もしもまた君に好きと言えたなら、
昨日の夜に予約したのですが、一日間違えていたようです。
では、彼視点。
俺は泣いていた。
涙が止まらなかった。
歩いて、歩いて、歩いた先の魔王城で、彼女の墓碑を見つけてしまった。
そこに書かれた彼女の生き様と名前。
そして、触れたことによって見えてしまった彼女の記憶。
それは彼女全てだったのだろうと思う。
ううっ、と嗚咽が漏れる。
胸が痛くて裂けるような、けれど彼女の気持ちを知って熱くなるような不思議な感覚に体が襲われるが、それはどうしようもないものだとわかって、寂しくて、彼女に会いたくて、俺は倒れこむように石碑に寄り掛かった。
彼女を悼むために造られたそれは冷たくて、俺の熱を背中から奪っていった。
力抜け、手に持っていた白い仮面が渇いた金属音を立てて、床に転がり落ちる。
ああ、涙が止まらない。
彼女のことを考えると、胸が締め付けられる。
俺の幸せは君が隣にいることだったというのに。
君が隣にいてくればよかったんだ。
涙はとめどなく流れていて、俺の想いと彼女の想いが混ざり合って、好きと言う気持ちがあふれ出て、でも、彼女がいないことが悲しくて、俺はぽつりと呟いた。
「好きなんだ。俺の魔王」
「好きよ」
それは、唐突だった。
涙を流している俺の目の前で急に光が集まり、それは段々と人型をとり、そして―――彼女に成った。
俺は夢を見ているのだろうか。
現れた彼女は涙を流していた。
俺にとっては二度目の彼女の泣いている姿だった。
けれど、その表情は朗らかで、笑っていて、俺も自然と降格が上がった。
彼女は地に足をつけると、俺の胸に飛び込むように倒れこんできた。
俺はすぐに立ち上がり、彼女を受け止めると、あまりの衝撃にへなへなと腰を抜かして一緒に座り込んだ。
それは抱きとめた彼女があまりにも冷たかったからでもある。
触れたところからものを凍らせていくようで、俺の肌は熱を奪われすぎて逆に火傷しそうだった。
まるで溶けぬ氷を抱いているかのようだったけれど、彼女から離れるという選択肢は俺にはなくて、力がないようにぐったりしている彼女を石碑に寄り掛からせて手を包み込んだ。
やっぱりそこも身体と変わらず刺すように冷たかった。
だが、俺はそんなことなんか気にならなかった。
こんなの彼女を失った痛みに比べればどうってことない。
彼女がいるだけで、俺は幸せなのだから。
ああ、涙がまた流れ出る。
でもこれはさっきとは違う意味でだった。
―――これは、喜びだ。
それも、言葉にできないほどの。
彼女を見ると、現れた時と同じように笑っていた。
ああ、俺が知っている彼女だ。
ずっと、ずっと会いたかった彼女だ。
毎日夢見ていたその姿と変わりない。
―――けれど、彼女の瞳は段々と眠るように閉じていった。
弱々しく俺に延ばされた手が地面に落ちた。
え、と言葉が零れた。
どうしたんだろうか。
なんで急に?
彼女はさっきまで笑っていたのに、その顔に表情はなく、今は白く血が通っていないようだった。
―――まるで、死体のように。
ブルリと体が震えた。
彼女がまた、死んでしまったような気がしたからだ。
まさか、消えてしまうのだろうか。
あの日のように。
今の彼女はあの日、俺が彼女を殺した日のようだった。
血を抜き去られ、ただの体だけになり、そして消え去ってしまったあの彼女の。
いやだ、いやだ、いやだ!!
もう、君を失いたくない。
俺は君を二度も失うなんて、耐えられない。
それこそ次は君の後を追ってしまう。
俺は縋るように彼女を強く抱きしめた。
そうでもないと彼女がまた消えてしまうような気がしたからだ。
もう、君のいない世界は、嫌なんだ。
俺が、子供のように泣きじゃくって、顔を、歪めた時だった。
突然何かが聞こえた。
それがなんであるか俺は知らない。
強いて言えば、聖剣を手に入れた時のような―――……
『―――やっぱり賭けは私の勝ちのようだ』
え? と疑問符が浮かぶ前に、その声の優しさに包まれていた。
『君は確かに愛しい魔王のためにこの城に来た。―――これは私が勝てたそのお礼』
その声とともにぽうっと彼女に淡い光が点り、少しずつだが熱が宿った。
俺はハッとした。
お前は、―――理?
いや、違う。
あなたは、あなた様は―――……
声はいつの間にか収まっていた。
彼女から少し体を放して手を強く握ると、やはり僅かに熱が宿ってきている。
俺の熱を分けるように彼女の手を摩る。
あのお方が彼女を生き返らせてくれたなら、大丈夫だ。
喜びでまた涙があふれる。
―――今日は泣いてばかりだ。
彼女をしっかり見たくても、俺の視界はどうしてもぼやけてしまって、拭っても拭ってもそれは次々と流れ出た。
そして鼻を啜ったとき、少しだけ、瞼が動いた気がした。
俺は目を見開いて顔を近づける。
よく見ると、彼女の胸は上下しだし、口元に手を持っていくと、息もしていた。
俺は、ほっとした。
ついでに、胸も触ってみる。
大丈夫だ、俺は君の恋人、君の恋人、君の恋人だから。
柔ら……、じゃなくて、ちゃんと心臓も動いていた。
―――よかった。
頬に手を持っていく。
本当は今にでも、く、……口づけしたい。
しかし、顔を近づけようと思ったときに、彼女の瞼が弱々しく開いた。
少しずつ熱が戻ってきているとはいえ、彼女の体は未だに冷たい。
まるで、あの理に創られたかのように。
そのせいか、彼女は体に力が入らないようだった。
ねぇ、と彼女の柔らかそうな唇が開き、今にも消えてしまいそうな声が零れる。
泣かないで、と紡がれたその言葉はあまりにも小さくて普段なら聞き取れないほどだったけれど、この静かな空間では確かに耳に入ってきた。
ぶわりとまた洪水のように涙が頬を伝っては地面に沁みこんでいった。
だって、と俺の震えた声が響く。
君が、いるんだ。
さっきまでの君がいない世界が嘘だったかのように思える。
だって、君がいるだけで、俺の世界は幸せが満ち溢れるんだ。
俺のその言葉を聞くと、彼女は未だ力なく開いている目を少し見開いて、言った。
馬鹿ね、と。
掠れているというのに、それはまるで村にいるときのようだった。
俺を、揶揄うような。
いなくなるわけないじゃない、と続けられた言葉に俺は顔を歪めた。
それは彼女がもう、いなくならないと言っているに他ならなかった。
彼女の口からそれを聞けたことが、何よりも嬉しかった。
俺はそうだ、そうだと縋るように彼女を抱きしめた。
もう、いなくならないでくれ。
俺を一人にしないでくれ。
君がいない世界に生きていたくないんだ。
彼女も同じ気持ちであるのか、抱きしめ返してくれた。
そうして、どれくらい経っただろうか。
少しのようにも、長いときのようにも思える。
彼女の体温はもうほとんど人肌に戻っていた。
俺の凍傷のような傷も勇者の力でいつの間にか治っている。
彼女は急に俺の腕の中でもぞもぞと動いて、腕を俺の胸において、距離をとった。
俺も顔が見たかったので、手を緩めて、顔を見た。
だが、彼女は珍しく恥ずかしがっているのか下を向いたままだった。
少し震えているように思えて、どうしたのと尋ねてもう一度顔を覗き込んだ。
けれど、彼女は次は俺でもわかるくらい露骨にそれを避けた。
そこで、気づく。
俺の腕が濡れている、と。
それは彼女が流した涙のせいだった。
きっと、喜びの。
―――ごめんなさい。
また、掠れた声が響いてはすぐに静寂に溶けて消えた。
その言葉が頭に入って、理解しきるまでには時間がかかって、いつの間にか彼女のもとで魔法が展開されていて、あ、と思う前にそれは発動した。
―――消えゆく彼女は、泣いていた。
え?
え?
何が起きた?
え?
わから、ない。
彼女が、消えた?
あれ?
そっか、魔王は転移魔法が使えたから。
あ、え?
彼女は、魔王で、え?
彼女が、消えた?
なんで?
いなくなるわけ、な、……え?
あれ?
彼女は、いない?
さっきのは、夢?
ここは、どこだ?
あ、……ああ、ここは、彼女の墓碑の前。
あれ?
彼女は、死んだんだっけ?
俺が、殺したんだ。
殺して、しまったんだ。
何が起きたかわからなくて、俺の頭はぐちゃぐちゃに混乱していて、まともに動くことはなかった。
あれ?
神様が、生き返らせてくれた、んだよな?
え?
俺の、幻想か?
白昼夢でも、見ていたの、か?
視線がぐるぐるとまわる。
息がままならなかった。
ヒューヒューとした音が喉を通り抜ける。
俺は苦しくなって、手を胸に持って行った。
いたいいたいいたい。
胸がいたい。
心臓が痛い。
空気が心の空虚に吸い込まれるように肺に入ってくれない。
彼女は、いない?
ここは君のいない世界なのか?
俺はまた、君を、失ったのか―――?
気づくと俺は腰に掛けていた剣を抜いていた。
聖剣はいつの間にか消えていたから、今俺の腰に刺さっているのは新しいものと父の形見のもの。
彼女をも傷つけた俺の愛剣は彼女との戦いでもう、折れてしまった。
だから、その刀身は半分ほど。
でも、刃はある。
首に当てると、ひんやりとして、今はなぜか気持ちよかった。
このまま横に滑らせるのは簡単な気がした。
だって、君のいない世界にいる意味は、ない。
俺は、目を閉じ―――
あ、と声が零れた。
剣を持っている俺の手にあったものを見て。
それは、彼女の髪。
癖のない、細くて綺麗な。
彼女が消えた時は、彼女の体と服は、何一つ残らずに光となって消えてしまった。
けれど、今は残っている。
なんで?
なんでだ?
―――彼女は、消えて、ないのか…?
生きて、いる…?
そう思ったら俺の行動は早かった。
持っている剣をクルリと回して、鞘に納める。
そして、腰に下げている革袋からある石を出した。
それは魔法道具の一種で、魔術師が勝手に入れていたものだ。
一緒に入っていた紙にはこう書かれていた。
『俺のもとに転移する魔法道具だ。必要になったときに仕え』と。
直接じゃなくて、こうして気づいても気づかなくてもいいような場所に入れているのがあのひねくれものらしい。
俺はその石に魔力を流した。
そして、それは光を放ち―――……
やめてください、という声が聞こえた。
いつの間にか景色も変わっている。
俺はどこかの部屋の扉の前にいて、声のしたほうを向くと、そこにはあいつがいた。
妙齢の女性とともに、―――頭にリボンをつけて。
いや、似合っているよ。
あいつは顔は女に見間違うほど綺麗だからな。
―――ではなく、お邪魔しました。
俺は最初に見えた扉にすたすた歩いた。
おい待て、と怒鳴り声が聞こえても、俺は待たないぞ。
いや、彼女の安否を知る魔法を使うために本当は待ちたいが、一度席を外そう。
友人とはいえ、すまなかった。
だが、あいつは魔法を使ってまで俺の退出を止めた。
おい、俺が避けられるとはいえ、火の魔法を家の中で使うな!
俺が何をするんだ、と怒鳴ると、お前が勘違いして出ていこうとするからだと俺よりもずっと不機嫌な声で返された。
顔が整ってるだけにムダに迫力がある。
くそっ、なんで次は蔦で拘束しようとするんだっ!
ぐっと睨むと、あいつはそれを気にさずに、くすくすと嫋やかに笑っている女性を示していった。
母だ、と。
紹介されたその女性は、息子がお世話になったようで、と優しく笑った。
珍しくあいつはそれを聞いて困ったように、母様、あいつにお礼を言う必要はありませんと言っているから、お前の無駄な実験に確かに何度もお世話になってましたと俺が言いたくなった。
疲労回復の薬だと言って、騎士が顔を緑にして倒れたのを忘れてないぞ。
そしてそれを俺たちにも飲ませようとしていたのも。
魔術師は俺の視線に気づいたようで、母様、友人は急ぎの用があるようですので、と言って母親を部屋から出した。
あらあら、というその女性は楽しそうに言っていて、俺はどうやったらあんな穏やかな人からひねくれた魔術師が生まれたのか不思議になった。
そして二人になると、あいつははぁ、と軽くため息をついて頭に可愛く結ばれているリボンを解いた。
似合ってたのにな、と揶揄った俺は炎とともに刺すような睨みをもらった。
蔦が未だに巻き付いていてもすぐに避けたけれども。
―――どうしたんだ。
俺に当たらないことはわかっていた魔術師は蔦を外しながら、話をそらすように本題に入った。
ハッと俺は思い出す。
こんなやつのことよりも、彼女のことだ。
俺は自由になった手であいつの首元をつかんだ。
気が早ってつい、詰め寄るようになってしまう。
彼女を、探してくれ、と。
すると、ゴッと頭に衝撃が走った。
気づくと、あいつの顔が目の前にあって、俺の額がじんじんと痛んだ。
恐らく俺に頭突きをしたであろう魔術師は目を細めて言った。
落ち着け、と。
同時に魔法も展開されていて、あいつは何ともないように続けた。
お前の恋人は北にいる、と。
―――よかっ、た。
そう思うと体が勝手に動いていた。
俺はすぐに魔術師から手を離すと、近くにあった窓を開けた。
北はどこだ。
早くいかないと。
だか、それをあいつが襟足を掴んで止めた。
待て、と。
今すぐにでも彼女のもとに行きたいのに、あいつはまた俺を蔦で絡めとってソファに座らせた。
こんなの勇者の力をもってすればすぐに引き千切れる。
ぐっと腕に力を入れる。
しかし、待て、というあいつの声でそれをやめた。
魔術師は言った。
事情を説明しろ。
そうすれば、恋人のいる場所の詳細を教えてやろう、と。
それを聞いて、俺は目を見開いて、一息つくと、あいつに説明した。
姿を消してからのことを。
あいつは珍しく口を挟まず、茶々を淹れずに聞いていた。
そして全てを聞いて、言った。
妖精追いだな、と。
俺は何のことだかわからずに首を傾げる。
すると、黙っていた時とは打って変わって、それも分からないのかと馬鹿にするような顔をした。
お前は恋人と妖精追いをしているだけだろう、と。
妖精追いとは子供の遊びの一つで、一人が人になり、あとの人は妖精となる。
そして、人は妖精を捕まえるために追いかけるのだ。
妖精は人につかまると、人に成ってしまい、次は人だったものが妖精となって逃げる。
そんな遊び。
俺は彼女と森の中でしたことがあるが、いつも俺が人に成ると森で迷ってしまい、彼女に見つけてもらっていた。
迷っていたとバレていないといいが。
だが、妖精追いがどうしたというんだ。
彼女と俺が遊んでいる、と?
いや、彼女は、彼女は、―――逃げたん、だ。
俺から。
俺の腕の中から。
―――そうだ、これはそんな遊びなんかじゃない。
自分で言って、気づいてしまった事実に打ちのめされる気分だった。
彼女に逃げられるだなんて、初めてだった。
そもそも、彼女は曲がったことが嫌いで、逃げるだなんて絶対にしなかった。
魔王になるのさえ、受け止め、た。
だから、俺といるのが、いかに嫌だったか、分かる。
彼女はあの時、きっと状況が理解できていなかったのだ。
そして、思い出した。
―――俺が彼女を殺した、と。
自分を殺した相手となんかと、一緒にいたくないはずだ。
でも、いいんだ。
俺は彼女が生きていてくれさえすれば。
君がいない世界ではないことだけで、俺は十分なんだ。
そう、思った直後だった。
俺の目の前に、魔術師が立っていた。
そいつはぐるぐると蔦が巻かれて身動きが取れない俺の頭を両手でがしりと掴むと、ふっと鼻で笑った。
馬鹿らしいな、と。
そして、なにやら呪文を唱えると続けた。
お前は恋人の最期の言葉と最初の言葉を思い出すべきだ、と。
そして、周りの景色は変わった。
俺はどうやら魔術師に転移させられたようだった。
いつの間にか蔦は解けていて、手には俺が魔術師のもとに行くのに使った魔術具の石と紙が握られていた。
そこにはこう書かれていた。
『自分から恋人の答えを聞け』と。
ということは、この場所は彼女がいるであろう北の地なのだろう。
彼女の言葉を、聞きたいが、聞きたくもない。
拒絶されるのが怖い。
けれど、あいつが言ったとおり、彼女の最期と最初の言葉の意味を知りたい。
俺に好きだと言った、彼女。
今でもその気持ちに偽りはない?
俺の想いは変わらないよ。
あの日渡したリコリスと同じ。
『想うはあなた一人』
俺は、君だけを想っているよ。
仮面を魔王城に置いてきてしまったと俺はそこで気づいた。
けれど、もういらない。
魔王である彼女を隠す必要も、勇者である俺の存在を消す必要もない。
だって俺は、恋人である彼女を探しに行くのだから。
そこで魔術師の言った妖精追いだという意味が分かった。
―――ああ、相変わらずあいつはひねくれている。
こうなるってわかっているなら教えてくれればよかったのに。
妖精追いで彼女に勝てた試しなんてない。
けれど、今回は絶対に勝てる気がした。
いや、勝ってみせる。
目の前に広がる、町へと俺は足を前に出した。
そうはいっても、彼女はなかなか見つからなかった。
俺が転移してきたときに持っていた紙は、魔術具のようで、あいつからのメッセージが時折―――一日十回ほど文字が変わった。
それによると、この魔法は本当は占いの分野で、それを無理やり魔法で行っているあいつにも詳しい場所はわからないらしい。
俺は足を使って地道に調べていった。
すると、何日か経ったある日町の子供が森の中で佇む女を見たと教えてくれた。
特徴を聞いてみると、それは間違いなく彼女だった。
俺は子供たちに礼として金平糖をやると、すぐに森へと向かった。
その森は北国の森だからか、暖かい俺たちの村の近くにある森とはまた雰囲気が違った。
けれど、子供たちが見かけたのは小川の近くだったらしい。
小川はよく彼女と泳いで遊んだ。
迷わないように川を辿ると、開けた場所についた。
そして、そこには一人の女性がその景色を眺めていた。
俺は嬉しくなって、咄嗟に彼女の名前を呼んだ。
すると、彼女は驚いたように振り向いた。
そして、口元が動く。
遠くて聞こえなかったが、俺にはなんて言っているかわかった。
なんで、と。
そんなの簡単じゃないか、と思って一気に距離を詰めて手を掴んだ。
探したんだ、というと、彼女は嬉しそうに笑って、でもすぐに顔を歪めて、泣きそうになって、―――また、消えた。
手にはいまだに彼女の愛しい温もりが残っていた。
逃げられて、本当は、胸が痛む。
けれど彼女が一瞬見せたあの笑顔は、確かに喜んでくれたと思う。
そんな笑顔が見たくて、彼女の言葉を聞きたくて、俺は魔術師のくれた魔術具を起動させた。
早く君に会うために。
それから何度も何度も俺は魔術師のもとへ戻っては居場所を特定してもらってから転移で送り出してもらい、彼女を見つけ、話しかけ、逃げられ、また魔術師のもとへ戻って転移してもらう。
俺がどちらかの魔法が使えたらよかったんだが、どちらも複雑すぎて分からなかった。
それを難なくやり遂げる彼女は流石だと思う。
魔術師にそのことを言ったら、俺を敬えと炎が飛んできた。
俺は難なく避けられるのでいいが、あいつの母親は仲がいいわねぇと笑うもんだから何にも言えない。
というのも、最近は来るたびにお茶を出してもらったりとお世話になっていた。
彼女を追いかけるのは大変だが、会うたびに確実に進展している。
彼女は俺の姿を見ると、すぐに逃げてしまう。
だから、俺は言いたいことは一言目に持ってくることにした。
好きだ、と。
君だけなんだ、と。
愛してるんだ、と。
ところかまわず、距離があるときは大声で言う。
すると彼女は近頃は振り向かずに、けれど耳だけを真っ赤にして去っていく。
その姿を見るだけで、彼女の気持ちが分かるようだった。
―――正直、最近は新しい彼女の一面が見れて追いかけるのが楽しい。
次はどうしようかと思った。
彼女に俺の気持ちを伝えても伝えても足りなくらいだ。
彼女がいるだけで、こんなに世界が鮮やかだなんて、忘れていた。
―――でも、今の俺は貪欲だから。
もう半年くらい経つけれど、そろそろ限界。
昔から不器用で、彼女にいろいろと伝えるのが遅くなってしまったけれど、そんな愚行を犯す気はない。
彼女に関しては、俺はもう、逃げることは、ない。
すぐに抱き締めたいし、耳元で好きって言いたいし、柔らかい唇を貪りたいし、正直どこかに閉じ込めて鎖でつないで照れた顔も怒った顔も笑った顔も泣いた顔も艶っぽい顔も全て誰にも見せないようにしたい。
けれど彼女はそれを望まないだろうから、本当は隣にいさせてくれれるだけでいい。
いや、……それからちょっと、キスして、あとちょっとその先があったら、嬉しい。
俺は魔術師の家で寛いでいると、あいつが居場所を分かったと言ってくれた。
今回は彼女がすぐに見つかって、魔術師は連日魔法を使うことになった。
実は結構な量の魔力を使うらしく、あいつは数日休んでいたのだ。
というよりも、あいつの父親に無理矢理止められた。
おい、お土産に買ってきているのが女の服なんだがどういうことだ、というのは慌てふためくあいつの父親に聞けなかった。
そして俺はいつも通り、転移をしてもらった。
あいつは最近、俺が恋人を作れよなといったからか、早く行けと冷たかったが、今日は違った。
精々恋人に泣かれろ、と笑っていた。
くそっ、お前は母親にでもお土産の服を着させられていろっ!!
そして景色が変わり、そこは、見覚えのある場所だった。
幼馴染の彼女とよく駆け回って、遊んで、転んで、迷って、修行して、怪我をして、癒してもらった思い出の森。
目の前には村が見渡せる大樹が聳え立っていて、彼女はその木の前にいた。
俺は駆けて、駆けて、そして、彼女の暖かい手を、掴んだ。
天野がMRNGを選択しました。
読者さんは以下から選択してください▼
Aコース・彼女視点:和解後、いちゃいちゃ(弟に脛を蹴られる彼や村での話、その後のはなしなどなど)
Bコース・彼視点 :和解後、いちゃいちゃ(照れる彼女や魔術師や勇者の仲間たちとの絡み、その後のはなしなどなど)
Cコース・弟視点 :帰ってきた姉からの、二人のいちゃいちゃを第三者視点で。脛を蹴ったりします。
Dコース・??視点:?????
そしてなんと、今回は特別コースを用意いたしております▼
Pコース・お姫様視点:もう二人の幸せなんていやよっ! わたくしと勇者様のその後の話をいたしましょう!!
Fコース・彼視点 :彼のマッチョ計画。白い粉を使って彼をマッチョにします。目指せ、ボディビル優勝!
選択方法は感想欄、メッセージ、またはTwitterなどでお願いいたします。
※なお、こちらの選択は絶対ではなく、読者さんの票数五割、天野のフィーリング五割で決めさせていただきます。場合によってはR15も入ります。
次の更新は来週の月曜日(23日)になります。
彼視点に比べていかに彼女視点が読みにくいか。
混乱している人はきっとあんな感じ。
彼はヤンデレ化しているわけではない。
きっと、たぶん。
感想はいつも通りこのIFの完結後にでも一気に返します。
それと感想を読ませていただいてからのちょっとしたことなのですが、読者さん、ぷろていんお好きだなぁ、と。
なにかと感想欄にぷろていんがぶっこまれるので、読むたびにまたか!と吹き出しそうになります。
この間の電車内では危なかったですね笑
蛇足。
メインのほうが少しスランプ気味なので、こちらで読者さんの要望がありましたらそちらを書いてモチベを戻したいと思います。
見たい視点やパロディ話、こんな話があったら、というのがありましたら、天野の気分次第で書きたいと思います。




