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彼は勇者だから、彼女は魔王だから、  作者: 千羊
ある人々のはなし
22/28

夢のゆめ

最後に弟視点。

 ああ、やっとだ。

 やっと今日という日が来た。

 やっと、―――姉が帰ってくるのだ。


 先日、手紙が届いた。

 それは最寄りの大きな街から送られて来たもので懐かしい姉の字で帰路に着いていると書いてあった。

 他の内容は短くて意外と素っ気ないものだったけれど、そこには村に着く日付が書かれていた。

 二、三日前後するかもしれないと付け足してあったけれど、姉はきっちりした性格だから、絶対にそうはならないと思う。

 ―――だから、その日である今日、絶対に帰ってくる。




 僕は昨日から親方に頼んで休みをとり、部屋の掃除をし、花壇を綺麗にし、料理の仕込みをしてからは姉に作った沢山のアクセサリーを磨いていた。

 今日は僕と同じく休みをとった父が掃除しようとして汚したのを綺麗にし、そわそわする父を落ち着かせ、父を台所に行かないように言って、アクセサリーを仕上げたり磨いている。

 その時間は、ただただ幸せで堪らない。


 姉は最初に何を言うだろうか。

 記憶にあるいつもと変わらぬ笑みで、ただいまというかもしれない。

 もしかしたら懐かしくて抱き着いてくる可能性もある。

 そうなったら僕はこの三年半で身長もだいぶ伸びてきっと姉を追い抜いているだろうから、その抱擁をぐっと受け止めるんだ。

 そしたら姉はおっきくなったわね、と笑ってくれる。

 僕はぎゅう、と姉を抱き締めるんだ。


 そしてそのあとは家族団欒で過ごす。

 僕は昨日仕込んだ料理を姉に振る舞うんだ。

 父は相変わらず無口だろうけど、僕たちの会話にぽつりぽつりと混ざって僕の作った料理に手を伸ばす。

 それが僕たちはなぜか無性に可笑しくなって姉弟二人で口を大きく開けて笑い合う。

 僕たちの家に、今日はずっと、その声が響くかもしれない。


 それからは毎日一緒に過ごすんだ。

 姉と僕の育てた花達を一緒に愛で、家に帰ったら姉が得体の知れない料理を作っているのに一緒に首を傾げ、お互い今日何があったかを話す。

 ―――きっと、そんな日が続くんだ。


 僕はたぶんずっとニヤけていたと思う。

 だけど、色々この先のことを考えると緩む表情を抑えられないんだ。

 ああ、何を話そうか。




 ―――そうして、時間を潰していると、玄関から音がした。


 僕はハッとして、勢いよく立ち上がって、椅子が倒れたのも気にせずに自分の部屋の扉を開けた。


 そこには、姉がいた。

 姉は前見た時よりもずっと綺麗になっていて、相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

 僕は、その表情が何よりも好きだったのだと胸から何か込み上げてきた。


 ―――ただいま。


 その声は少しだけ変わっていたけれど、僕にとっては幼いころから聞き続けた大好きなそれで、こんなにも嬉しいと言うのに、だと言うのに、涙が堰を切ったように溢れてきた。

 そして、いつの間にか僕は姉の元に飛び込んでいた。

 前までは姉のほうが身長が高かったというのに、今はやっぱり僕のほうが高くて、腰を曲げてぎゅうと抱きしめると姉はあたたかくて、その香りは何よりも落ち着くもので、手紙が届いていたから無事は知っていたというのに、今初めてそれが実感できた。

 この三年半、本当は心配で心配でたまらなくて、出発前に見てたあの姉を思い出すとどこかへ消えてしまう気がしていて、だから、こうして帰って来てくれたことが何よりも嬉しかった。

 姉は小さいときみたいに大丈夫だよって言って、肩にうずめていた僕の顔を両手で挟んで、止めどなく流れる涙を拭ってくれた。

 姉がいてくれたことに安心すると、僕の涙はいつの間にか引っ込んでいて、それをみた姉は笑っておっきくなったね、と高くなった僕の頭を優しく撫でてくれた。


 ああ、ずっと会いたかった。

 ずっとこの声が聞きたかった。

 ずっとずっと、こうやって弟の僕にだけ見せてくれる、このなんでも包み込んでくれそうな、姉なのに母親のような、だけど確かに姉であるこの笑顔が見たかった。


 ―――おかえり。


 やっと出た自分の声は笑っちゃうくらいみっともなかったし、姉もそう思ったのか笑っていたけれど、今は一緒に笑いあうと伝わるこの振動が何にも代えがたい幸せだった。




 そして、その日はこの三年半で鍛えた僕の自慢の料理を姉に食べさせてあげた。

 姉はおいしいと喜んでくれて、料理を口に運びながら離れていた時の話をして、たまに父がそれに混ざって、久しぶりに長文を話すその姿に二人で目を丸くして笑いあった。

 本当に、ただただ幸せだ。




 姉は次の日からは診療所に復帰して、働き始めた。

 帰ってきたばかりだから少しは休めばいいのに、自分がいない間に何か患って治っていない人がいるならば休む理由はないと姉らしいことを言っていた。

 僕もそれならばと仕事に行こうと思ったけれど、取っておいた休み中は姉に何度でも何度でもおかえりと言ってあげることにした。

 ご飯を作って、花たちの世話をして、こっそりアクセサリーを磨いたり作ったりして、帰ってきた姉を出迎えしたら、まだ聞き足りないからいくらでも話をする。

 溢れていた感謝を今だからこそ少しずつお返ししていくんだ。

 ―――ああ、心が満たされていく。





 数か月して、姉の幼馴染が帰ってきた。

 姉を見たその表情はだらしないくらい緩んでいて、かっこ悪いっと思ったけど、全てをやり遂げたその背中はかっこよかった。

 姉の幼馴染は姉を離さないとばかりにぎゅうぎゅう抱きしめて、姉はこれでもかってくらい嬉しそうに笑って、ずっと姉から離れないそいつを俺は睨んでべりっと剥がす。

 相手は勇者だっていうのに引き離せたことに僕は驚きつつも、犬のようにキャンキャン文句を言うのに言ってやった。

 姉はまだやらん、と。


 でも、二人は少ししたら結婚式を挙げることになった。

 僕は姉があんなにも喜んでいることに反対する理由はない。

 そして本当は花嫁が一人で作るべき花嫁衣裳を縫って刺繍するのを手伝った。

 姉には、世界で一番綺麗でいてほしいから。





 そうして迎えた結婚式。

 僕は昔からこの情景がずっと見えていた気がしていたけれど、それを思い浮かべていた時よりもずっと幸せだ。

 父は泣かないように元々怖い顔をもっと険しくしていて、姉の部屋で待つ間、クスリと笑ってしまった。


 そして、姉が花嫁衣装に着替えたと扉を開いた。


 ―――ああ、やっぱり姉さんは世界で一番だ。


 改めて思うし、何度でも言おう。

 白いドレスに薄化粧。

 たったそれだけなのに、世界中の誰も姉には勝てないと思う。

 自慢の、僕の姉だ。


 僕はこの日のために作った髪飾りを姉に見せた。

 花嫁衣装の大部分に僕の手が入っているから、それに合わせたとっておきだ。

 父と一緒にお金を集めて少し高級な宝石も使っている。

 姉はそれを見て驚いて、珍しく泣きそうになりながらありがとうって言ってくれた。

 僕のほうこそ感謝でいっぱいだ。

 自分で自分が立派かはわからないけれど、胸を張って今を生きていけるくらい強く育ったと言える。

 姉の、おかげだ。

 だから、感謝の意味を込めて、そして、姉の幼馴染にこれからはほとんどとられちゃうから今くらいはと思って、姉にその髪飾りを手に持った。

 後ろを向いてもらって、差してあげる。

 普通のよりも飾りが多いから重いかもしれないと言うと、姉はこれは幸せの重みだからと嬉しそうに首を振って音を鳴らした。


 ―――結婚式は最高のものだった。


 僕は最前列で一番盛大に祝った。






 それから姉は夫となった自分の幼馴染とともに、家の少しに先に建てた新居に移り住んだ。

 姉の幼馴染が報奨金をたくさんもらったからとこの田舎の村にしては大きめだけど、広すぎないいい家だった。


 僕はさすがに毎日は通わなかった。

 二日に一回だ。

 職場での愚痴や父のこと、くだらないことまでなんでも話した。

 姉は料理を作りながら笑って聞いてくれた。

 たまに連続して尋ねることもあるけど、そういう日は夜に夫の機嫌をとるのが大変だと言っていた。

 だけど次の日は必ず義兄になったはあいつはつやつやした顔をしていて、僕は気にくわないけれど姉が幸せそうならいいと思うことにした。

 通りがかりに脛を蹴っておいた。






 今日も姉の家を訪ねた。

 手に持つのは新しく作ったアクセサリー。

 3日ほど前に急にデザインが思いついて、仕事の時間の休憩時間と寝る時間を削って作ったものだ。

 少し眠いが、明日は安息日だから大丈夫だ。

 今回のブレスレットは繊細なもので、結構自信作だ。

 姉が喜んでくれると嬉しい。


 玄関の扉をノックすると、優しそうに笑った姉が出迎えてくれた。

 僕は慣れたように台所に行き、お湯を沸かしてお茶を入れた。

 姉は料理だけじゃなくてなぜかお茶でさえも不思議な味にすることがあるから、僕が毎回淹れている。

 茶葉は母方の祖父がこの間行商の折に寄ってくれて、お土産にくれたのだ。

 確か東の国のもので、苦いけど僕は嫌いじゃない。


 お茶を淹れると、僕は近くの応接間に行った。

 姉はありがとう、と言ってカップを受け取って、僕たちは向かい合った。

 僕たちはそれぞれお茶で喉を潤す。

 うん、やっぱり苦い。


 僕が少し顰めっ面をすると、姉はクスリと笑った。

 そして、言った。

 今日はどうしたの、と。

 僕は大体一日置きに来ていたのに、昨日一昨日と来なかったからだろう。

 姉は少し心配そうだった。


 僕はそれに気づくと、慌てて大丈夫だと笑った。

 そして、これを作っていたんだとポケットに入れていた自慢のブレスレットを出す。

 鎖を折り合わせ、大小様々な色のついたガラス玉を散りばめたもの。

 ガラスは祖父が持って来てくれたもので、ずっと遠くの国のものらしい。

 澄んだ玉の中に気泡が入っていて、光を少し乱して反射させるのが綺麗だ。


 姉はそれを見ると、ふふっと笑って、可愛いわ、と言ってくれた。

 僕としては綺麗だと思っていたのだけれど、姉基準だと可愛いらしい。

 綺麗な姉には綺麗なものをつけて欲しいんだけどな、とうーんと首を傾げる。


 そんな僕を見てか、姉はまた笑った。

 僕ももう成人だって言うのに、頭を撫でるのはやっぱり姉の中で僕はずっと弟だからだろう。

 子供扱いに見えるだろうけど、僕はずっと弟でいたいから嫌だなんて思ったことはないけど。


 僕を撫でるのを満足したのか、姉は机の上に置いたままのアクセサリーを手に取った。

 付けて、と差し出される。

 このブレスレットは鎖が複雑に絡んでいるのでつけるのが少し難しい。

 僕は喜んでそれを手に取った。

 手を差し出す姉の腕にガラスのブレスレットを巻き、留め金を止めた、はずだった。



 ―――ちゃんと付けたはずなのに、なぜかそれは姉の腕を透けて、床に落ちて跳ねた。


 あれ? と首を傾げた。

 けれど、姉はそれには気づいていないようで、そのまま自分の腕を見ていた。

 僕はもう一度それをつけようとしてみたけれど、姉を透き通ってまた床にチリンと音を立てて落ちた。

 なぜか、急に周りがぼやけて見えた。


 なんでだろう。

 なんで、こんなに悲しいのだろう。

 急に胸が痛くなった。

 咄嗟に胸を押さえる。

 けれど、その痛みは全く引かなくて、いつの間にか涙が溢れていて、それが視界を朧げにしているのだと分かった。


 そういえば、今まで姉にたくさんのアクセサリーを渡してきたはずなのに、結婚式にも自慢の髪飾りを作ったはずなのに、なぜかその姿が思い浮かばない。

 確かに、確かに、姉はつけてくれたんだ。

 ありがとうって喜んで、もう大丈夫なのにって少し叱って、可愛いねって褒めてくれて。

 そんな姿を見てきたはずなのに、なんでだろう。

 そのことが、思い、浮かばない。


 疑問はたくさん湧いてくるのに、それの答えは見つからなくて、無性に寂しくなって目の前の姉に手を伸ばした。

 すると、急に姉はこちらを向いていた。

 その距離は隣に座っていたはずなのに、いつの間にか遠くなっていて、場所は僕の家の前になっていて、姉が浮かべていたのは僕の大好きな僕だけの笑顔で、その姉はなんだか急に幼くなった気がした。

 そして、その手には僕が作った白い仮面が握られていた。


 姉は言った。

 元気で過ごしてね、と。


 それは確かに最後に聞いた言葉で、最後に向けてもらった僕だけの微笑みで、僕はいつの間にかすべてを思い出していて、そしてそのすべてを認めたくなくて涙を流していた。

 だが、そんなのも構わず姉は段々遠ざかっていった。

 僕はまた手を伸ばした。










 ―――姉さん!












 お父さん、どうしたの? と幼い声がした。

 娘の、声だった。


 僕はいつの間にかベッドの上にいた。

 いや、いつの間にかじゃなくて、昨晩の記憶はきちんとある。

 娘を寝かせていたら、自分も眠くなってそのまま寝たんだ。


 僕はどうやら寝ている間に泣いてしまったようで、なんだか頭が痛くて、手を額に持っていった。

 この、姉が死んだ時期になると、どうしてもこんな夢を見てしまう。

 僕にとって姉はそれくらい大きい存在で、もう何年経っても変わらない。

 汗がジトリと肌を濡らしていた。


 娘はそんな僕に心配そうに大丈夫? と尋ねた。

 大丈夫だと答えたけれど、表情はどうしても悲しいまま変えられなくて、娘はお母さんを呼んでくるとベッドから飛び降りた。

 たたたっと娘が走るが、慌てたせいか部屋を出る前に転んでしまった。

 転んだ自分に驚いて、一瞬きょとんとしていたけれど、痛みが込み上げたのか顔を歪めて泣き出した。

 僕はすぐに駆け寄った。


 娘を立たせて、大丈夫だと言って、涙を拭って頭を撫でてあげる。

 僕がいることに安心したのかいつの間にか娘の涙は引っ込んでいて、僕はその様子につい笑って、娘を抱き上げてあげた。

 ぎゅっと離さないように僕の服をつかむ娘は愛おしい。



 ―――ああ、そうだ。これが現実だ。



 さっきまでゆめの世界に浸かってしまっていた僕が、今を実感していく。

 ここは姉がいない世界だ。


 姉が、いない。


 それが悲しくないわけない。

 こうして、夢のゆめを見るくらいだ。

 自分の中で折り合いが付き切れていないのだろう。

 確かに絶望に暮れた。

 姉がいないというのに明日が来るこの世界を恨んだ。



 だけどね、姉さん、僕は今の今までこの世界で明日を迎えてきたんだ。

 ―――姉さんのいないこの世界で。

 そして、好きな人を見つけて、結婚して、子供もできたんだ。


 ねぇ、姉さん。

 もう僕の涙を拭う人は、姉さんは、いない。

 けれど、僕は誰かの涙を拭ってやれるくらい強くなったんだ。

 いつかの姉さんのように、僕も強くなれたんだ。


 神の教えによると、人は死後、天の国に行くらしい。

 それが本当で、姉さんが天界にいるなら、きっと僕のことを心配して見てくれてるかな。

 そうなら、安心して。

 僕は今、幸せに過ごしているよ。

 僕は強くなって、今を生きているから。

 もう、大丈夫だよ。


 だから、こんな強く育ててくれた姉さんに最上級の感謝を。






 ―――ありがとう。



 大好きだ。






未来のはなし。

まだあの時のことで魘されるけど、弟はもう、今を生きています。


蛇足ですが、脛を蹴るのは弟の小さい頃の癖。

怒って手が出ようにも届かないから足を蹴っていた。

そして見つけた一番痛いところ。


↓入れられなかった文章をちょっとだけ


 ねぇ、姉さん。

 僕はやっぱりあの日、止められなかったことを後悔しているんだ。

 姉さんが悲しい顔をしていると知っていたのに、泣いていると知っていたのに、僕は止められなかった。

 きっとそれで止まる姉さんじゃないってわかってる。

 だけど、止めればよかったと思うよ。

 だって、誰も姉さんを引き止めなかった。

 父さんも、きっと姉さんの幼馴染も。

 だからこそ、僕が我が儘だと言われても止めておけばよかった。

 そんなことができたのは僕だけだったから。

 姉さんは、引き留めてほしかったのかな。

 それともそのまま見送って欲しかったのかな。

 本当のことは姉さんに聞いてみなきゃわからないけど、次があるなら、僕は引き止めるよ。

 ………続かない。



番外編は終了です!

一週間ほどありがとうございました。

あとがきは明日にでも活動報告に書きますね。

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