いつもと違うパーティー
百合花の相談から三日が経った。今日は土曜日でパーティーのある日だ。
紀美と京子は、昼前から美容院で髪をセットしに行った。
大山財閥のパーティーということで、身だしなみをちゃんとして行こう、と言っていたのだ。
そして、京子のマンションに戻り、紀美は淡い紫、京子はベビーピンクのワンピースを着用していくことになった。
午後五時半に地下鉄の改札で待ち合わせした。
「遅れてスマン」
待ち合わせ時間より二、三分遅れてやって来た茂。
「大丈夫だ。さぁ、行こう」
宏明は先頭に歩く。
「今日行く会場になっているホテルって有名なホテルなんでしょ? 地下鉄から歩いてどれくらいなんだよ?」
茂は宏明に聞く。
「十五分くらいかな」
「結構、距離があるんだね」
「そうなんだな」
茂と京子は仲良く隣同士に歩く。
――この二人、付き合ったらいいのに…。素敵なカップルになると思うのにな。
二人を見ながら、紀美は思う。
地下鉄から十五分、会場であるホテルが見えてきた。
「うわぁ、綺麗!!」
京子はなんとも言えない声を出した。
「やっぱ、やることが違うな」
茂も頷きながら言った。
信号を渡ると、さらにいっそう大きく見えた。
宏明達は正面玄関の前で立ち止まる。
「うひゃ―、こんなとこに泊まるとなるとすげ―金がいるんだろうな」
「一泊、何万もするらしいぜ」
「…だよな」
茂はガックリ肩を落とす。
「とにかく、中入ろうぜ」
宏明は促す。
中に入ると、四人は回りを見回した。
「二葉君」
背後から宏明を呼ぶ声がした。
「あ、谷崎警部!」
後ろには背広を着た谷崎警部が立っていた。
谷崎警部は恐面だが、気は優しい。
「いつ来たんだよ?」
「五分前だ」
「そっか。じゃあ、大山さんがいる部屋にでも行こうか」
五人はエレベーターに乗り、百合花がいる部屋に向かった。
受付まで約二十分はある。その前に百合花に呼ばれているのである。
大山家はスイートルームにいる。大山家がいるスイートルームの近くになると、百合花とばったりと会った。
「お待ちしてました、二葉さん」
百合花はピンクのワンピースを着ている。
「部屋はこちらです」
と、続けた百合花。
百合花の後に、宏明達も歩く。
少し歩くとスイートルームについた。ドアが開くと、大山家がバタバタしている。
「お父さん、お話していた方達よ」
ジャケットのボタンをとめている父に声をかけた百合花。
「おお、そうか。今日はよく来ていただいて…。私は百合花の父の純です」
純は頭を下げた。
「僕は二葉宏明です」
宏明は自分から名前を告げた。
「こちらが高校の後輩と友達」
百合花がそう言うと、紀美、京子、茂の順で自己紹介した。
「で、こちらの方は…?」
純は谷崎警部に目をやった。
「こちらは谷崎さんといって、二葉さんの親戚の方よ」
「そうでしたか」
純はゆっくりとため息をついた。
「こちらも紹介しないといけなせんな。秘書の吉岡です」
「吉岡和美です」
和美はペコリと頭を下げた。
宏明達も頭を下げる。
和美は小柄だが、仕事が出来ると感じの女性だ。
「隣にいるのが、部下の高杉です」
「高杉真吾です」
真吾はぶっきらぼうな口調であるが、面長で今時の青年といった風だ。
「では、ゆっくりとしていって下さい」
「わかりました」
「では、受け付けにでも行こうか」
谷崎警部は宏明達に言って、大山家がいるスイートルームを後にした。
受付を済ませると、大きな大広間へと通された。
中はテ―ブルがいくつか置いてある。どうやら今回のパーティーはテ―ブルマナ―をやるらしい。
五年前は盛大にやっていたパーティーも、今年はゆったりとした感じでやろうという純の思いで、テ―ブルマナーになったのだ。
パーティーは有名な政治家や著名人が多く来客として出席している。
テ―ブルの上には、パーティーの次第の内容が紙に書いて置いてあった。宏明はその紙を手に取り目を通した。
開会の辞から始まり、社長の挨拶、晩餐となっている。
――ま、こんなもんか…。こんな感じで十分だ。
宏明はあまりウルサイのは嫌いなのである。
「あ―、緊張するぅ」
紀美はゆっくりと深呼吸する。
「何、緊張してんのよ?」
「だってこんなパーティー初めてなんだもん」
「そりゃあ、そうだけど…」
京子は苦笑している。
「それにしても、私達が出席しても良かったの? ヒロと谷崎警部だけで良かったような…」
「確かに…」
茂も同感している。
「オレら二人で行くと、変な感じがするだろ?」
「いや、父と息子で…」
「まぁ、それもいいんだけどね」
そんな会話をしているうちに、司会者が前に出てきた。
司会者はさっき大山家の部屋にいた真吾だ。
「さぁ、大山財閥の六十周年記念パーティーが開始です。今回は前回までとは違い、テ―ブルマナーになっています」
さっきとはうって変わっての爽やかな口調だ。
「では、社長からの挨拶です」
真吾は純に目をやった。
純はその場に立ち、マイクを手にやった。
「大山財閥は六十周年を迎えました。我、財閥のモットーは、何事にも懸命にやる、です。何事にも懸命にやれば、やって出来ない事はないのです。今、この中で辛い想いなどをしている人もいるでしょう。ずっと闇の中ではありません。努力次第で未来は開けてくるのです。だから、決して諦めてはいけません。これが私の想いです」
純は力説した。
純の言葉に会場内に拍手が沸き起こった。
――案外、いいこと言う人なんだな。
「短いですが、これで私の言葉とさせていただきます」
純はマイクを置くと、席についた。
「では、乾杯とさせていただきます」
再び、真吾が話し出す。
そして、盛大に乾杯となり、宏明達の前に料理が運ばれてきた。
「これも何万とする料理でしょ?」
紀美の耳元で囁く京子。
「そうだよ」
「一生に一度、食べれるかどうか、だよね」
「それは言えてる」
同感する紀美。
「宏君、大丈夫なの?」
隣に座る宏明に聞いた。
「何がだよ?」
「脅迫文の事よ」
「大丈夫だろ? 今のところ、社長は食事してるし…」
宏明は食事をする純を見て言った。
「そういえば、大山さんて母親いないのか?」
突然、谷崎警部は思い出したように尋ねてきた。
「交通事故で亡くなったの。五年前に…」
「亡くなった…?」
「うん。なんでも車のブレーキの故障とかで…」
思い出すように答える紀美。
「それからみたいよ。人の好きな人を取るようになったのは…」
「自暴自棄になったっていうことか…」
宏明は呟く。
「やっぱりそういうことになるのかなぁ…」
紀美がそう言ったとたんに、ス―プが運ばれてきた。
パーティーが開始して、四十分近くが過ぎた。前で座って食事しているはずの百合花と真吾の姿が見当たらない。
宏明は少しキョロキョロと辺りを見た。だが、見当たらない。宏明はそっと席を立つ。
「ヒロ、どこ行くんだよ?」
茂が気付いて声をかける。
「ちょっとトイレに…」
「大丈夫か?」
「あぁ…」
宏明は返事だけすると、そそくさと席を離れた。
大広間から出ると、二人の姿を探した。
大山家がいるスイートルームの近くまで来た宏明。
スイートルームのドアが少し開いている。人の話し声が聞こえた。宏明は寄って耳を傾けた。どうやら、百合花と真吾が二人で話をしているようだ。
「だから、無理だって言ってるじゃない」
百合花は苛立った口調で話している。
「でも、僕は百合花さんの事が好きで…」
「私はあなたと付き合う気なんてない。他に好きな人が出来たんだから…」
「前に好きだって言った時は、そんなこと言ってなかったじゃないですか」
さっきより弱々しい声になる真吾。
「最近、出来たのよ」
「最近…?」
「そうよ」
窓のカ―テンを閉めながら答える百合花。
――高杉さんて百合花さんの事が好きなんだな。でも、百合花さんの好きな人って…?
「とにかく、私はあなたと付き合う気なんてこれっぽっちもないんだから! 早く出ていってよ!!」
「はい…」
きつく言い放つ百合花に、泣きそうな声で返事をした真吾。
宏明は部屋から離れ、小走りでエレベーターまで来る。
エレベーターの下に行くボタンを押し、何事もなかったかのように、エレベーターが来るのを待っていた。
しばらくすると真吾がやって来た。
「あ、二葉さん…」
まだ弱々しい声の真吾。
「高杉さんじゃないですか―?」
宏明はわざと明るい声を出した。
「どうしてここに…? パーティーは…?」
真吾は泣きそうな表情をしつつも、首をかしげる。
「いや、ちょっとトイレに行こうと思ってここまで来ちゃって…」
とっさについた嘘を口にのせた。
「そうですか。パーティーはどうですか?」
「楽しいですよ。オレら庶民にはめったに出来ない食事だし…」
次は本当のことを答える宏明。
エレベーターが宏明達のいる階までやってきた。二人はエレベーターに乗り込み、会話を続けた。
「そういえば、今年のパーティーはいつもとは違うみたいだけど、いつもはどんなパーティーをしてるんですか?」
宏明は聞いた。
「僕もよくわからないんです。でも、いつもはホテルの大広間を借りて、丸テ―ブルにたくさんのオ―ドブルがあり、好きな物を取って食べる、というものらしいですよ。そして、ゲームとかもあるらしいですよ」
誰かに聞いたのか、らしいという言葉をつけて説明する。
「もしかして、高杉さん、今回のパーティーは初めてですか?」
「そうです。入社二年目で…」
「そうだったんですか」
「二葉さんて百合花さんと同じ大学なんですよね?」
話を変える真吾。
「はい。確か、法学部だっけ?」
「将来、弁護士になりたいんだとかでね」
「弁護士かぁ…」
「二葉さんは百合花さんとどういう関係で…?」
「オレの彼女が百合花さんの高校の後輩みたいで、それで知り合いになったんです」
「へぇ…」
「あ、着いた。早く戻らないと…」
「僕もだ」
二人は大広間に着くと、軽く会釈をして、互いの席へとついた。
「長いトイレだったな」
茂がグラスに入ったオレンジジュ―スを一口飲んでから言った。
「うん、ちょっとな」
宏明はパンに手を伸ばしながら曖昧に答えた。
「なんか嬉しそうだね」
宏明の表情を見ながら言う宏明。
「そうかぁ?」
「高杉さんと一緒に入ってきたし…」
「トイレの帰りに会ったんだ」
そう答えながら、次はウ―ロン茶に手を伸ばした。
宏明達の席の横を百合花が通り過ぎた。百合花は少し疲れたような表情をしている。
「このようだと何も起こりそうにないな」
谷崎警部は宏明に言った。
「そうだな。あの脅迫文はイタズラってことになるな」
「イタズラか。性質の悪いイタズラだな」
谷崎警部はため息まじりで呟いた。
それから一時間近く経った後、パーティーは何事もなく終了した。パーティーの後は、写真を撮る者や社長と話す者もいる。
「今日はありがとうございます」
百合花は宏明達に礼を言った。
「いいんですよ、先輩」
紀美は笑顔で言う。
「私が心配して損したみたいだな」
百合花は独り言のように呟く。
「何かあったら言って下さい」
「わかりました」
「百合花!」
純が百合花を呼ぶ。
「お父さん」
「みなさん、今日は楽しんでもらえましたか?」
「ええ、とても…」
谷崎警部が代表で答える。
「そりゃあ、良かった。まだうちの百合花と仲良くしてやって下さい」
「わかりました」
紀美は頷きながら返事する。
「では、私達はこれで…」
純と百合花は頭を下げて、その場を去って行った。
「私達も早く帰ろう」
京子は疲れた声で言った。