小学校からの付き合いで、こちらも腐れ縁。
元々は大親友と呼べるくらい潤と仲が良くて、潤を通して仲良くなった。運動神経抜群なスポーツ少年で、うちも体を動かすことは好きだからよく張り合ってる。
そうして鈴木とぶつかっているうちに、うちは鈴木のことが好きになった。
ノートに書いた相関図で、うちから鈴木へ矢印を伸ばし、うっすらとハートマークを書き加える。逆に鈴木からうちへ伸びる矢印には『?』が陣取る。
相手の気持ちはわからない。もちろんこの『?』が『♡』に置き換われば嬉しい……超嬉しいけど、現実はそんなに甘くないのが悔しいところ。
ちなみに幼馴染の潤には、鈴木のことが好きって気持ちは伝えてある。バラしたらぶっ殺すって口止めもきっちりしておいた。
家が隣同士という利点と、潤と鈴木は親友という利点を生かして恋愛相談を持ちかけて、鈴木のことが好きだから協力しなさい、と直接打ち明けた。
潤はめんどくさがりだから最初は渋っていたけど、なんだかんだで引き受けてくれるから、強気でいけば大丈夫。
で、潤の協力を無事に取り付けたうちは鈴木の好みとかを聞き出したりして努力している。ほかにも色々と相談に乗ってもらっているから、思い返せば結構世話になっているので、そのうちなんらかの形でお礼でもしてあげよう。
潤が言うには充分にチャンスがあるらしいし、もっと前向きに恋したい。
でも……うちにはひとつ、大きな悩みがある。
どうしてか、鈴木を前にすると素直になれないことだ。
潤に、
『結衣はもっと、素直になるべきだと思うぞ』
と何度言われたことか。冗談抜きで耳にタコができそう。
鈴木とはスポーツ関係の話でよく盛り上がる。意気投合することもあれば衝突することもあって、言い争っているうちに鈴木相手には負けたくないって気持ちが強くなって、下手に出ることができなくなってしまった。
……ん、だと思う。
自分のことながら、自分のことをわかっていなくて恥ずかしい。
シャーペンが何度も何度も相関図の線を行ったり来たりでどんどん濃くなって、紙とシャー芯が悲鳴を上げたとき、
——キーンコーンカーンコーン。
午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
うちにとっては試合開始の合図のようなものでもある。
先生への挨拶もそこそこにダッシュで教室を飛び出して行く連中は購買戦争に参加する人。早々に教室を出つつも多少の余裕を感じられる人は食堂へ向かう人。お弁当を片手に教室を出た人は外で食べる人だろう。
教室に残った人は、お弁当を持参しているか、すでにコンビニなどでお昼を購入している人だ。
うちはお弁当を持参してきたので、飛び出していった人とは違って余裕綽々である。
しかし、余裕綽々なのは時間だけであって、内心では心臓バクバクで今にも爆発しそうであった。
何を隠そう今日のお昼休みは、勝負の時間だから。
ずっと前の話になるけど、潤に恋愛相談を持ち掛けたときにしてくれたアドバイスの中に、『胃袋をつかめ』というのがあった。それからうちは真面目に苦手な料理の練習を地道に続け、ついに今日、お手製のお弁当を作ってきて、鈴木に食べてもらうのだ。
この計画は潤に話してあるので、なにかしらの援護射撃も期待できる。
今が勝負の時! 立ち向かえ、うち!
気合いも充分。うちはお弁当が入っている袋を二つ持ち、潤が座る席へ。
鈴木も潤が座る席へやってきた。
うちらは昔馴染みだけど、その頃から不思議と集まるときは潤の元へ集まる。いままでどうしてかわからなかったけど、最近になってわかった気がする。
基本、潤は動かないからだった。
……わかってみれば、どうってこない理由だった。
鈴木はコンビニの袋をぶら下げて、白い歯を見せる。
「おっす佐々木、しょうがないから来てやったぞ。メシ食おうぜ!」
「紅生姜ならやるから来ないでくれます?」
「いや『しょうがない』とは言ったけども! わかれよ!」
「わかってるよ」
めんどくさそうに言う潤だけど、こんな感じのやり取りも10年近く続けばただの挨拶だ。
潤は自分のカバンの中からコンビニの袋を取り出した。
それを見たうちは思わず口を挟む。
「あんたらまーたコンビニ弁当なわけ? 飽きないの?」
「別に」と潤。
「飽きた」は鈴木。
口を揃えて応えるも、内容は真逆だった。
潤は昔から欲がないというか、物事に対して無頓着なところがあるから『別に』という返事はわかる。
でも鈴木はすでに飽きているとは。
「おれん家のかーちゃん忙しくてな。メシ作ってるヒマねーんだわ。小遣い渡されて、それで終いよ」
「両親そろってジャーナリストじゃ、家にいるほうが珍しいだろうね。おい、机ぶつけんなよ」
「すまんすまん。ホントそれよ」
言いながら鈴木は机を動かして潤の机と合体させて、ちょっと手狭だけど三人分の昼食スペースを作る。
うちも近くの席から椅子を借りて、いわゆるお誕生日席を作った。
「潤、ちょっと席変わって」
「は? いやだよ、めんどくさい」
「い い か ら !」
うちは制服の襟を掴んで無理やり立ち上がらせ、うちが用意したお誕生日席に座らせ、うちは潤の席に座る。
「別に席なんてどこでもよくね?」
「そうよ潤! 諦めなさい!」
「いやおれは高橋に言ったんだけど」
「ほっといて!」
とにかく今日ばかりはこの席どりが必須なのだ。鈴木の対面に座る形が。
反抗するのもめんどくさいのか、潤はため息ひとつだけして、文句を言うことなくそこに落ち着いた。
潤は惣菜パン、鈴木はよくあるからあげ弁当、うちはお手製のお弁当を置くと、それだけで二つ分の机はいっぱいいっぱいになる。
鈴木用のお弁当は、膝の上に置いて隠してある。お誕生日席だと角度的に見えそうだったけど、ここなら机が遮って膝の上は見えない。
「「「いただきます」」」
とくにタイミングを合わせることもなく、うちらは同時に手を合わせた。
そして各々の食べ物に手を伸ばす。
「ほら、約束通りあげるよ紅生姜」
「うわ、マジでおれんとこに置くなし! 紅生姜の乗ってない焼きそばパンとか、イチゴのないショートケーキだぞ?!」
「ならちょうどいい。イチゴも紅生姜も嫌いだから」
「そうだったぁ!」
とか、二人はいつもみたいに軽口叩いているけど、うちは緊張してそれどころじゃない。
お弁当を作って渡すことで頭がいっぱいになってて、なんと切り出すか、どうやって渡すか、肝心なところを考えていなかった。
素直になれ、うち。そうすれば、きっと簡単なこと。
『お弁当作ってきたから食べて』
これでいい。これくらいシンプルなやつでいい。
鼓動が痛い。体が熱い。顔赤くなってないかな。変な顔してないよね。お化粧濃くないよね。味付け間違ってないよね。砂糖と塩入れ間違えたりしてないよね。
「——し。高橋? おーい、大丈夫か?」
「あ、だ、大丈夫に決まってるじゃない!」
「そうか? ならいいけどよ」
「そんなことよりも、お、お——」
「お?」
「おとといの試合見た? もつれにもつれて結局引き分けになった」
うがー! なんで逃げちゃうのようち! バカバカ! うちのバカ!!
「粘られまくったやつか? さっさと天野投手に交代すればよかったんだよ。あの豪腕なら問題なく抑えられてたね」
いままでの緊張がどこかに行ってしまうくらい、鈴木のこの発言には物申したい気持ちになった。それはもう火山の噴火のごとく、ボコボコと沸き起こった。
だから吐き出してしまったことに後悔はない。
「お言葉だけど、二宮投手の変幻自在な変化球があったから同点で抑えられたのよ? ストレートしか能のない球じゃ叩き落されてリードされてた!」
「いやいや! あそこは真っ向勝負する場面だろうがよ! 変化球なんてセコい手は使わずストレートが漢ってもんだろ!」
「試合には勝ってこそでしょう! 相手の打者はストレートの打率高いんだから、狙われるに決まってるわよ!」
「そこをねじ伏せられるくらいの力量を持ってんのが天野投手なんだよ! あの人の勝負強さは折り紙付きだっつの! それに体力的にも限界だった! 交代すんのが正解だ!」
「はあ?!」
「はあ?!」
ここでもうちと鈴木の意見は真っ二つ。いつもいつもこんな感じで、スポーツが好きな故にぶつかり合う。
「「潤はどう思う?!」」
二人揃って潤に意見を求める。
二人分の眼光を浴びてもマイペースは崩れず、口に放り込んでいた焼きそばパンを飲み込んでから、返ってきた返事はこうだった。
「仲がいいなと思う」
「「どこがっ?!」」
「そういうところ」
視線を潤から正面に座る鈴木へ。お互いに睨み合って、中間でバチバチと火花を散らす。
ケンカするほど仲が良いとは言うけど、お互いに負けず嫌いで、譲りたくないから張り合っているに他ならない。決して仲が良いわけじゃない。
いや、もちろん仲良くはなりたいんだけど、こればっかりはどうしてもね。
お互いに一歩も譲らず呻り合っていると、潤が横から軽く足を蹴ってきた。
「なによ」
「なにが?」
「いま蹴ったでしょ」
「お陰で思い出しただろ」
新しくメロンパンにかぶりつく潤。
ちょっとばかしエキサイトしちゃって忘れていたけど、潤のお陰で確かに思い出した。足を蹴られたとき、確認するために視線を下げて視界に入ってきたのは、膝の上に置いてあるもう一つのお弁当。
うちはこれを鈴木に食べて貰うために今日まで頑張ってきたのだ。そしてこれからも頑張り続けなくてはいけない。
最初の一歩が今日なんだ。
なのにいつもみたいにケンカしてちゃ、始まらない。
「鈴木。この話はいったん置いておきましょ」
「なんだよ、逃げんのか?」
「…………ぃ、一時休戦よ。それより大事な話があるの」
逃げるのか、なんて言われてカチンときたけど、これを必死に耐えて本題へ。
結局なんて言い出すか決めてなかったけど、流れに身を任せるしかない。なにも考えず、そのときそのときのうちに全部任せた!
「……鈴木、お腹空いてない?」
「そりゃ空いてるさ。まだ一口も食べれてないからな」
うちもまだ一口も食べてないからいまにも音が鳴りそうだ。だというのに潤は我関せずって感じでひとりでどんどん食べちゃってる。
胃袋を掴めってあんたのアドバイスなんだから、もうちょっと興味持ってくれてもいいのに。
「コンビニ弁当は飽きたって、言ったわよね?」
「まぁ言ったな。全種類食べたし、たまにくる新商品がおれの楽しみのひとつになってるな」
「じゃ、じゃあさ、新商品……食べてみない?」
なんか違うけど言えた! なんか違うけど言えた!!
うちの一生懸命にひねり出した言葉を聞いて、鈴木は目を輝かせた。
「マジか! どこの弁当?」
ええいもう! ここまで来たんだ、あとは勢いよ勢い! ここで行かなきゃ女が廃る!
膝上に隠してあった弁当を引っ掴んで立ち上がり、鈴木の目の前に差し出す。
さすがに目を見てって訳にはいかなくて、うつむいた状態。耳まで真っ赤になってるんじゃないかって思う。
「う、うちの……弁当」
「高橋ん家の弁当か! いつも美味そうな弁当だし、もらってもいいのか?!」
「い、いいけど、そうじゃなくて——」
「サンキュー!」
うちの手からお弁当を取って、あっという間に開けてしまう。
中身は鈴木の好物で固めてある。もちろん緑の物も入れて、バランスなんかもいっちょ前に意識してみた。
うちの独自の調査と、潤から仕入れた情報を元に組み立てた対鈴木用弁当。
だけど——
「うお、美味そうじゃん! 高橋ん家の弁当食えるとはラッキー!」
鈴木は多分、勘違いしてる。うちが作ったんじゃなくて、お母さんが作ったものと思ってる。
一緒に入ってたお箸を手に「いただきます」と、勘違いを訂正する前に、あっという間に食べ始めてしまった。
「うめぇ! から揚げとかコンビニのとは全然違うな!」
それは竜田揚げ。から揚げより美味しそうに食べてたからそっちにした。
「玉子焼きもいけるー!」
甘い玉子焼きが好きみたいだから、砂糖を多めに入れた。
「このゴボウのもうめぇな!」
きんぴらゴボウってんだよそれは。ピリ辛の味付けも好きみたいだから、鷹の爪を細かくしたのが入ってる。
「〜〜〜〜」
どうしよう。
鈴木が食べるたびに。美味しいって言ってくれるたびに。
胸に満ちてくるこの幸福感。
嬉しすぎて、なんか口がモニョモニョする。
別にもう、訂正しなくてもいいかな、なんて。
「ふぅ、ごっそさん。あんがとな」
体育会系の食欲はさすがとしか言いようがなくて、あっという間に全て綺麗に平らげてしまった。
……そんなに美味しかったんだ、うちのお弁当。
うまく鈴木の顔を見れないまま、空になったお弁当を受け取る。
ちょっと思ってたのとは違ったけど、今日の作戦は成功、かな。鈴木にうちが作ったお弁当食べもらえたし。
なにも言えないでいると、潤が唐突に口を開いた。
「いまさら聞くまでもないけど、 弁当どうだった?」
「おう、めっちゃ美味かったぞ。潤も食えばよかったのに」
「さっさと一人で食べちゃったのにどうしろと……」
とボヤいてから、今度はうちに向かって言った。
「だってさ。よかったな、結衣の弁当美味いってよ」
「あ、ちょちょっと?!」
それ言ったら鈴木に気づかれちゃうじゃない!
「え……もしかして、高橋が作ったのか?!」
ほら、気づかれちゃった!
仰け反るように本気で驚く鈴木。そんなに驚かなくてもいいのに。うちがお弁当作るのってそんなにおかしいかな。
「調理実習のときレンジ爆発させてゲテモノ作ったあの高橋が?!」
「なんでそんなこと覚えてんのよ!」
ゲテモノって……もうちょっとオブラートに包んだ言い方してくれてもいいじゃないのよ! 確かにあれはあまりにも酷かったから記憶から消去してたけどさ!
「あの悲劇は忘れらんねぇよ……」
凄惨な過去を思い出しているのか、表情は硬く、声は震えていた。
「もういいわよ! もう作ってあげないから!」
「いや、作るななんて言ってないだろ! 驚いただけだっつーの!」
そして鈴木は窓の外を見て、鼻の頭を掻きながら言った。
「……まぁ美味かったんじゃねぇの。ごっそさん」
「……うん。おそまつさま」
全然違う。全然違った。
お母さんが作ったお弁当だと勘違いされててもいいや。美味しく食べてもらえればそれでいいや。
この気持ちは嘘じゃなかった。
けど、うちに向かって言ってくれるだけで、もっと嬉しい気持ちになった。
「また……作ってきていい?」
「……まぁ、そんときはまた食ってやるよ」
相変わらず憎たらしいことを言ってくる奴だけど、
やっぱ好きなんだなぁ。
このときだけは、自然と素直になれた気がした。




