アリとキリギリスと
原作:アリとキリギリス イソップ寓話
北風が身を切るように吹きすさび、灰色に濁った空からはちらちらと雪が舞い降ります。
ほとんどの虫や動物たちにとって死の季節である冬がやって来たのです。
その過酷な季節の中、一匹のやせ細ったキリギリスがふらふらとアリのもとを訪ねてきました。
「アリさん、助けてくれ。どこにも食べるものが無いんだ。
お願いだ、少しでもいいから食べ物を分けてくれないか。」
夏の間わき目も振らずにせっせと働き食べ物を蓄えて来たアリの巣には、すべてのアリを養ってもなお余りある食糧が満載されています。
それを知っていたキリギリスは一縷の望みをかけて食べ物の無心に来たのでした。
「嫌だね。お前はおれたちが働いてる間バイオリンばかり弾いて蓄えを作らなかったんじゃないか。
それを見かねたおれたちが「冬に向けて蓄えておかないと、あとで困るぞ」とあの時忠告したのに、お前ときたら「あくせく働いてやりたいこともやれず、ただ生きているだけの人生なんて死んでいるのと同じだ」なんて言っておれたちを笑っていたじゃないか。」
「わたしが悪かった、実際に冬になってはじめてきみたちの言っていた意味が分かったんだ。
おねがいだ、何でもするから食料をくれないか。」
必死な様子のキリギリスをじろじろと眺めていたアリたちは皮肉めいた笑いを浮かべ言いました。
「だったら、夏の時みたいに歌ってバイオリンを弾いて歌ってくれよ。
夏の間はじっくり聞けなかったからおひねりはやらなかったけど、今だったらおひねり代わりに食べ物を恵んでやれるかもしれないぜ。
おや、ご自慢のバイオリンが見当たらないようだ、どうしたのかなあ?」
「バイオリンは食べ物を得るために売ってしまった。
それにもしバイオリンがあったとしてもこの寒さで指がかじかんでうまく弾けそうもないんだ。」
「だったら踊れよ。夏に言ってたよな、お前は偉大な音楽家になって俺達よりずっといい暮らしをするんだろう?」
体に力もなくふらふらと踊りはじめるキリギリスでしたが、飢えと寒さで足をもつれさせ、みじめに転んで這いつくばります。
アリたちはそんな哀れなキリギリスの様子をひとしきり笑うと口々に言いました。
「おやあ、そんな踊りでは食べ物はやれないな。それとも偉大な音楽家さまはコメディアンにでも転職なさったのかな?」
「生まれたての赤子だってもっとましに踊るぜ。どうした?立てよ。立ってもっと俺を笑わせろよ。」
「おお、みじめだな。お前にはプライドという物が無いらしい。
プライドの無い人生なんて死んでいるのとおんなじだとか言わなくていいのか?」
「キリギリスさんは地面と相思相愛らしい、なんたって地面とこんなに熱い口づけをしてるんだからなあ。」
「そういうことだ、歌も踊りもできないお前に分けてやる食糧なんてひと欠片も無い。
ああ、来年からお前の歌が聞けないのが本当に残念だよ。来年までお前の事など覚えているかは知らないけどなあ。」
あざけりと下卑た笑いの中キリギリスは口惜しさと悲しみの涙をあふれさせ、最後の魂を燃やし尽くすように叫びました。
「笑いたければ笑え、夏の間わたしは命の限り歌った、悔いはないほど歌いつくした。
ただ生きている事だけを追い求めるお前たちは、私が死んだらそのしかばねでも食べて生き延びるがいい!」
その時です、アリの巣の入り口からどやどやとクモの一団が押し寄せてきました。
「おお、これは運がいい。冬になって食料が少なくなっていたがたくさんの食料があるじゃあないか。
それに活きのいいうまそうなアリと死にかけだがキリギリスまでがついている。」
突然のクモの襲撃によりアリたちの巣は壊滅し、逃げ延びたアリも冬の寒さですべて死んでしまいました。
教訓:享楽的に過ごしても将来のためにこつこつ努力しても大きな力はその全てを奪い去っていく。
どんなに優しい人にもいい人にも悪い人にもひとしく破滅は訪れ、いずれ逃れようのない死がその肩を叩くのだ。
アリとキリギリスの話には結末が三パターンが用意されている。
優しいアリがキリギリスを助けキリギリスがアリに歌を歌って終わる、支え合いの大切さを説くような結末。
アリがキリギリスを拒絶しキリギリスが寒空の下で死ぬ、将来に対する備えの必要性を説く結末。
そしてキリギリスが「歌いきった、悔いはない。」と、やりたいことを貫きやり尽くす人生を描く結末。
だから私は「アリとキリギリスと"蜘蛛"」というそのどれにも属さない人生の無常を説く第四の結末を書いた。
さて、あなたはどの結末がお好き?