わたしは予言者だけど、
お久しぶりです。
予言者さんは男です。
わたしは孤児でした。
生まれた時から親はありませんでしたが、一人ではありませんでした。
わたしは優しい神父さまとたくさんの兄弟たちに囲まれて育ちました。
小さいころから優しい家族に恵まれていたので、寂しかったことはありません。
わたしが住んでいた孤児院は神殿と併設してあり、わたしは毎日のように祈りを捧げました。
神に祈りをささげるのはわたしにとって当たり前のことで、祈りの前に語られる神話や神の教えがとても好きでした。
わたしはこの平穏が続きますように、と神様に毎日祈りました。
しかし、わたしのこの孤児院での生活は7歳になる少し前に終わりました。
わたしの国が戦争をはじめ、孤児院や神殿への援助がなくなったからです。
わたし達は大きな孤児院にバラバラに分けられ、兄弟たちと別れることになりました。
小さいわたしはその時、泣きわめいた記憶が鮮明に残っています。
わたしはとても寂しかったのです。
みんなと別れることが、寂しくてたまらなかったのです。
だから、荷馬車に乗り込む兄弟たちの前で泣きわめきました。
泣いて泣いて、ひたすら泣いて、神父さまと兄姉たちをとても困らせました。
行かないで、一緒にいて、と無理なことを大声で叫び、一人にしないでと全身で訴えるように号泣しました。
普段からムードメーカー的存在だったわたしが涙を流したことで、弟たちや妹たちも泣き出し、その時は神父さまがわたし達を宥めようと優しく抱き締めてくれました。
大丈夫ですよ、また、いつか会いましょう、と背中をさすり、柔らかく抱き締めてくれた神父さまは、神殿でいつも漂っているお香のいい香りがしました。
わたしはその香りですっかり安心してしまい、ピタリと喚くのをやめました。
身体を離し、神父さまを見ると、神父さまもわたしと同じで泣いていました。
ああ、同じ気持ちなんだと思うと、わたしは泣き止み、そして、兄弟たちにまたね、と言いました。
いつか必ず会えるならば、少しくらいは離れられると思ったからです。
それに、もう神父さまと兄姉たちを困らせたくないと思ったのです。
わたしは麻のズボンを強く握り、何度もまたねと繰り返して言い、そして、遠ざかる大事な家族が見えなくなるまで手を振り続けました。
わたしがその神殿から去ったのは次の日のことでした。
わたしが連れていかれたのは王都の近くの孤児院でした。
そこにはたくさんの孤児がいました。
ほとんどが戦争で両親をなくしたり、魔物によって家族を亡くした子供たちです。
空気はいつも暗く、わたしのいた孤児院は孤児院の中では小さいこともあり、まるっきり違う場所でした。
わたしと一緒に来た数人の兄弟たちはまるで別世界に来た気分でした。
わたしはその孤児院で初めにしたことは明るく振舞うことでした。
一緒に来た兄弟たちが落ち込まないようにとできるだけ笑って過ごしました。
笑っていれば幸せだと昔、神父さまが教えてくれたのです。
だからわたしは笑って、笑って、新しい兄弟たちと仲良くなろうと頑張りました。
しかし、そんなわたしが気にくわない子もいました。
彼は戦争で唯一の家族だった父を亡くしていました。
彼は言いました。
そんなに笑って馬鹿じゃないか、癪に障る、と。
しかし、わたしは彼のその言葉を鼻で笑って返しました。
毎日ふてくされている方が馬鹿じゃないか、と。
幸せになろうともせず、毎日毎日毎日悲嘆に暮れていても何も変わらないです。
過去は変えることができません。
わたし達が変えられるのは未来だけなのです。
幸せというのは自分でなろうと思えば、掴めるものなのです。
わたしが必死で神父さまに教えられたことを自分の言葉で伝えると、彼は煩いと言って去ってしまいました。
しかし、次の日から彼は少しずつわたしたちと話すようになりました。
彼が笑うようになるころにはわたしはこの孤児院はだんだんと明るくなり、わたしもこの孤児院が好きになっていきました。
その孤児院に慣れると、わたしは間もなく7歳になり、職業を選びに王都の神殿に行きました。
王都の神殿は神父さまたちと一緒にいた神殿とは比べ物にならないくらい大きい建物でしたが、わたしには広すぎて逆に寂しい場所に見えました。
神様もこんな広い場所では寄り添う距離も遠くなるのではないか、と漠然とそう思ったのです。
神殿には王都中の同じ誕生季の子どもたちが集められ、列に並ばされ、順番に職業を決めていくようでした。
その会場には神父や巫女以外に、物々しい軍服を着た男たちもいて、小さいわたし達はとても居心地が悪い思いをしていました。
職業とは本来、自分の意思で選ぶものです。
親と同じだから、憧れだから、好きだから、と理由は様々ですが、最終的には自らの意思で選ぶはずの者なのです。
しかし、軍服の人たちは言いました。
戦闘系の職業がある者はそれを選べ、と。
それは命令であり、脅しでした。
男たちはわたし達が職業を選ぶ様子を一部始終覗き、そして、戦闘系の適性があるものはそれを選ばせました。
そして、高らかに謳いました。
おめでとう、君は今日からこの国の立派な兵士になるんだ、と。
その賛美を喜んだ子供はいたでしょうか。
少なくともわたしにはいなかったように思えました。
無理やり、戦場に駆り出されるのですから。
わたしは幸いと言っていいのか、戦闘系の職業はありませんでした。
そう言った子供の中には来年のために訓練だ、と言われた子もいましたが、わたしの腕が細かったからでしょうか。
わたしはそういわれることもなく選ぶことができました。
私が選んだのは、占い師でした。
占い師とは珍しい職業です。
それは、職業の中でも獲得条件が分かっていないからです。
職業の中では獲得条件が分かっていない職業が複数ありますが、その中でも占い師は希少な方でした。
わたしが選んだ理由は単純です。
これがあれば、神父さまと兄弟たちを探せると思ったからです。
わたしは孤児院に帰ると、一緒に来た兄弟たちに神父さまたちにまた会えるかもと語って聞かせました。
少しだけ占ってみると、神父さまたちのいる方向が占え、わたしは舞い上がるような気分でした。
兄弟たちも喜び、いつか一緒に会いに行こうと誓い合いました。
その時の輝くような兄弟たちの顔をわたしは今でもはっきりと思い出せます。
しかし、わたしにそんな時間は与えられませんでした。
わたしが占い師を何も言われずに選べたのは細腕だったからではありませんでした。
軍人たちがわたしの職業を戦争に利用するためでした。
職業を選んだ数日後、わたしの孤児院に突然軍人が訪ねてきました。
軍人は言いました。
おめでとう、君は今日から軍に入れるんだ、国のために尽くせるんだ、と。
わたしはその時、どんな顔をしていたでしょうか。
自分ではわかりません。
ただただ、この国の愚かさを知った気がしました。
わたしはその日、新しくできた兄弟たちに別れを告げました。
わたしが連れてこられたのは軍の諜報部でした。
わたしの仕事は簡単です。
どの戦法がいいのか、どの兵士を使うべきか、他にも敵国について占うだけです。
占うのは初めて神父さまのことを占った時と違い、とても辛いものでした。
もともと占い師と言うのは未来に起こる言霊が浮かぶ、と抽象的なことしかわかりませんが、それでも、自分が占ったことが全て他人の死に直結していることを知っていたからです。
わたしが占ったせいで暗殺された人もいました。
辛くて辛くて、占うことをやめたいと思いました。
自分が占い師になったことを後悔することさえありました。
しかし、わたしには占うという選択肢しかありませんでした。
孤児院の兄弟たちがどんどんと戦闘系の職業を選ばされていったからです。
みな訓練を受けさせられ、そして、次々と戦場へと送られていきました。
兄弟たちが負けないようにと占うしかわたしにはなかったのです。
どんなに国を恨んだでしょうか。
どんなに軍の人々を恨んだでしょうか。
どんなにわたしたちを使うだけの貴族を恨んだでしょうか。
わたしがどんなに恨んでも、憎んでも、でも、わたしは軍の諜報部でただひたすら兄弟たちのために占うしかありませんでした。
わたしが軍から逃げたのはいつだったでしょうか。
それは確か、わたしが17になったころだったと思います。
もう、何をするのも億劫で歳を数えるのを忘れていたから曖昧です。
わたしは、ある日、神父さまたちの様子を占いました。
もう、数年占っていませんでした。
自分の魔力は出来る限り軍のために占わされていたからです。
その日はいつも通り、ベッドに崩れるように倒れこむと、魔力に少しだけ余力があるのが分かりました。
なんとなくでした。
なんとなしに気になったのです。
もう、何年も思い出せていなかった神父さまと兄弟たちのことを。
結果は分かりきっていました。
わたしは占ったことを後悔しました。
神父さまは、兄弟たちは、一人残らずこの世にはいませんでした。
もう、会えない存在になっていました。
わたしは、生まれて初めて、世界に一人になってしまいました。
わたしは嘆きました。
泣いて泣いて、ひたすら泣いて、まるで兄弟たちと別れた日のように泣きわめきました。
なぜ、神父さまたちは死ななければならなかったのか。
わたし達はただ平穏に暮らしたかっただけなのに。
静かに生きていきたいと祈っただけじゃないか。
なぜ、なぜ、なぜ。
なぜ、神様は助けてくれなかったのだろう、と。
その時、急に頭の中を何かが駆け巡りました。
わたしはベッドの上で呻き、割れそうな頭を抱えました。
わたしが少し暴れたせいか、サイドテーブルから物が落ちる音がしましたが、わたしは気に留める余裕もありませんでした。
なぜならば、わたしは理を見たからです。
この世界の理。
それは、数百年ごとに魔王という絶対的な悪を作って、勇者という希望で打ち砕くことです。
一つの共通の敵を持つこと。それにあらがう力があること。
それが人間同士の戦いを阻止し、人間の繁栄につながるのです。
それは神が定めた絶対的な理。
わたしたちはその理の一部でした。
同時に、わたしは見ました。
死んでいった過去の魔王たちのこと、そして、もう会えなくなってしまった神父さまたちのことを。
過去の魔王たちは皆、自分の運命を受け入れ、そして、何かを、誰かを守るために散っていきました。
それは、これを見たからでしょう。
わたしのように、愛しい家族や友人たちのことを。
神父さまたちは皆、この世界が平和になることを祈って亡くなりました。
みな、同じでした。
平和になって、わたし達が、他の兄弟たちが幸せに暮らせることを祈っていました。
わたしの大切な家族は、みな、孤児だから自分が戦争に行かされるのが早いと知っていました。
だから、自分が貢献して、戦争を終わらせて、少しでも早く兄弟たちに幸せが訪れるようにと願っていました。
その願いは、わたしが戦争を楽しむ貴族たちを見てなくしてしまったものでした。
誰一人、恨んでも憎んでもいませんでした。
誰も、何も。
だからわたしは思ったのです。
わたしがこの優しい家族たちの願いをかなえて見せよう、と。
そう思ったらわたしは理通り、魔王と共に散ることを受け入れていました。
わたしはその時思いました。
神は残酷で、そして、優しい人だ、と。
その日からわたしは、予言者になりました。
予言者とはとても便利な職業でした。
占い師よりもずっと使い勝手のいい職業です。
予言者は未来を見ることができたのです。
それも、はっきりと。
たくさんの可能性があり、それらをすべて見ることができたのです。
見れない未来もありましたが、それでも、神の領域にあるような職業でした。
わたしはその力を使って、すぐに軍から逃げだしました。
10年間閉じ込められていた軍を抜け出すのは大変だと思っていたのに、とてもあっさりと逃げられてしました。
それからわたしは旅に出ました。
わたしと同じ理を見た仲間たちを探しに。
わたしは未来を見たことで知っていました。
彼らはわたしにとって新しい家族のような存在になることを。
わたしが役目を終えるまでは、彼らと幸せに暮らせるであろうことを。
そして、わたしが大事になるはずの彼女にあることを願うことを。
わたしは予言者だけど、きっと彼女に予言をすることはないでしょう。
だって、わたしは彼女にとっての予言者にはならないから。
わたしはすぐ会えることになるであろう家族に胸を躍らせながら孤児院から去るときのように国から出る荷馬車に揺られました。
明日にもう一話。