♢Ⅲ 冷酷な狼
ルウラが驚く反面、ジャッシュの反応はいたって普通だった。
「あれ、どうかした?俺に何か用か?」
驚きでなにも言い出せないルウラを見て、ジャッシュは察する。
「あぁ、わかった。なんだかよくわからないけどとりあえず名前が出てきたから押してみよう、って俺の名前押したんでしょ。で、目の前に現れたから驚いたってことね」
すべて察せられたため、言い返す言葉が出ない。
かろうじて、「お、お見事……」と呟くことができた。
「でも、これは本当に俺がルウラの目の前にいるわけじゃないんだ」
「どういうこと?」
全く理解できない、と首をかしげる。
「これは映像なんだ」
衝撃の一言。こんなに立体的なのに映像とは!と顔に現れてしまう。
「だから触れられないんだよ。試しに触ってみな?」
おそるおそる指を伸ばすと……指はジャッシュの身体を貫通した。
「ほ、本当だ……」
「これでわかったか?映像だって」
無言でコクコクと何度も頷く。
「えーっと、用がないようだから切るね。じゃ、また明日」
「あ、うん」
こうして対話が切れる。
「って最後の……ダジャレか⁉」
ルウラの一日がダジャレ(仮)で終わった。
明け方は快晴だった。
朝食まで少々時間があったため、ルウラは庭園の散歩を楽しんでいた。
「まさにお城の庭園、って感じね……」
そのときだった、ルウラの視界の端で白いものが動いたのは。
「な、なに⁉」
そのものを追いかけて茂みに入ると、そこにいたのは一人の青年だった。
銀髪にアクアマリンの瞳をした顔立ちの良い彼は、今まで感じたことのない不思議なオーラをまとっていた。
「あんた、なんなの」
冷たく睨まれ、思わず謝ってしまう。
「ご、ごめんなさい、こっちに何か通っていったように見えたので……」
「俺の隠れ家に勝手に入らないでくれる?」
(か、隠れ家……?一体この人何者なの……?)
「あなた……何者?」
ついうっかり声に出してしまった。はっ、と気づいたら時すでに遅し。青年は怪訝な顔をしてこっちを見ていた。
彼ははぁっ、とため息をつくと仕方なさそうに自己紹介する。
「俺はシルヴェット・ダンドウルフ。あんたこそ誰?」
「わ、私はルウラ・シャンクス。ねぇ、隠れ家って?」
訊くと、ぷいっとそっぽを向かれる。
「別に。あんたには関係ないだろ」
(……冷たいし、人を毛嫌いしていそうな人だなぁ……)
「まぁ、そうよね。私の言ったことは気にしないでちょうだい。それじゃあ」
とにかく会話を早く終わらせたかったルウラはひと息で言い、さっさと茂みを後にする。
取り残されたシルヴェットは、「なんなんだ……?」と言いたげであった。
ルウラが朝食の席に着くと、ジャッシュ、ノワンも近くの席に着く。
「おはよう、ルウラ」
「あ、おはよう、ジャッシュ、ノワン」
ところで、とノワンが話を切り出す。
「ルウラはもう王宮に慣れた?」
「慣れるわけがないよ……!もう、この王宮広すぎる!」
あきれ顔で言うルウラを見て、ジャッシュとノワンが笑う。
「まぁ最初はそうよね~。私も初めて来たときそうだったもの」
「ルウラはあと少ししたら寮のほうも慣れないといけないからな!」
ルウラはため息をついた。
(王宮って、本当に広いのね……)
すると、視界の隅に先ほどと同じ白いものがさっと動いた。
慌てて追いかけると、その視線の先には第一印象から冷たいシルヴェットがいる。
「ねぇ、2人とも。シルヴェットってどんな人?」
「ルウラ、もうシルヴェットと知り合いになったの?」
質問に質問を返された。
「あの……先に私の質問に答えてくださりませんか……?」
あ、ごめん、とノワンは舌を出した。
「シルヴェットは不思議な人だよ。仲間を作ろうとしない……というか、誰とも喋ろうとしないし自分のことももちろん打ち明けない。魔力もそんなに強くないんだ。歳は……ルウラと同じか一つ上だと思う」
仲間を作ろうとしない、というところには十分納得できたが、魔力が弱いことに関しては驚いた。態度からして魔力も強いように見えたのだ。
「とりあえず、あの人と関わろうとしてもやるだけ無駄だから……」
「あ、はい」
了承しておきながらも、心の奥では密かにシルヴェットと仲良くなれる方法を考えるルウラであった。
朝食が終わり、席を立ったシルヴェットを追いかけてルウラも席を立つ。
「シルヴェット!」
急に声をかけられて、体をビクッとさせたシルヴェットは、声の主のほうをゆっくりと振り返った。
「なんだお前か……」
「誰とも仲良くなる気はないの?」
当たり前、と彼は目で言う。
「私とも?」
「なんであんたなんかと仲良くしなきゃならないの?」
(やっぱり冷酷だ……)
やはり無理か、と諦めて部屋に帰ろうとしたときのことだ。
「でも、こんなに話しかけてきたのはあんたくらいだ。ほとんどの人は雰囲気が怖いとか睨み殺されるとかなんとか言って話しかけてこない。それが楽とも言えたんだけど」
シルヴェットは少し微笑んだ。
「あんたとなら、仲良くなってもいいよ」
「えっ……」
「いやなら結構」
彼はさっさと歩いていこうとする。
「いいえ、嬉しい。これからよろしくね」
「ああ」
そっけなく返事をされる。そのシルヴェットの頬は少し赤く染まっていた。
(もしかして、私が初めての友達だから照れてるのかな……?)
「仲良くなるにあたって、一つ言っておきたいことがある」
「なに?」
「実は俺、狼なんだ」