久しぶりの再会
街中には、暖かな春の風が吹いている。
今日は四月七日。二葉宏明は大学近くのコンビニに寄り、ペットボトルのお茶を買い、外へと出た。いつもは校内の購買部で買うのだが、たまにはコンビニで買おうと思ったのだ。
大学の塀沿いを歩くと、正門が見える。正門には、彼女の西野紀美が片手に待っている。
「紀美っ!」
「あ、宏君、久しぶり!」
笑顔満開にしながら手を振る紀美。
「スマン。遅くなって…」
「ううん、私も今来たとこよ」
「そうか。中入ろう」
宏明は校内へ入っていく。
紀美も急いで宏明の後を追いかける。
「今日から新学期始まったね」
「あぁ…」
そっけない返事の宏明。
「春休み二ヶ月あったのに、デートしたのは三回だったもんね。宏君、何してたの?」
「バイトしてた」
またしても、そっけない返事の宏明。
「宏明!」
「ん?」
「なんでそんなにそっけないの?」
「いや、別に…」
宏明の返事に下を向いてしまう紀美。
「…宏明、私のこと嫌いになっちゃった?」
「なんで紀美のこと嫌いにならなきゃいけね―んだよ?」
「だって…」
「ごめん。オレの言い方が悪かった」
頭をかきながら謝る宏明。
「久しぶりに会ったから恥ずかしいだけだって。前より可愛くなったから…」
宏明は顔を赤くさせる。
「今日、食堂で食べていく?」
「…うん」
「じゃあ、茂と京子も呼ぼう」
コクりと頷く紀美。
「宏君…」
紀美は何かを言いかけようとしてやめた。
「なんだよ?」
「ううん、なんでもない」
「変な奴…」
首を傾げる宏明。
本当は宏明と二人で昼食がしたかったのだ。だけど、この想いは胸の中でそっとしまってしまった。
「お、サ―クルの勧誘してるじゃん」
中庭でサ―クルの勧誘をしているのを見つけた宏明。
「宏君は入らないの?」
「今から入っても仕方ないって…」
「もったいないな。せっかく運動神経いいのに…」
二人は人ごみをかきわけながら会話をする。
「そうだけど大学ではやらないって決めたんだ」
「へぇ…」
「運動はフィットネス・クラブに行けばやれるしな」
「まぁね。あ、相川君いるよ!」
バスケ部の勧誘をしている相川茂を見つけた二人。
「茂!」
「ヒロじゃん! 二人仲良く登校か?」
「まぁな。今日、一緒に食堂で昼食べよう」
「オゥ! いいよ」
「よし、あとは京子だけだな」
宏明は独り言のように言った。「オレら邪魔みたいだし行くな。じゃあ、食堂で!」
宏明は早口で言った。
「わかった」
茂は頷くとすぐに勧誘に入った。
宏明と紀美はその場を離れる。
「風が気持ちいい」
吹いてきた風に声を出す紀美。
「そうだな」
「ずっと外にいたい気分」
「ガイダンスが終わってからだな」
「今日、ご飯食べてからどっか行こうよ。せっかくのいい天気なのに…」
「オレはバイトあるけど…」
「そっか…。いつでもいいか。桜散るまでにどっか行こうよ」
「OK!」
宏明は笑顔になる。
「久しぶりの食堂はおいしいね!」
紀美の友達の水木京子が声をあげた。
「そうだね。京ちゃん、実家に戻ったの?」
「うん。短期のバイトしてたよ。一ヶ月半だけだけど、ス―パ―のお惣菜売り場にいてたんだ」
「どうだった?」
「週五で入ってて、朝の八時から三時までだよ。しかも、休憩が三十分。足は痛くなるし大変だったよ」
京子は思い出したのか、ゲッという表情をした。
「でも、だいぶ稼げただろ?」
「まぁね」
京子は茂にウインクする。
その時だった。
「あら? ノンちゃん?」
大人っぽい声の女性が、背後から紀美を呼ぶ。
紀美は振り向く。
「あ! 百合花先輩!」
「久しぶり―! 元気―?」
「お久しぶりです。元気ですよ。先輩は?」
「私も元気だよ」
その女性は久しぶりに紀美と再会出来たせいか、とても嬉しそうである。
「あ、ごめんなさい。友達と一緒だったのね」
「はい。隣に座ってるのが彼の二葉宏明君です。私の正面に座っているのが友達の水木京子ちゃん。その隣が宏君の友達の相川茂君です」
紹介された三人は、紀美の先輩に会釈する。
「私はね、大山百合花。ノンちゃんの高校時代の部活の先輩なの」
「そうなんですか」
「百合花先輩は大山財閥の令嬢なんだ」
「お嬢様?!」
思わず、京子は大声を出してしまう。
「そうなの」
百合花は照れながら頷く。
「それにしても、ノンちゃんに彼氏なんてね」
そう言うと、百合花は宏明をチラッと見た。
そして、宏明の隣に座った。
「百合花先輩、なんでここに…?」
「この大学に入学したのよ。私は法学部よ」
「それで会わなかったんだ」
「ノンちゃんは何学部なの?」
「文学部です」
「そうなんだ」
仲良く会話する紀美と百合花。
「ノンちゃん、いいな。彼氏がいて…」
羨ましげな百合花。
「前に校内で起こった痴漢騒ぎは、ヒロが犯人見つけたんですよ」
茂は自分の事のように自慢している。
「えっ? あの時の…?」
百合花はビックリしている。
「そうなんです」
自慢してする茂に対して、宏明は落ち着いた口調で答えた。
「じゃあ、“あの事”も相談してもいいのかしら?」
百合花はさっきと違い、表情を曇らせた。
「先輩…?」
紀美は心配そうに百合花を見る。
「“あの事”ってのは…?」
京子は気になるのか聞く。
「うん…」
百合花は返事をしたままうつむしてしまう。
「話してくれたほうがいいですよ、百合花先輩」
紀美の言葉に、意を決した様に顔をあげた。
「実はね、私の家に脅迫文が届いているの」
ゆっくりとした口調で話す百合花。
「脅迫文…?」
「三日前に届いたの。今週の土曜の午後六時からパーティーを開催するの。そのパーティーに対して、脅迫文が届いているってわけ」
「それはお父さんの会社に…?」
茂は聞く。
「そう。“パーティーをやめろ。やめないと人が死ぬ”っていう…」
「人が死ぬ…?」
「で、そのパーティーっていうのは?」
黙って話を聞いていた宏明が聞いた。
「今年、大山財閥が六十周年記念なの。五周年ごとにやってるんだけど、今年は今までのパーティーとは違うものにしようって父が言い出して…。多分、そのことを知った誰かだと思うの」
今にも泣き出してしまいそうな百合花。
「その事についてお父さんはなんとおっしゃてるんですか?」
「放っておけと言って、あまり気にしてない様子です」
「じゃあ、パーティーを開くってわけ?」
京子は信じられないという口調の声を出した。
「そうです。もし、来れそうならノンちゃん達も来て欲しいんだけど…」
「わかりました。警察には言ったんですか?」
「いや、まだです。父は警察嫌いなもので…」
百合花の言葉に考え込む宏明。
少しの間、五人に沈黙が流れる。
「オレの知り合いの警部がいるんですが、その人をお忍びで連れてくるのはどうでしょう?」
宏明の提案に首を捻る百合花。
「警察の方だと言わなければ…」
「必ず警察だとは言いません。だけど、何かあれば伝える、という形でよろしいですか?」
「それでいいです」
百合花は横に座っている宏明の目をまっすぐに見て答えた。
「じゃあ、私はこの辺で…。詳細はノンちゃんに伝えます。ノンちゃん、私のケ―タイのメアド知ってたよね?」
「あ、はい」
お茶を飲んでいた紀美は、慌てて返事をする。
「それでは紀美に…」
「では…」
百合花は軽く会釈をし、その場を立ち去った。
「ノンちゃんが社長令嬢の後輩だとは…」
茂は驚いた口調で言った。
「大山財閥のお嬢様だけど、“お嬢様”っていう感じは全く見せなかったんだよ。後輩の面倒見も良かったし…」
紀美は食堂を出ていく百合花の後ろ姿を見ながら話す。
「ノンちゃんって何の部活に入ってたっけ?」
「吹奏楽部だよ。私はクラリネットやってたんだ。百合花先輩はトロンボーンだったよ」
説明する紀美。
「普段はいい先輩なんだけど、人の好きな人を取ってしまう悪い癖があるんだよね」
紀美は声のト―ンを落として言った。
「どういうこと?」
「次から次へと人の好きな人を取っていくのよ。私の友達も付き合ってた彼氏を取られてショック受けてた。私も片想いしてた人が、先輩と付き合いだしたんだ。色々と相談にのってもらったんだけどね」
紀美は悲しい声で言った。
「そういうことがあったんだ」
「ヒロの場合は大丈夫よ。ノンちゃん一筋なんだから…」
京子は紀美の不安を打ち消すように言った。
「京ちゃんありがとう」
紀美は再び同じことはないと思いながら礼を言った。