表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

宏明の疑問

事件が起こってから四日が経った。今日は署に行くことになっている。谷崎警部からわかったことがある、と連絡が入ったからだ。

学校の正門を出て、徒歩五分のところにある生徒用のバイク駐輪場の前まで来ると、宏明は百合花とばったりと会った。

「二葉さん」

百合花は宏明と向き合う。

今日はいつもと違う雰囲気だ。黒のリクルートス―ツに、長い足にハイヒール。そして、きっちりした革の黒カバン。

「百合花さん、今日はス―ツで…?」

「就活で面接に行って来たの。午前中は休みで、午後の四限目の授業から出てたの」

「へぇ…」

感心してしまう宏明。

「そういえば、ノンちゃんは?」

「今日は風邪ひいて休んでます。二、三日前からしんどそうだったから…」

「そっか。じゃあ、私はこれで…」

宏明に頭を下げ行こうとする。

「あ、百合花さん」

宏明は百合花を呼び止める。

「会社のほうはどうです?」

「今は和美さんと高杉さんは本社に移ってもらってます。北区にある会社は警察が…」

百合花は少し伏し目がちに答えた。

「そうですか」

「早く犯人を捕まえて下さい」

「はい。はるべくオレも警察と協力します」

「わかりました」

そう言うと、百合花は軽く会釈をしてその場を立ち去った。

宏明は淋しそうな百合花の後ろ姿を見届けた後、急いで自分のバイクまで行った。




宏明が署に着いたのは、午後六時を少し回っていた。受付で谷崎警部を呼び出してもらい、会議室よりだいぶ小さい部屋へと案内された。

――なんか取調室みたいな部屋だな。会議室にしてくれたら良かったのに…。

などと、谷崎警部が来るまで思っていた。

「遅くなってスマンな」

谷崎警部は息を切らせながら部屋に入ってきた。

「で、わかった事って…?」

宏明は待ちきれずに聞いた。

「被害者の純氏は左利きの人間にナイフで刺されていたことがわかったんだ」

「左利き…?」

宏明は自分の耳を疑った。

「あぁ…」

「あの三人には左利きはいなかったと思うぜ」

「本当か?」

「うん。この前のパーティーの時にナイフが右手で、フォークが左手で持ってたし…多分、左利きじゃないと思うけどな」

宏明は思い出すように言った。

「ナイフとフォークの事は見てなかったが、二葉君が見たなら間違いないだろうな。そういうことはあの三人はシロか」

谷崎警部は悔しそうな声を出す。

「いや、完全にシロではないぜ。グレーだ」

「グレー…?」

「シロでもクロでもないってことだ」

「シロでもクロでもない、か」

谷崎警部はわからないような表情をした。

――左利きの人間の犯行か。あの三人には無理なのはわかってる。アリバイがなくても左利きじゃなかったら犯行が不可能だと証明されるけど…。

宏明は谷崎警部が持ってきたファイルを見つめながら思っていた。

その時だった。宏明の脳裏にある考えが浮かんだ。

「警部、三人に左手で文字を書かせるってのはどうだ? そしたら、左手を器用に使えるかどうかがわかると思う」

「でも、今左利きはいないって…」

「念のためにだって」

「もう一度、三人に集まってもらわないとな。どこに集まってもらうんだ?」

「明日にでも警察に呼べばいいんじゃね―か?」

「そうだな。吉岡さんにでも電話して明日大丈夫がどうか聞いてみるよ」

「わかった。話ってそれだけか?」

話題を変える宏明。

「それだけじゃないんだ。前に百合花さんが脅迫文の事を教えてくれただろ? その脅迫文は一通だけじゃなかったんだ」

「え?」

宏明は口を少し開けた状態になる。

「二葉君が知っている一通の後に三通も来てるんだ」

谷崎警部はファイルから三通の脅迫文を取り出しながら言った。

三通共、新聞紙で切り貼られていたものだ。

「百合花さんに聞いたものとは全く違う内容なんだな。この三通はいつ送られてきたんだ?」

宏明は三通の脅迫文に目を通しながら聞いた。

「三通は水、木、金と三日立て続けて送られてきたんだ。百合花さんが言っていた脅迫文は、パーティーの一週間前だ」

脅迫文を見ている宏明を見つめながら答えた谷崎警部。

「誰が送ったとかわからね―よな?」

あまり期待はしていなかったが、念のために聞いてみた。

「当たり前だが名前が書いてなかった。勿論、指紋もついてなかった」

「そうか…」

答えはわかっていたものの、落胆してしまう宏明。

「だが、消印が西区になっていたんだ。まぁ、犯人が居場所を悟られないようにわざとそうした可能性が考えられるがね」

落胆する宏明に希望を与えるように谷崎警部は言った。

「西区か…。ここから遠いよな。交通機関使っても三十分はかかると思うけど…」

「そうだな。西区っていっても広いからな」

そう言うと、谷崎警部は立ち上がり部屋の隅にある窓のドアを開けた。

春の心地よい気持ちいい風が、部屋いっぱいに入ってくる。谷崎警部は窓の外を眺める。

「桜が少ししか咲いてないな」

ため息をついてから言う谷崎警部。

「桜はあっという間だからね」

「二葉君、事件のほうはどれくらいで解決出来るのかな?」

谷崎警部はそっと目配りさせて聞く。

「まだわかんね―よ。早いこと事件を解決させる予定だ」

宏明はゆっくりとした口調で答えた。

「そうか。あ、お茶を持ってくるよ」

「気にしないでくれ。すぐに帰るから…」

「遠慮しなくてもいい。コ―ヒ―がお茶、どっちがいい?」

「コ―ヒ―。ブラックで」

宏明は即答した。

「わかった。すぐに持ってくるよ」

谷崎警部は部屋を出て行った。その間、宏明は事件のことを考えていた。

――左利きの犯人が殺害した。脅迫文は西区からの消印。パーティー当日じゃなく翌日に殺害された社長。そして、まだ発見されてない凶器。全くと言っていい程わからない。でも、明日になれば左利きの件はわかるはず。オレとしてはアリバイがイマイチなんだよな。高杉さんは外回りで間違いないだろうな。警部は吉岡さんより百合花さんを疑ってるみたいだけど、吉岡さんだって疑わしいぜ。

宏明は長いため息をつくと同時に、谷崎警部が入ってきた。

「はい、コ―ヒ―」

インスタントのカップを宏明に渡す。

「ありがとう。なぁ、明日、三人と会うついでに聞きたいことがあるんだけどいい?」

宏明は一口コ―ヒ―を飲んでから願い出た。

「いいけど何を…?」

「うん、ちょっと…」

宏明はカップを片手に、壁にもたれて、窓の外を見つめて答えた。






翌日の午後六時半に百合花の家に集まった一同。昨夜のうちに谷崎警部が百合花達三人に聞きたいことがあると連絡したのだ。

宏明と谷崎警部、そして病み上がりの紀美は会社に向かったのだが、和美が“百合花さんの家でゆっくりやりましょう”と言い出したのだ。

百合花の家は、外国にある洋館みたいな大きくて広い家だ。

リビングにあるソファに、左から和美、真吾、紀美、宏明、谷崎警部という形で座る。そして、百合花はお盆に六人分の紅茶のカップをのせて持ってきて、一人ずつに差し出す。置き終えると和美の隣に座った。

「警部さん、聞きたいことってなんですか?」

最初に聞いたのは真吾だった。

「実は三人に左手で字を書いてもらいたいと思いまして…」

谷崎警部は言いにくそうに事情を話す。

「右手で字を書く、ですか?」

和美は不機嫌に言う。

「はい。何でも構いません。自分の名前でも好きな言葉でも、とにかく左手で字を書いて欲しいんです」

「じゃあ、ペンと紙持ってきますね」

百合花は立ち上がり、自分の部屋に戻って行った。

五分程すると、ペン三本と紙三枚を持って戻ってきた。

「なんでもいいですか?」

「いいですよ」

「これは何か事件に関係でもあるんですか?」

百合花はペンを左手に持ちながら聞いた。

「ええ…まぁ…」

言葉を濁す谷崎警部。

そんな谷崎警部に不思議そうな表情を向ける百合花。

三人は左手で字を書き始めるが、百合花以外の二人はかなり苦戦している様子だ。

その様子に宏明と谷崎警部は顔を見合わせる。

少しすると三人は書き終えるが、和美と真吾はちゃんとした字にはなっていない。

「吉岡さんと高杉さんは右利きですね」

谷崎警部は三人の書いた紙をじっくりと見ながら言う。

「当たり前ですよ」

当然のように真吾が答える。

「百合花さんは左利きですか?」

「幼い時は左利きだったんですが、今は右でも使えるんで両手使えるんです。普段は右利きです」

「でも、今左手で字を書いてましたよね?」

谷崎警部は即座に聞いた。

「たまに左手で字を書く時があるんです。自分の気が付かない時でも左手を使ってる時があるんです」

百合花は谷崎警部の質問に動揺することもなく答える。

「そうでしたか。器用でよろしいですな」

谷崎警部は皮肉っぽい口調で百合花に言った。

「いやいや…両手使える方が意外と便利ですよ」

皮肉っぽい口調を知ってか知らずか、百合花は気にしない話し方だ。

「吉岡さん、一つ聞きたいことがあるんですがよろしいですか?」

宏明は和美のほうを向いて聞いた。

「なんでしょう?」

「事件のあった時刻って一人でオフィスで仕事してたんですよね?」

「そうですよ。北区にある社は私と高杉さんの二人だけなんで…」

「じゃあ、アリバイはないんですよね?」

宏明は紙から目を離し、和美を見て言った。

「そうです」

和美はイラつかせながら答える。「電話とか誰かが訪問した、とかないですか?」

「二時半頃にファックスを送りました」

「前には言わなかったですね」

宏明よりも先に谷崎警部が反応した。

「言いそびれてただけです」

「言いそびれてたと言って、まさか、あなたが社長を…?」

「何言ってるんですか?! 変な言いがかりをつけないで下さい! 私じゃないですよ!」

キツく言い放つ和美。

「で、ファックスはどこに送られたんですか?」感情を剥き出しにしている和美に、宏明はなだめるように聞いた。

「本社にです。先週のパーティーに来てもらった方の人数を集計してファックスで送ったんです」

宏明の問いに少し冷静になって、詳しく説明する和美。

谷崎警部は手帳に書き込みながら、宏明に変わって質問をする。

「そのファックスの原本って今もありますか?」

「はい。本社に出したファックスもあります。送ったほうに時刻ものってあります」

「そうですか。では、来週にでも部下と本社に伺わせてもらいます。大丈夫ですか?」

谷崎警部は聞いた。

「大丈夫ですよ」

「月曜日の午前中に伺わせてもらいますね」

「わかりました」

和美は手帳に谷崎警部が来ることを書き込んだ。

「百合花先輩、水もらえますか?」

紀美が申し訳なさそうに百合花に頼む。

「いいよ」

百合花は笑顔で引き受ける。

「急になんだよ?」

「だって薬飲まなきゃダメなんだもん」

宏明の文句にほっぺたをふくらませる紀美。

「紀美が薬飲んだら帰らせてもらおうか」

宏明は谷崎警部に言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ