切ない心のうち
翌日、宏明は紀美と京子、茂を引き連れて、北区にある本社へと向かった。
受付で名前と用件だけを言い、会議室へと通された。会議室には、すでに谷崎警部達が集まっていた。
宏明達は席につく。
「あの…犯人がわかったって本当なんですか?」
最初に切り出したのは、真吾だった。
「はい、わかりました」
宏明は全員を見るように答えた。
「事件の真相を話してくれ」
谷崎警部は促す。
宏明は頷くと、立ち上がり事件の真相を話始めた。
「今回の事件は、なぜパーティーの当日ではなく、翌日に起こったかわかりますか?」
全員に聞く宏明。
「全然、見当がつかね―けど…」
茂は首を振って答える。
「それはあらかじめ脅迫文をパーティーの日に何かが起こると思わせて、警備を強化させておく。実際は社長は警備はしてなくて、警部がお忍びで来てたけどな。パーティーの翌日は、警備の必要もない。犯人はそこをついたんだ」
「じゃあ、パーティー当日が犯人にとって犯行日じゃなかったの?」
京子が聞く。
「そうだ。犯人にとってパーティーそのものが目的ではなかった。その翌日が目的だったんだ」
宏明は静かな口調で言った。
「パーティーの翌日が目的?」
和美は首をかしげる。
「パーティーは土曜日、殺害は日曜日。大概、日曜日となればどこの会社も休みだ。なのに、大山財閥の北区の会社では、パーティーの翌日も仕事をしていた。当然、社長もいた。そういうことは、あらかじめこのことを知っていた人物が犯人なんだ」
宏明は百合花、和美、真吾を見て言った。
「じゃあ、私達の中に犯人はいるってこと?!」
百合花はなんでという口調の声を出した。
「私じゃないわよ」
「僕もだ」
和美と真吾は交互に否定する。「いや、あなた方三人の中にいます。谷崎警部から第一発見者は吉岡さん、あなただと聞きました。社長にお茶を持って行ったんですよね?」
「はい、そうです」
「社長室はどうなっていたか、覚えていますか?」
「気が動転していたもので…」
和美はすまなそうに答えた。
「わかりました。実はオフィスの机回りとゴミ箱からある物が見つけたんです。恐らく、警察が検証が終わった後に捨てたんでしょう」
「ある物って…?」
百合花は聞く。
「それはあとでお話しましょう。一つお聞きしたいのですが、あなた方三人の靴のサイズを教えていただきたいのですが…」
「私は二十四cmです」
最初に和美が答える。
「僕は二十七、五cmです」
「私は二十三cmです」
「ねぇ、靴のサイズなんか関係あるの?」
京子は宏明の質問の意図がわからないようだ。
「関係ありだ。北区の裏にあるらせん階段がありますよね?」
「はい、あります」
真吾が答える。
「そのらせん階段から二十三、五cmの女物の靴あとがついていたそうだ。犯人はらせん階段から社長室へと入っていた思われる」
「二十三、五cmの靴が入るのって先輩だけなんじゃ…?」
紀美は不安そうな表情で言う。
「わ、私じゃない…」
百合花は首を振る。
「ヒロ、あったそうだって言ってたけどなんでわかったんだよ?」
茂はワンテンポおいてから聞いた。
「警部から聞いたんだ」
宏明は谷崎警部に目配りさせた。
「鑑識の結果報告書に書いてあったんだ」
谷崎警部はうなずくように答えた。
「でも、らせん階段から入っても足音で吉岡さんにわかるんじゃないの?」
京子は宏明の推理に、少し否定的に聞いてきた。
「吉岡さんがファックスを送ってる最中ならどうだ? ファックスを送ってる最中なら音でわからないからな」
宏明は得意気に京子の質問に答えた。
「靴あとはどう説明するの?」
紀美はまだ不安そうにしている。
「犯人がサイズの合わない靴を履いていた、ということだ。自分の犯行を隠すために…」
「自分の犯行を隠すためにわざとサイズの合わない靴を履いたっていうの?」
「そう。そういうことが出来た、今回の殺人事件の犯人は…」
宏明は一つ間をあける。
会議室はしんと静かになり、全員が息を飲むのがわかる。
そして、宏明は口を開いた。
「高杉真吾さん、あなたです」
静かに名前を告げた宏明。
百合花と和美は、真吾を見る。
「なんで、この僕が…? 犯行時刻、僕は外回りに出ていたんですよ?」
少し動揺しながら言う真吾。
「そうよ。高杉君には無理よ」
和美も反論する。
「確かに高杉さんには、外回りに行っていたという完璧なアリバイがある。だけど、その中でも犯行は出来たんだ」
宏明は力強く言った。
「まず、あなたは外回りをしていた会社の社員に“もう一つ見せたい書類があるんだが持って来るのを忘れた。会社がすぐそこなので取りに行ってくる”とでも言い、北区の会社に戻ってきた。らせん階段からあらかじめ用意しておいた二十三、五cmの靴を履き、社長室に入った。外回りに行っていると思っていた社長は、当然驚く。あなたは隠し持っていたナイフで社長を刺した。そして、らせん階段から降りて、書類を取りに帰ったかのように外回りの社員の前に現れた」
宏明は大まかな推理をした。
「ス―ツじゃ、帰り血が…」
「ス―ツの上からカッパでも着用していたんでしょう。さっき言っていたカッパがらせん階段にあるゴミ箱から発見されたんだ」
宏明がそう言った瞬間、真吾の顔色が大きく変わった。
「そ、そんな物、僕が使ってたなんてわかるわけないじゃないですか?」
「確かにそれは言えてます。だけど、カッパと一緒に発見された凶器には指紋がついていたんだ。あなたは手袋もしないで犯行を行ったんだから…」
宏明に見抜かれたと思ったのか、オロオロし出す真吾。
「あなたは左手でナイフを持った。凶器にはあなたの左手の指紋がバッチリついているんだ」
「僕は左利きなんかじゃない。この前、左手で字を書いた時に二葉さんも見ていたじゃないですか? 左手で書きにくくしていたのを…」
真吾はとっさに左手で字を書いたことを出した。
「あなたは左手で書きにくそうにしてました。それにしては、字が綺麗なほうでした。普通、利き腕ではないほうで書くとそんなに上手くは書けないはずです」
宏明は真吾を見つめて言った。
「それはそうですよね」
百合花はうなずく。
「あなたも百合花さんのように両手使えるんじゃないんですか?」
「そんなわけないじゃないですか。僕は右利きなんだ」
「いや、あなたは右利きだ」
言い切る宏明。
「証拠はあるんですか?」
言い切る宏明に呆れたように真吾は聞いた。
「証拠はあります。さっき言った凶器の指紋です」
「鑑識の報告では、凶器の指紋と左手で書いてもらった紙についていた指紋が一致したんですよ」
谷崎警部は宏明の推理を付け加えるように言って、真吾の背後に回った。
「それにもう一つ。オフィスにあったハンカチ」
ハンカチを真吾の目の前に出す宏明。
「そのハンカチは…?」
「これは高杉さんが愛用しているハンカチです。昨日、オフィスに行った時に高杉さんの机の上に置いてあったんです。恐らく、このハンカチが犯行の引き金になったんだと思われます。あなたの愛用のハンカチのためにも、全てを認めて下さい」
宏明は真吾を説得する。
「…そうだよ…。僕が犯人だ」
真吾は観念したのか、罪を認めた。
「じゃあ、高杉さんが…?」
「そうだ。今から十二年前、当時小六だった僕は、親父が経営していた会社を継ぐつもりでいた。小さいながらも会社は順調だった。ところが、僕が中学に上がった冬、大山財閥が親父の会社と取り引きをしたいと言ってきた。親父は会社を少しでも大きく出来ると喜んで承諾したが、その話はでっち上げで大山財閥は何もかもを奪っていった。そのおかげで親父の会社は何もかもを失った。それからの僕の人生は、奈落の底へと突き落とされた。親父は自殺をして、母は病気をしながらも女手一つで僕を大学まで出してくれた。その母も持病が悪化し、去年の秋に亡くなった。その時には大山財閥に就職していた僕は、誰も止める人間なんかいなかったから、社長を殺害する機会を狙っていたんだ」
真吾は今までの経緯を全て話した。
「なんでパーティーの翌日に殺害したんですか?」
紀美は気になって聞いた。
「二葉さんが言ったのもあるけど、パーティーでは殺害チャンスがなくて、パーティーの翌日になってしまったんだ」
「じゃあ、脅迫文が西区に消印だったのは…?」
谷崎警部はずっと疑問に思っていたことを聞く。
「西区には親父が経営していた会社があったからなんだ」
「それでなのか…」
谷崎警部はやっと謎が解けたのか、納得した表情をした。
「このハンカチは親父が僕のためにオ―ダ―メイドで作ってくれたものなんだ。僕の名前を刺繍を入れてくれて嬉しかった」
真吾はポツリと呟くように、思い出を噛み締めるように言った。
「オレ、パーティーがあった日、高杉さんが百合花さんに告白しているのを聞いたんです。もしかして、犯行前にもう一度…」
「そう。僕のこの手が犯行で汚れてしまうなら、もう一度百合花さんに想いを告げてしまったほうがいい、と思ったんだ」
真吾は自分の両手を見つめながら言った。
「高杉さん…」
百合花は真吾の名前を呟く。
「さぁ、行きましょう」
谷崎警部は真吾を促す。
宏明は会議室を出ていく真吾を呼び止めた。
「高杉さん、社長が死体で発見された日、オレはあなたに嫉妬されているような変な感覚に襲われました。なんで、オレを…?」
宏明はあの日、感じた変な感覚について聞いてみた。
「きっと、二葉さんが羨ましかったんでしょう」
真吾は全員に背を向けたまま答えた。
「羨ましかった、か…」
独り言のように呟いた宏明。
「もし、二葉さんと早くに出逢っていたなら…もっと別の道が…」
そう言い残すと、真吾は歩き出した。
こうして、事件の幕は閉じたのだ。